保津川下り転覆事故から1カ月 危険な低体温症 水温に潜むリスクとは? 体温守るため“ベスト型”の救命胴衣が一番安全 一命をとりとめた乗客「川下り自体やめないで」 2023年04月29日
1カ月前の3月28日、京都の観光名所、「保津川下り」で起きた痛ましい事故。船頭と乗客合わせて29人が川に投げ出され、船頭2人が死亡しました。
低体温症の疑いで病院に運ばれ、一命をとりとめた乗客が語った想像を絶する体験。取材を進めると、緊迫した状況に潜むリスクが浮き彫りになりました。
■乗客の証言「開かない救命胴衣」
岩と岩の間を縫うように16キロの急流をおよそ2時間かけて進む保津川下り。400年以上の歴史がある京都の観光名物です。
事故が起きたのは出発してから5キロほど下った「大高瀬」と呼ばれる激流ポイントでした。舟を運航する組合によると、後ろで舵をとっていた船頭の一人がバランスを崩し、川に落下するミスが発生。
残った船頭で舟をコントロールしようとしましたが、そのまま舟は岩にぶつかり、結局29人全員が川に投げ出されました。
事故から1週間後、転覆した舟に乗っていたAさんと娘が取材に応じてくれました。
【転覆していた舟に乗っていたAさん】(4月4日)
「まだ現実味がないのも事実。(自分の)命とこの子が無事に助かっているので、感覚的には夢みたいな感じ」
親子で訪れた京都旅行。保津川下りの後、嵐山で観光する予定でした。
事故直前に撮影された映像には、船頭が転落した直後の混乱した状況が映し出されています。この直後、Aさんたちは水の中に落ちました。
【Aさんの娘(13)】
「落ちたんかなって。落ちて冷たいなと思って。息ができなくて上にあがろうとして」
【Aさん】
「沈むんですよ、どうしても。一回、上に上がれたんですけど、波しぶきがすごいので、水を何回も飲んで、やっぱり沈んでいくので」
2人に渡された救命胴衣は、ひもを手で引っ張り膨らませる「手動式」のタイプでした。しかし、流れの早い水中で作動させることはできませんでした。
【Aさん】
「『救命胴衣を開けないと』と思って探したが、ひもが見つからなくて…。素人に『手動式』は100パーセントといってもいいほど無理だと思います。水に落ちる発想がないとまずできない」
激流の中、Aさんの娘は近くの岩場につかまることができましたが、Aさんはおよそ400メートル下流まで流されました。
後続の舟に乗っていた船頭たちに救出されるまで、冷たい水の中に取り残されることに…そこにはさらなるリスクが!?
■“低体温症”で命の危機
事故からおよそ3週間後、Aさんのもとに1つの荷物が届きました。中に入っていたのは、事故当日に着ていた服。
【Aさん】
「ズボンと肌着と長袖Tシャツとベストを着て、上にジャンパーを着ていたので。着ていなかったら一気に水が入るので瞬間的に冷たかったと思います。Tシャツとかだったらいきなり冷たかったと思うんですけど。ジャンパーは徐々に染みてくるので」
実は、救助された岩場で、Aさんは低体温症に陥り、深刻な状況に置かれていました。その後、後ろからやってきた舟に偶然、観光客として乗っていた外国人の女性医師がいて、その医師の指示で、ずぶ濡れのAさんの体温が奪われないように服を脱がせていたのです。さらに、周囲の人たちも着ていた服を貸し、Aさんの体を温めていました。
【Aさん】
「意識はあるんですけど、体が全く動かない。ガタガタと震えて、手足も全身震えているのは分かったし、歯がガチガチガチってなっているのは自分でも分かりました」
低体温の症状がひどく、命の危険もあったといいます。
【Aさん】
「眠いというか意識がもうろうとしている。(外国人医師に)『名前を言え』って、ずっと英語で言われていた」
(–Q:何回くらい?)
「何十回。目が閉じそうになれば、たたき起こされて、ずっと『名前を言え』って感じで。即座に動いてもらった皆さんのご厚意とやさしさで生きることができたと思います」
■専門家に聞く 「水温」に潜む大きなリスク
Aさんが陥った低体温症。警察などによると、当時の川の水温は13度から14度程度だったとみられます。
水難救助の専門家はこの「水温」に大きなリスクが潜んでいたと指摘します。
【明治国際医療大学 木村隆彦教授】
「10度から15度くらいをキーポイントとすれば、その温度に入ってしまっているので体の動きがだんだんつらくなることが出てきます」
木村教授によると、水中で身体が低体温に陥った場合、水温が15度から20度であれば意識がなくなるまでに2時間から7時間、死に至るまでに2時間から40時間の幅があるといいます。
しかし、水温が10度から15度では意識がなくなるまでに、1時間から2時間、死に至るまでにはなんと、1時間から6時間と大幅に減ってしまうのです。
【明治国際医療大学 木村教授】
「今回、事故が起きた場所は通報がしにくく、救急隊が到着しづらい場所だった。救助を待つ時間が続いていた。それだけ水にさらされる時間は延びていったということ。すぐに水から上がれたとすれば水温が低くても生存する。意識を失うまでの時間を稼ぐことはできるが、水の中から出られない、救助隊の到着が遅いとなれば、水温の違いは非常に大きな意味を持ってくる」
川や海に落水した状況を想定して、木村教授らがおこなった実験。水温10度の環境で、身体の周辺の温度変化を調べます。
体が水につかり、泳いでいる状態では、胸の周辺で温度が急激に低下します。しかし、1分40秒後、態勢を変えて外気に触れるようあおむけで浮いている状態に変えると、しばらく温度は下がったままですが、その後、徐々に上がっていきました。
【明治国際医療大学 木村教授】
「水の事故から命を守るためには、浮くことが一番大切なことは明らか。今回の事故の場合は腰に付けた膨張式の救命胴衣を着ていたが、固定されたベスト型の救命胴衣を着るのが一番安全です」
命を守る救命胴衣。万が一に備え、呼吸するだけでなく、体温を保つためにも重要なものだったのです。
■一命とりとめた乗客「川下り自体やめないで」
保津川下りが再開されるのかどうか、具体的なことはまだ決まっていません。
保津川遊船企業組合は、救命胴衣についてもどのようなタイプを導入するのが適切か検討を進めています。
転覆した舟に乗っていたAさんは事故について落ち着いて考える機会も増えてきました。
【Aさん】
「船頭の仕事をなくしてしまって、川下り自体をやめればいいという発想にはならないでほしい。事故が起きないのは100パーセントないので。生きている限り。起きた時にどうするべきか話し合ってほしいと思います」
保津川の転覆事故から1カ月。同じことを繰り返さないための対策が求められます。
(2023年4月27日放送)