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2018年4月23日(月)

変わりゆく巨大戦争遺跡 鶉野飛行場

兵庫県加西市には、ある巨大な戦争遺跡があります。

旧・日本海軍が終戦の前の年に完成させた鶉野飛行場跡。

長さ1000メートル以上の滑走路が当時の面影を残しています。

【鶉野平和祈念の碑苑保存会 理事 上谷昭夫さん】

「これね、戦争中のコンクリートそのままなんですよ。厚みは15センチぐらいかな」

 

長年、滑走路すぐ近くで飛行場の資料館を管理している上谷昭夫さん。79歳。

終戦間際に飛行場から出撃した特攻隊員たちをしのぶ記念碑を、およそ20年前に滑走路脇に作った中心人物です。

 

【上谷さん】

「この桜がね、散っていった彼らの面影のような感じがしますね。

 4月1日から沖縄戦が始まり、4月6日から特攻が毎日のように出撃していった。

 そういうことを思う、春の4月ですね」

終戦から73年がたとうとしているこの春。

上谷さんが見守り続けてきた飛行場跡地は、変化の時を迎えています。 

 

生い茂った木々の間から見えるこの円形の遺跡。

ここは、飛行場防衛のための機銃が据え付けられていた「対空機銃座」の跡です。

見学用の遊歩道が作られ、スマートホンのアプリを使えば地下の様子を知ることもできるようになりました。

 

【上谷さん】

「のっぺらな感じではなく、入口からの構造、なぜこういう構造なったのか、

 アプリで非常にわかりやすく判断できると思います」

 

変化はこのすぐ近くにある巨大防空壕でも・・・

遺跡保存などの観点から長年閉鎖されていましたが、中を安全に見学できるようにするため市が整備工事を実施。

今は上谷さんたちボランティアガイドが同行すれば、地下3mにある巨大防空壕の中に入ることができます。

【上谷さん】

「コンクリートの厚み、これ50センチあります。コンクリートの配合自体がいいからひび割れがほぼ無い。

 すべての天井を丸くして、その上に土を盛って、爆弾を投下されても壊れにくい構造をとっています」

 

飛行場跡地・最大の構造物と言われるこの防空壕。取材中に、作られた当時の痕跡を発見しました。

 

記者「天井に何か字が書いてますね」

上谷さん「あ、ほんとですね・・なんですかね・・文字が判読しにくいです・・」

防空壕の天井に残っていたこの文字。

一見、判読しにくいですが、映像を反転させてみると・・「セメント」の文字が。

そして、「ヨーギヨー」と書かれたマークのようなものもあります。

 

取材の結果、これは、かつて大阪にあった「大阪窯業セメント」に

関係する組織が使っていたマークとみられることが分かりました。

 

終戦から73年を経て新たな痕跡も見つかる中、あの巨大滑走路自体も節目の時を迎えています。

 

【加西市議会 先月26日】

議長「議案26号から33号までの9件について一括採決を行います」

議員「異議なし」

先月26日、加西市議会であることが決まりました。

それは、滑走路の北側部分に、地域防災のための備蓄倉庫を建設するというものです。

市内では最大となるこの防災倉庫には、2万食分の食料などが備蓄される他、飲料水用のろ過装置も設置されます。

戦後、長らく国有地だった滑走路を取り戻すために、

地元の人々と加西市は議論を重ね、地域活性化拠点としての活用を国に提案。

その過程などで、防災施設を作るアイデアを市に提言したのは上谷さんでした。

 

【上谷さん】

「阪神大震災の時に水道管の修理に行ったり、水をずっと運んだんですよ。

 そういう経験をしているから、ぱっとアイデアをひらめきました。

 災害がおきた時に、役立つと思います」

 

備蓄倉庫のモデルとなるのは、戦時中、滑走路のすぐ脇にあった飛行機の格納庫。

その格納庫の1つは兵庫県姫路市内に移築され、運送会社の倉庫として今も現役です。

【格納庫の現在の所有者 山口賢祐さん】

「台風にも壊れず、雨漏りもなし。夏は涼しく冬は暖かい。

 まだ生きている建物だと実感してます」

 

終戦から70年以上たっても、生き続ける格納庫。

健在の秘訣を実際に飛行場の格納庫を設計した方から伺うことができました。

 

【建築家 内藤正克さん】

「第一に耐震性、強い建物でないとね。飛行機入れたけど潰れてしまっては駄目ですからね」

建築家の内藤正克さん。御年95歳。

現在の神戸大学を卒業後に入社したゼネコンで設計部に配属され、最初に設計したのがこの格納庫でした。

 

【内藤さん】

「当時は(資材不足で)鉄骨ないから、木造で造るんですからね。

 大きな長尺の木もないから、いかに短い材料を継ぎ合わせて幅の大きな格納庫を作るか」

 

材料は少なく、一方で強く大きな格納庫を作るために内藤さんが採用したのは、トラス構造と言われる骨組み。

いくつも三角形をくみ上げて作るこの方法は、駅のターミナルや橋などにも使われます。 

そして、外からは見えない部分にも秘密が・・・

 

【内藤さん】

「2つの材木を合わすときに、ジベルというものを真ん中に入れてボルトを締める。

 そうすると絶対に木材がずれない」

 

この格納庫をモデルに、同じように木造で作られる備蓄倉庫の建築工事は今月21日に安全祈願祭が行われました。

「鶉野飛行場・備蓄倉庫が永遠に存続し、ますます栄えますように・・・」

 

【上谷さん】

「戦争というのは人が仕掛けるものですが、自然災害はいつふりかかってくるか分からない。

 飛行場は、多くの犠牲のあとに残ってきましたけど、今度は平和のためにこの飛行場が使われていく。

 備蓄倉庫ができるというのは、非常にうれしい」

終戦から70年余りがたった今、新たな動きをみせる鶉野飛行場。

平和への願いは未来へと受け継がれていきます。

 

【番組からのお知らせ】

戦争遺跡整備工事の過程で、巨大防空壕内に積もった土の中から、

「発電機」に関連するものとみられる製品プレートが見つかりました。

4月23日現在、メーカーでも記録が見つかっておらず、

地元の方々は具体的にどのような製品なのかを知りたいと話されています。

この製品プレートに見覚えやご記憶のある方は、下記まで情報提供をお願いします。

 

(FAX) 06-6361-1234

(e-mail) news@ktv.co.jp

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