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2018年4月24日(火)

脱線事故13年 負傷者が危惧する「治療費打ち切り」

あの事故で両足に大けがをした山下亮輔さん(31)

【医師】

「小指の付け根の骨が慢性の骨髄炎。

 炎症範囲がどんどんひろがっていって、これをほっておくと必ず皮膚癌になります]

 

事故から13年、新たな症状が出てきました。

2005年4月25日 。

大学に通うため、先頭車両に乗っていた山下さん。

救出されたのは、事故から18時間後。

圧迫され続けた両足は壊死が始まり、生死の淵をさまよいました。

その後、壮絶なリハビリを乗り越え、杖を使えば歩けるようになるまで回復しました。

 

9年前、伊丹市役所に就職しました。

現在は介護保険課の職員として、多忙な日々を送っています。

しかし安定していた体調に3年ほど前から変化が…頻繁に高熱が出るようになったのです。

 

【山下亮輔さん】

「足に傷ができて熱がでて、足が腫れてというのを繰り返していました。

 1日で直るときもあれば、2、3日熱が続いて、仕事に戻れないということもありました」

 

今年になり、ようやく熱の原因が明らかになりました。

【医師】 

「どうしてこれが起こるかというと、(後遺症で)感覚がない、

 麻痺しているのでここに潰瘍ができて、そこからばい菌がはいって骨髄炎をおこしたんですね」 

 

放置すると癌になる恐れもある状態だったため、炎症をおこした骨をとる手術をうけました。

 

山下さんには、今気がかりなことがあります。治療費です。

すでに、JR西日本との示談を終えているため、今回の手術の費用をJRが負担してくれるかは分りません。

 

【山下亮輔さん】

「(今回の手術は)想定はしていなかった。なので要協議です。

(治療費の補償が認められているかどうかは)わからないですね。

 体のどこにガタが来るか分からない不安はありますけども、そのつどそのつど受け入れていかないと仕方がない」

被害者の治療費はどこまでみとめられるのか。

 

【JR西日本 来島達夫 社長】

「それぞれの方の状況変化なども、どう私どもが受け止めて対応していくかが大事だと思っています」

 

JRが負傷者と交わしている示談書には、通常だと書かれていないこんな一文が記されています。

 

『本件示談成立後、本件事故と相当因果関係のある後遺障害が、

 国公立等の病院において新たに認定された場合には、別途双方で協議するものとする』

 

負傷者によりそった示談書に見えますが、

実際に負傷者からの相談を受けてきた弁護士は、問題点もあると指摘します。

 

【津久井 進 弁護士】

「“協議“の意味するところは何なのかやや抽象的。

 実際に、後遺障害と思われるような症状が出た時に、

 どんな手順でどこまでのことをしてくれるのか明らかでないということで、

 交渉の場では意見が対立したり、意見が一致しなくてもどかしい思いをしている方も、少なからずいらっしゃる」

13年経っても示談に踏み切れない被害者もいます。

3両目に乗っていた玉置富美子さん(68)。

事故で顔の神経が断裂、肩や足にも重傷を負いました。

これまでに受けた手術は20回以上。

今でも週3回の治療を続けなければ生活することができません。

 

【玉置さん】 

「ありがとう。これで3日間もたせられる」

 

示談交渉に応じられないのは、治療費が打ち切られる不安を感じているからです。

玉置さんは事故から1年半後、JRの担当者が口にした言葉を忘れられません。

 

【玉置富美子さん】

「『今行っている病院とつるんで(治療を)長引かせてる』といわれたこともあるし、

 やはり信用されていないんだなという思いがあって。

 今も痛くて治療に通っているのに、そこにすごい言葉を投げかけられたら心まで傷ついて…」

 

JRに不信感を抱いているという玉置さん。

交渉のたびに、治療費の負担だけは約束してほしいと訴え続けています。

 

【玉置富美子さん】

「実際に1対大企業でしょ。(示談交渉の)重圧感はすごいものです。

 一番示談は嫌なことですし、私が望んでいるのは、お金を沢山くださいとかそう言うことではなくて、

 “治療を続けさせてほしい”ということだけなんです」

そうした負傷者たちの支えとなっている集まりがあります。

事故直後に当事者どうしで作った「空色の会」では、当事者同士で示談交渉の情報交換などを行っています。

 

「相手はJRで巨大な企業でしょ、で自分は一家庭の代表であるお父さんがしゃべるのも不安」

「巨大な象の足を、つまようじでつつくような気持ち」

「こういう会に入っているから相談ごとも色々できるので、自分一人だとなかなかしんどいと思いますね」

 

13年経った今でも、会はその役目を終えていません。 

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