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2017年5月12日(金)

走れ!ギモン調査部 難波葱はどんなネギ?

大阪府が認定する「なにわの伝統野菜」に4月、新たに「難波葱」が加わりました。 

【八百屋】
「一般にあまりないですよ」

【農家】
「たくさん作ってたんですか?葱っていえば難波葱です。」

【農家】
「幻の葱といわれている「難波葱」なんです。」

   

大阪府が、「古くから大阪の食文化を支えてきた伝統ある野菜」だけに与える称号「なにわの伝統野菜」。

ここに4月、9年ぶりに加わったのが「難波葱」。
一体どんな野菜なのでしょうか?

「難波」ということで近くの黒門市場に探しに行ってみると… 

 

【堀田篤アナウンサー】

「葱は青葱白葱。これ難波葱じゃないのかな、違うか… 」

「青葱、奈良県産。難波葱じゃなさそう、奈良県産ですもんね」

 

Q難波葱は形も全然違うもの?

【八百屋】
「僕も実はあんまり詳しくはないです」


【八百屋】

「一般にあんまりないですよ。葱自体に味があるから、おいしいですよ」

 

難波葱食べた〜い!

ということで、出荷している農家を尋ねました。

 

【難波葱農家 上田隆祥さん】

「葱は冬野菜ですので春先になると終わりです」

 

上田さんの育てる難波葱は、3月で収穫が終わっていました。
かつては多くの農家で栽培されていましたが、今では10軒ほどしか育てていないそうです。

なぜ難波葱を栽培する農家が減ったのでしょうか?

 

【難波葱農家 上田隆祥さん】

「難波葱の特徴、おいしさのもとですけど、粘りがあったり葉が折れたり、やわらかいですから、
流通の過程で機械で刻むとか、滑って切れない。
葱屋さんに『持って行ってって』言ったら、『いらん』って言いますねん。『タダでもいらん』って」

 

さらに、葉がやわらかく、折れやすいこともあり店頭に並べるには見栄えが悪いと言われ、

10年ほど前には出荷を辞めたこともあるそうです。

 

【堀田篤アナウンサー】

「今、難波葱を見ようと思ったらどうしたらいいですか?」

 

【難波葱農家 上田隆祥さん】

「難波葱は、種付けを遅くしてシーズンをずらせるような作付けされたところであれば見ることが可能です。
四日さん。岸和田の方で。葉っぱ一度、生でかんでみてください。
これが難波葱っていう味がしますから。おいしいです」

 

難波葱を求めて岸和田へ…

【ゴールドファーム 四日克彦代表】

「幻の葱といわれている難波葱なんです」

 

こちらの農園では、「難波葱」を旬の冬場以外でも出荷できるかどうか試しに育てています。

さっそく食べてみると…

 
【堀田篤アナウンサー】

「あら!なんてみずみずしいの!口の中にものすごい水分が広がりますね。甘い」

 

難波葱のおいしさの正体はゼリー状の物質。
普通の葱よりも多く、熱を加えるとさらに甘くなるそうです。

味付けは、塩だけでいただきます。

 

【堀田篤アナウンサー】

「おいしいわ!まず甘味が来て、そのあとちょっと辛味というか葱の。もう一回甘味がくる」

 

さらに農家ならではの食べ方も!

 

【ゴールドファーム 四日克彦代表】

「葱坊主。これはまず流通していない」

 

成長がすすむとできる葱の花「葱坊主」。
葱坊主は、本来、農家が来年の種を採るために育てるものです。

一体、どんな味なんでしょうか?

【堀田篤アナウンサー】

「初めて葱坊主!やわらかい!ちょっとのどの奥に来る苦味がいいですね」

 

甘味の強い難波葱は、どんな料理に入れても存在感があり、味を引き立てます。

 

【堀田篤アナウンサー】

「僕らの手の届かない環境にあったのはもったいないですね」

 

【ゴールドファーム 四日克彦代表】

「一番は食べていただく人が増えてくれたら知ってもらうということから」

 

【堀田篤アナウンサー】

「大阪と葱が全然結びつかないですからね」

 

難波と葱。実はかつて、深い結びつきがあったというのです。

その証拠が南海電鉄に残っていました。

 

【南海電鉄広報 谷本賢也さん】

「開通50年という資料があるんですけど、こちらにそれを裏付けるというか記述した資料がございまして…」

 

『創立当時(明治18年)の難波界隈はいかなる状態であったかといえば、
難波駅構内予定地に多少の人家もあったけれども、多くは葱畑であった』
(『開通五拾年』より 南海鉄道発行)

 

 

今や関西の交通の要衝となり、高層ビルが立ち並ぶ難波周辺。
およそ130年前、難波駅ができた頃は、葱などの畑が広がっていたといいます。

当時は難波以外に、木津・今宮・西成の辺り一帯も葱の主な供給地でした。

「葱」のことを「なんば」とも呼んでいたそうです。

それほどまで、「なんば」の象徴的な存在だった難波葱。

なぜ、ことしに入ってようやく「なにわの伝統野菜」に認証されたのでしょうか?

  

10年ほど前から難波葱の魅力を発信してきた森下さんに伺いました。

【なにわ伝統野菜応援団 森下正博さん】

「伝統野菜の認定の基準が100年前からあって、資料があって、
現在も栽培があってという三つの要件がある。
どんなもんやと品種の特性も含めて分からなかった」

 

さらに、京都の九条葱と同じ品種なのではないかという説もありました。
しかし、偶然、4年前に古本市で発見された一冊が、難波葱の運命を変えました。
明治43年、1910年の種のカタログです。 

 

「大阪難波の名産なり。茎身細くして株立の多きこと本種に及ぶものなし依て有名なり。味また甚だ佳なり」

 

『難波の名産品で、これほど株が分かれる葱は他にないと有名。味もとてもおいしい!』と書かれていました。

 

【なにわ伝統野菜応援団 森下正博さん】

「九条葱が30銭、わが難波葱は35銭。5銭高いねん。
『100年前に存在している』ということがこれでクリアになった。
資料があったということでね。役所はきちっとした根拠がないと判をおしてくれないので。
そう言う意味では非常に貴重な資料だったと思います」

 

時代の流れで、一度は存在が消えかけた難波葱。
100年の時を超えていまその価値が、見直されています。

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