児童相談所の一時保護開始時に裁判所の審査を必要とする制度について厚労省で議論が進められている。
しかし、厚労省が提案している逮捕状類似の「一時保護状」案をめぐって、審議会では「拙速な議論で進めるべきでない」との意見が相次いでいる。いったい何が起きているのか。
■児相の職員弁護士「厚労省案では子どもと親権者の手続き保障は図れない」
「拙速に本案(=厚労省案)に掲げる制度を基本とした制度を導入することは、これまで児童相談所が救ってきた子どもの一部を切り捨ててしまうことにもなりかねない重大な危機である」
11月16日の厚労省審議会(社会保障審議会児童部会社会的養育専門委員会)に提出された意見書で、厚労省の議論の進め方に強い危惧を示したのは、児童相談所内で職員として働く弁護士有志だ。
その中の一人である和歌山県子ども・女性・障害者相談センターの土居聡弁護士は、15日、司法審査の導入必要との結論をまとめた厚労省検討会(児童相談所における一時保護の手続等の在り方に関する検討会)に出席。
厚労省案について、児相が作成した資料のみに基づいて裁判官が簡易迅速に審査する「逮捕状」類似の制度になっていることに強い懸念を示した。
「刑事事件の逮捕状請求のような手続きを前提にされているが、 これだと子どもと親権者の手続き保障は図れない」
土居弁護士は、子どもや保護者の手続き保障を確保している他の制度(DV保護命令の審尋や少年事件の観護措置など)を紹介しながら、「このまま進めてはいけない」と厚労省に苦言を呈した。
■厚労省案の議論過程は…「ブラックボックス」
さらに、土居弁護士は、議論過程すら明らかにされないことへの違和感も指摘した。
「厚労省・法務省・最高裁判所の三者協議がブラックボックスになっている。(その過程が)外部から分からない。歴史的な転換点なので、きちんと説明責任果たすべき」
厚労省案は、法務省、最高裁判所との協議を重ねて作成したとされているが、案には裁判官が児相の判断を審査するうえでの判断基準となる「一時保護の要件」をどうするかの具体案すら示されていない。15日の検討会でも、厚労省事務局からは具体的な説明はなされなかった。
翌16日に開かれた審議会では、厚労省事務局から法改正の「骨子案」が提示された。しかし、そこには子どもや保護者の意見を聞く手続き保障は記載されておらず、裁判所の審査に不服申し立てができるのも児童相談所だけとなっている。厚労省事務局からは、前日の検討会での議論や指摘についても一切説明がなされなかった。
この日、審議会委員からは、「拙速な議論になると将来子どもを守ることに支障が生じる」「まだ検討すべきことがある」など、現場の実務者で詳細を詰める協議の場が必要だとの意見が相次いだ。
■厚労省担当者「一般的なスケジュール」
厚労省は、年内に取りまとめて、来年の通常国会での法改正を目指している。
はたして、実務者の協議を経ることなく、厚労省の「一時保護状」案を前提に進めて良いのだろうか。
厚労省児童虐待防止推進室の羽野嘉朗室長は、関西テレビの取材に対し、「まずはこの専門委員会で大枠の議論をする必要がある。もっと詳細な詰めが必要であれば考える」と話す。
委員から拙速な議論との指摘が出ている中で、なぜ年内での取りまとめを目指す必要があるのかを問うと、「次期国会に法改正を目指す場合、一般的なスケジュール」だと説明した。
厚労省検討会で一時保護に司法審査導入するとの結論が出たから約半年を経て出された厚労省案。しかし、16日の「骨子案」でも、一時保護の要件など基本的な内容すら示されていないし、「一時保護状」案の議論過程もいまだ明らかにされていない。
しかも、審議会委員から、「(多くのテーマが議論される審議会では)具体的なディスカッションが難しい」との意見が出ている状況だ。
審議会の場でたった2カ月弱の間に取りまとめることが、はたして「一般的な」スケジュールなのだろうか。
■明石市の母親「児相の資料は“虐待ストーリー”に沿った記載」
厚労省の議論状況には、誤認保護で長期の親子分離を経験した当事者からも不安の声が上がっている。
「事故から1週間後に“人さらい”のように次男を連れ去られ、私たち家族は、児相の判断のみで1年3カ月離ればなれの生活となりました。児相側の資料だけで適正な審査がなされる前提で議論が進められているのは、本当に恐ろしいことです」
生後50日の次男が右腕を骨折したことで児相から虐待を疑われて、1年3カ月の親子分離を経験した母親は、厚労省案についての不安を吐露した。
去年9月に明石市長が誤認保護を認めて両親に謝罪。明石市では、今年4月から「第三者委員会」が誤認保護を防止するための審査を行う制度がスタートしている。
「今回の厚労省案を見ていると、保護者や子どもの意見も聞く明石市の新しい制度とは似て非なる感じがします。児相側の資料には、児相が考える“虐待ストーリー”に沿った事実ばかりが並べられ、私たちの言い分はちゃんと書かれていませんでした。誤認保護は親だけでなく、子どもの人生も奪ってしまうので、それを防ぐ仕組みにしてほしいです」
一時保護の司法審査は、親子を引き離す処分が「適正」になされること、そしてその手続きに「透明性」を確保するために導入されることに異論はないはずだ。
厚労省にまず求められているのは、導入の趣旨に立ち返ったうえで、一時保護すべきものが保護されつつ誤認保護も防げるよう、「適正」な判断が行われる仕組みの詳細な検討と、その議論過程の「透明性」を確保することではないか。
(関西テレビ報道センター記者 上田大輔)