【マイラーズカップ(GⅡ)】引退式を行う和田竜二元騎手が相棒ディープボンドに騎乗し誘導 30年間の騎手人生を語る
04月26日 06:00

30年間の騎手人生を終えて、京都競馬場で引退式を迎える和田竜二調教師

4月26日(日)の『競馬BEAT』で生中継する安田記念(GⅠ)の前哨戦・マイラーズカップ(GⅡ)。そのレースの誘導を当日騎手としての引退式を迎える和田竜二調教師が、共に幾度の名勝負を繰り広げてきたディープボンドに騎乗して行う。それに先駆け、毎週土曜深夜に放送中の競馬番組『うまんちゅ』に和田竜二調教師が出演。引退式を前に、30年間の騎手生活を振り返った。

騎手引退から2ヶ月 引退式を迎える心境

引退式を目前に控えての心境を聞かれた和田は「怪我をしたため引退式は2ヶ月遅れになって、ちょっと小っ恥ずかしい気持ちと騎手として最後まで乗れなかったという残念な気持ちがある。家族とファンに最後に騎乗する姿を見せられなかったというモヤモヤした気持ちが残っていた。それでもけじめとして、引退式をやらせてもらえることになった。」と率直な思いを語った。現在も1月に負った左膝前十字靭帯(じんたい)の怪我のリハビリ中。「回復具合は50%」だとしながら、「70%ぐらいだったら(スタジオのある)大阪から滋賀まで走って帰ろうかなと思っていた」と、現役時代と変わらぬ和田らしいユーモアでスタジオを笑わせた。

競馬学校“花の12期生”同期・細江純子元騎手と語る若かりし日々の思い出

1996年3月に騎手デビューを飾った和田。競馬学校の同期には福永祐一や柴田大知・未崎の双子の兄弟、JRA史上初となる女性騎手が3人おり“花の12期生”と謳われた。スタジオでは同期の細江純子元騎手と競馬学校時代の思い出を語り合った。 細江は「和田くんは競馬学校時代から本当に『このまま』。和田くんが明るいから、私たちを引っ張っていってくれた。わずかな休み時間しかないのに、和田くんが鞭を持って体育館にトレーニングに行くから、私たちもついて行くという感じ。12期生をまとめるというか引っ張ってくれたのは和田くんかなと思います。」と真面目で実直な一面を明かすが、和田は「12期のジャンヌダルクとは僕のこと」と返した。また細江は「競馬学校の優しい外国人の先生が唯一怒ったのは和田くん。ちゃらけすぎて、すごい怒られた。本当にここでは言えないぐらいのことをして・・・」と暴露するとスタジオは爆笑に包まれた。

“師匠”岩元市三調教師への感謝の想い

1996年に岩元市三厩舎所属騎手としてデビューした和田。師匠と仰ぐ岩元元調教師の管理馬で数々の勝利を挙げた。30年間の騎手人生を振り返って和田は、「僕は師匠に恵まれた。最初から騎乗馬もたくさん用意してくれて、全て岩元厩舎の馬は任せてもらうという当時でもなかなかないことだった。その中で技術が足りないのも分かっていたし、同期の福永祐一はぽんぽんと2連勝して華々しくデビューしていた。その中で、支えてもらいながら地味ながらもコツコツ30年きたなというのはある。僕は岩元先生の想いに応えたいというのがずっとあった騎手人生だった。」と師匠への感謝の想いを語った。師匠からもらった言葉でもっとも印象深いものを聞かれると、「それは引退式にとっておく」と明かさなかった。

共に7つのGⅠタイトルを掴んだテイエムオペラオーの存在

騎手和田竜二を語る上でテイエムオペラーの存在は欠かすことができない。師匠である岩元市三元調教師の管理馬でデビューから26戦すべてで和田が手綱をとり、2000年のGⅠ5連勝など、JRA・GⅠ7勝を挙げた名馬だ。 30年間の騎手生活で印象に残っているレースを聞かれると和田は、「どちらかというと負けたレースの方が悔しいから印象に残っている。ずっと言っているんですけど、テイエムオペラオーで負けた1999年の菊花賞はずっと脳裏にある。日本ダービーはいまだに乗っていた状況を思い出したりする。『なんでここで動いたんだろう』とか。ナリタトップロードのナベちゃん(渡辺薫彦元騎手)が来て『ああ!』と思ったら、武豊さんのアドマイヤベガの脚音がすーっと聞こえてきたことは、ずっと頭に残っている。一番嬉しかったのは、テイエムオペラオーで勝った2000年の天皇賞(春)。それは岩元先生が一番喜んでくれたからというのもあります。」とテイエムオペラオーと戦ったレースが今でも深く印象に残っていると語った。

17年ぶりのGⅠ制覇 ミッキーロケットで勝った宝塚記念

テイエムオペラオーとGⅠを7勝した和田だが、次のGⅠ制覇となる2018年の宝塚記念(1着 ミッキーロケット)まで17年の歳月を要することになる。それはテイエムオペラオーがこの世を去って約1ヶ月後のことだった。和田は「2着、3着はあったが、長らくGⅠに届いていないという思いはあった。ミッキーロケットは自分が騎乗し始めた時から能力があると感じていて、どうやったら勝てるかなと考えていた。宝塚記念の日は馬場が悪かったが、当日カンカン照りになってくれて、ちょうどいい馬場になった。『内目のあそこを通ろう』っていうのは決めていて、4コーナーから道が開いた。ちょっと仕掛けは早いが、その時は『行かないといけない』と思った。テイエムオペラオーには、しばらくGⅠを勝てなくて、一人前になってから会いに行くということにしていた。宝塚記念でテイエムオペラオーに背中を押してもらった感覚はあった。仕掛けとしてはゴール前で捕まってもおかしくなかったけど、最後オペラオーのひと押しもあったのかな。まあオペラオーは『お前、仕掛け間違っているぞ』と思ったかもしれないけど。」と17年ぶりのGⅠ制覇の裏側を明かした。

調教師引退後にもう一度騎手になりたい!?馬に乗ることへの想い

最後に騎手という仕事について聞かれ和田は、「何よりも勝つことによってみなさんに喜んでもらえる。ファンも、生産者も、育成牧場、調教師、馬主すべてが勝つことによって癒されるというか。騎手は全ての人の想いを背負ってゴールを目指すので。競馬というもののすべてが素晴らしい。馬は美しい生き物ですから、それが奏でる競馬というものをずっと続けていかないといけないと思うし、競馬サークルにずっといられるというのは、どの立場でも嬉しい。」と尽きることのない競馬への想いを打ち明けた。そして最後に「70歳で調教師を引退したら、また騎手免許試験を受けたいと思います。」と笑いながら話した。

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