託児所に預けた子供が体調を崩したことをきっかけに「揺さぶったはず」と虐待を疑われた母親の裁判で判決が出ました。
有罪率99%の刑事裁判で、無罪が相次ぐ異例の事態となっている“揺さぶり虐待”裁判。
今回の裁判が残した教訓は何だったのでしょうか。
【判決直後の母親】
「ほっとしました。今後、こういうような悲しい家族が出ないことを切に祈ります」
少し安堵の表情を見せた母親。
ここまでくるのに3年半もの月日が流れました。
生まれてまもない長男を抱いて笑顔で写真に納まる父親と母親。
2017年6月27日―。それは家族にとって突然の出来事でした。
【母親】
「いつもの時間に息子を起こしてミルク飲まして、託児所連れて行って。ちょうどその日は休みだったので、一日家事していた頃合いに、託児所から連絡が突然あって…」
託児所からの「長男がけいれんみたいな動作を起こしている」との連絡でした。
【母親】
「どういうことやろうとびっくりして。すぐ行きますと。(長男は)ぐったりしていて、どういう状況か聞いて、病院に走りました」
しかし、母親が病院で医師から告げられた診断は意外なものでした。
乳児の頭を激しく揺さぶって脳に損傷を与える「揺さぶられっ子症候群」(SBS)という診断だったのです。
長男に硬膜下血腫と網膜出血が確認されたことから「SBS=虐待」を疑われたのです。
長男の入院から半年後、母親は大阪府警に逮捕されました。取り調べは苛酷なものでした。
【母親】
「医師がそう言っている、虐待やと。一番長い時間息子さんといたのはあなたやから、(揺さぶりは)あなたしかできないと」
【母親】
「自分のやってないことをやったとは言えないので。そんなことを言って困るのは周りの家族だったり息子なので。やってないことをやったと息子に話すことはできません。事実でないことは認められないので…」
裁判で、検察は虐待に詳しい小児科医や眼科医の証言をもとに「激しい揺さぶりでしか生じない出血だ」などと主張し、懲役3年を求刑しました。
しかし、弁護側が調べていくと、長男はすでに頭の血管が切れやすい状態だったことが分かってきました。
【母親の代理人・川上博之弁護士】
「古い出血が(慢性硬膜下血腫)と評価されていましたけど、血の塊が脳を圧迫して大きくなっていることが疑われた。(その結果)頭部の血管が引っ張られてしまい、非常に切れやすくなっている」
ここで浮上した出血(急性硬膜下血腫)の原因の一つが、母親が抱っこ紐をしたまま自転車で託児所に通っていたことでした。
【川上博之弁護士】
「本人もいくつか自分の中で思い当たることを話されていた。(小児脳神経外科の)医師にお話しすると、自転車でもなるんじゃないかと。映像見て頂いて十分にありうるという話になりました」
【母親】
「結果として子どもがケガしてしまった原因を作ったのは自分。そこはすごく後悔しているところではあります」
そして迎えた12月4日の一審判決。
大阪地裁(大寄淳裁判長)は「検察側の医師は頭の出血状況の把握が正確でなく、弁護側の脳神経外科医の証言を前提にすべき」と指摘。
「長男にはすでに古い血腫(慢性硬膜下血腫)が広範囲に存在していて、軽微な力で出血した具体的な可能性があり、揺さぶる暴行があったと認定するには疑問がある」として、母親に無罪を言い渡しました。
閉廷後、無罪言い渡しの直後から傍聴席でしばらく嗚咽を漏らし泣いていた夫と抱き合う姿がありました。
【母親(判決直後)】
「家族一丸となって頑張ってきたのでよかったなと。みんなもそういう風に思って見てくれてるというのが、安心してくれているというか、すごくうれしかったです。(SBSを疑われ続けたことの)一番の被害者は息子なので、息子のことを色々考えてやってほしかったなというのはあります」
【川上博之弁護士(判決後の記者会見)】
「いつも頼んでいる検察側にとってお願いしやすい医師ばかりの意見を聞くのではなくて、ニュートラルな立場の信頼にたる医師に広く意見を聞くことは、今後実践してもらわないといけない」
判決を受け、大阪地方検察庁は「判決内容を精査し適切に対応する」とコメントしています。
今回の母親の裁判も、SBSの症状とされてきた急性硬膜下血腫や網膜出血があるとして捜査はスタートしていますが、弁護側が小児脳神経外科医の意見をもとに「軽微な外力で急性硬膜下血腫が生じた可能性」を具体的に指摘すると、たちまち「揺さぶり」の根拠は崩れていきました。
検察側の小児科医などは古い血腫の位置についての意見を変更するなど、検察立証が法廷で瓦解していったのです。
検察側医師の証言だけでは立証困難と考えたのでしょうか。検察は母親が虐待する動機があったと立証しようとしたのですが、それには母親が行政に育児相談をしていた記録が用いられました。
出生後から長男はミルクの飲みが悪く、体重が増えなかったり、肺炎で入院することもあるなど、母親が長男の育児に不安を持っていたのは事実です。
しかし、育児にストレスがあったから虐待を疑うのであれば、育児に悩む親が相談しにくい環境を作ることにならないでしょうか。
今回の判決でも「母親が育児につき相当のストレスを感じていることはうかがわれるものの、そのことをもって暴行に及んだと認定することはいうまでもなく飛躍がある」と検察の主張をたしなめています。
乳児に原因が分からない重篤な症状が見られた場合、虐待の可能性もあるとして捜査することは必要です。しかし、「虐待ありき」で捜査や裁判を進め続けることは、それにより「不幸な家族」を生みます。
裁判が3年もの長期にわたったことで、夫婦は今も長男と一緒に暮らすことができていません。
母親が逮捕・起訴されたのは2017年12月です。
この3年の間に「揺さぶられっ子症候群(SBS)」をめぐる裁判には大きな動きがありました。
今回の裁判でも、法廷で「揺さぶり」の根拠が不十分であることが次々と明らかになっていきました。
どこかで引き返すことはできなかったのでしょうか。