関西桜ストーリー

2019年4月11日(木)

吉野の桜と人々をつなぐ「日本最古のロープウェイ」

いままさに、吉野の山を埋め尽くす、満開の桜。その数、およそ3万本。
この吉野山には、古くから桜の名所として知られてきた長い歴史があります。

人々が1300年前から憧れ続けた修験道の聖地にある、金峯山寺。始祖とされる役行者が仏の姿をヤマザクラに刻んで、吉野山に祀ったと伝えられています。その後、参詣者がお供えとして植えた桜の木が、ご神木として守られ、やがて山や谷を埋め尽くしたのです。

目の前に数えきれないほどの桜が並ぶその光景を人々はいつしか「一目千本」と呼ぶようになりました。

そんな吉野山の玄関口・下千本で3月、2年ぶりに運行を再開したのが「吉野山ロープウェイ」です。

【観光客の女性】
「(再開が)うれしい~。桜の頃は、ば~っと桜が出迎えてくれる…」

そして、いよいよ4月。
それはまるで、3分間の空中散歩

1929年(昭和4年)に開業した吉野山ロープウェイは今も運行するものとしては日本で最も古いロープウェイです。 

【福岡から来たご夫婦】
(妻)「最古感が伝わってきました。上がってくるときに」
(夫)「こんなところ、日本にはここ以外、ないんでしょうね」

【松原市からの観光客】
「紅葉の時期も来ているけど、やっぱり今が一番華やかですよね。良かったです、来れて。お天気もいいし。何よりでした」

今からちょうど90年前、実業家の内田政男が開業した吉野山ロープウェイ。今は孫の英史さんがハンドルを握っています。

【吉野大峯ケーブル自働車 内田英史さん】
「やはり好きだったと思いますよ、吉野山が。お客さんに乗っていただいて吉野山の桜を見ていただきたいということで。はじめは吉野山の地元の足として、鉄道の一種で交通の一部になっていた」

戦時中には軍から鉄材の供出を求められ、存続が危ぶまれた時期もありましたが、頑なに譲らず。その後、高度経済成長期を経て、多くの観光客が訪れるようになり桜の下には、家族連れだけでなく、スーツ姿のサラリーマンまで。ロープウェイにも人々が殺到し、乗り場には、長蛇の列ができました。

おととしには、駅舎にゴンドラが接触する事故があり、運行を休止していましたが、ようやく整備が終わり、2年ぶりに再開したのです。

【吉野大峯ケーブル自働車 内田英史さん】
「これからも安心していただけるように頑張っていいきたい」

受け継がれてきた人々の思いが、日本有数の桜の名所たる所以。

毎年、約200本の桜を植え続ける吉野山保勝会の福井さんは”吉野の桜”をこう表現します。


【吉野山保勝会 福井良盟 理事長】
「人間が花見をするためじゃなくて、仏様が花見をするためにうえられたもの吉野の桜がこの田舎にあって、日本人ならこの花を見ろと堂々と言える桜の伝統を守り続けたいと私は考えています」


【静岡からのご家族】
(母)「急な坂で頑張ったかいがあります。ほんとに」
(祖父)「だいぶくたびれたけど、きれいな桜がみれたのでよかったですよ」

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