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2019年1月7日(月)

【特集】大阪・堀江の老舗蕎麦屋、大晦日に閉店。その「最後の一杯」は…

7日、大阪・堀江で一つの店の解体が始まりました。
47年続いたそば店「浪花ふじよし」です。

そこには、半世紀を駆け抜けた一人の料理人がいました。

地域で愛され続けた店が閉店する理由はなんでしょうか。
大晦日、最後の日に密着しました。

 

■大阪・堀江にある老舗のそば屋、「浪花ふじよし」

ファッションブランドがひしめく大阪・堀江。
この町に、47年続いてきた蕎麦店があります。「浪花ふじよし」。

この店ならではの味を求めて、食事時には連日行列ができます。

物は「岩海苔蕎麦」

店主の妻の実家である沖縄・宮古島でとれた岩海苔をふんだんに使った蕎麦で、
少し濃いめのダシと磯の香りが魅力です。

【来店客】
「お出汁がいいでしょう」
「大将が良くしてくれるから、みんな集まるんとちゃいます」

店主の松浦時也(まつうらときや)さん(65)。

地元熊本の中学を卒業し、京都の料理店で修業を始めました。
それから料理人ひと筋50年、『どこよりもおいしいお蕎麦をお客さんにたべてもらう』をモットーに仕事を続けてきました。


【松浦さん】
「おいしくなれ、おいしくなれって唱えながらしたら、雑な料理は絶対作らないですよ」


【お客さん】
「すごく美味しいんですよダシが。これこれ牡蠣そば。冬はいっつもこれを食べる」


■「朝帰り客が雑魚寝…」地元を愛し、地元に愛された店

松浦さんがこの店を受け継いだのは、1992年、39歳のときでした。ずっと夢だった「自分の店」でした。

しかし、当時はバブルが崩壊したころ、客も大幅に減りました。

『愛される店にならないと生き残れない』。

営業時間を延ばして早朝から店を開いたり、客の要望に応じてメニューを増やしたりして、なんとか苦境を乗り越えてきました。


【昔を知るお客さんは…】
「若い子が朝帰り、ここにこれるように朝空けてね、安くおかず取れるようにしたりとか、
ここは雑魚寝、寝てもいいよ、起きておなか減ったらご飯食べって。それはすごいなと思いました」


店の落書き帳には、客の思い思いのコメントがつづられています。
人情味のある夫婦を慕って来る常連客。店と客の関係を超えた、深いつながりが生まれました。


■立ち仕事で痛む両ひざ…47年の歴史に幕を下ろすことに


しかし、この冬、

松浦さんは半世紀近く続いた「浪花ふじよし」の暖簾をおろすことを決めました。

長年の立ち仕事の影響などで膝を痛め、数年前から徐々に症状が悪化していたからです。

 

松浦さんを長年支えてきたのが、妻の邦子さん(66)。

お客さんとの会話でも、邦子さんへ別れを惜しむ声が…


【来店客】
「さみしくてしゃあないわ。泣けてきた」

 

【妻・邦子さん】
「お客さんってありがたいよ、忙しいとね、こっちがぶっきらぼうにポンポンと扱うけど。本当にお客さんのおかげ」

夫婦が一番長い時間を過ごしてきたこの店。閉店は本当につらい決断でした。


■「最後」の大晦日、行列は夜遅くまで続いた


【店主・松浦時也さん】
「おはようございます。もう来てんの」


いつも通り、朝7時から仕込みをはじめます。

【店主・時也さん】
「真剣ですよ。絶対、お客さんが感動するようなもの出したいですね。最後に最高のおだしを出そうと思ってます」

 

大晦日の営業が始まりました。

「浪花ふじよし」最後のそばを食べようと多くの客で賑わいました。

【来店客】
「もうなくなるでしょ。今度はどこに行こかって話してて、困ってるんです。おいしかった。全部食べた」


痛む膝にサポーターを巻いて夜の営業に備えます。

店の前の行列は夜遅くまで続きました。

【店主・時也さん】
「みなさん今日で終わりです。卒業します」

「皆様のおかけでやってこれました。皆様に感謝です」

「よいお年を~」

■47年間…最後の一杯は「うちの奥様のために」

 

最後の客を見送ったあと、厨房にむかう時也さん

【店主・時也さん】
「ふじよし最後のそば、うちの奥様のために」

【店主・時也さん】
「最後の一杯を食べてください」

【妻・邦子さん】
「長いこと蕎麦屋にいるけど、出来立てのそばは、恥ずかしい話食べたことないんですよ」

【妻・邦子さん】
「おいしいです。でも固いね」

【店主・時也さん】
「これがちょうどいいんや」

【妻・邦子さん】
「愛情たっぷりのいつもと違うおいしい味です」

 

夫婦での思い出を聞かれると…

【妻・邦子さん】
「お前がいないとダメなんだっていったの覚えてる?あれちょっとうれしかったな」

照れたように背中を向ける、時也さん。


堀江の地でそばが結んだ「絆」。
「浪花ふじよし」の味と記憶はこれからも、人々の心の中で生き続けます。

シャッターを下ろし、時也さんは店に向かってゆっくりと頭を下げました。

 

【松浦時也さん】
「ありがとう」

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