9月に行われた自民党総裁選での、史上初となる複数の女性の立候補。
候補者も男女同数となり、ジェンダーの観点からも評価できることだったのではないかと思える。
しかし、この発想が「危険だ」と訴えるのが、社会学者で、名古屋市立大学准教授の菊地夏野さんだ。
菊地さんは、女性たちが組織の中でトップに上り詰めることでジェンダー平等を実現しようとする「リーン・イン・フェミニズム」(lean in feminism)に警鐘を鳴らしている。
「リーン・イン・フェミニズム」とは何か、そして、近く行われる衆議院選挙に向けて、私たち有権者が意識せねばならないことは何なのか、菊地さんに聞いた。
■男女同数となった総裁選…だが、これで「男女平等」に近づいたとは言えない
――Q:総裁選の受け止めは
総裁選の候補者が男女半々だったということを取り上げて、男女平等になったかのように言われることが多いですが、事実の一面にしか過ぎません。
狭い見方に陥ってしまっていると思うんですね。
そもそも、これまでの日本での女性政策が、「男女平等」とは言えないものでした。
そういう政治の中で、男女半々にしたとしても、一般の女性にとって有益かというと、かえって逆なんですね。
――Qこれまでの女性政策については
1985年の男女雇用機会均等法は、女性の社会進出を促進した法律だと言われていますが、ジェンダー論から言うと間違いです。
コース別雇用という形で、総合職に男性、一般職に女性という形で、差別を隠せる制度にしてしまいました。
2015年には、「女性活躍推進法」ができましたが、「家事は女性がやるもの」といった既存の秩序はそのままです。
女性はどんどん働いて競争社会を勝ち抜き、子供を産んで、家事をしないといけません。
しかも、女性の中で、どんどん格差が広がっていきます。
女性にとって、働きにくく生きにくい法律になっているんですね。
■リーン・イン・フェミニズムへの警鐘
――Q菊地先生は、「リーン・イン・フェミニズム」に警鐘を鳴らされています。
「リーン・イン・フェミニズム」は、フェイスブック社COOのシェリル・サンドバーグさんが主張したもので、リーン・インというのは、「身を傾ける」という英語なんですが、大企業の重役のポジションに女性がもっと増えて、そのことで女性の地位を上げようという主張です。
――Q日本の政治ではどうでしょうか。
政治の世界でも、最近では、閣僚や党の要職に登用される女性が出てきました。
しかし、こうした方々に共通しているのが、男性文化が根強い政治の世界に順応し、いわば「わきまえた」女性になってしまっている、ということです。
――Qリーン・イン・フェミニズムでは、生きづらさの改善にはつながらない
日本の足元を見ると、コロナ禍で女性の自殺率が増加しています。
非正規労働で働いていた女性が、仕事が減ったり、失ったりして、より一層困窮しています。
一部の女性のトップ層が輝き、もてはやされたとしても、足元の女性たちが救われないままです。
現状の政治では、女性リーダーが誕生したとしても、女性全体の状況をよくできるかというと、大きな疑問です。
■99%の女性たちが声をあげやすい社会に
――Qリーン・イン・フェミニズムは日本に根付いていると思いますか
分かりやすかったのが、自民党総裁選だと思います。
マスメディアは、女性特集、フェミニズム特集を組むようになりましたけど、中身は全部政治家とか、管理職の女性割合ばっかりですよね。
恵まれない女性たちを、一部の貧困の問題、福祉的な対象として認識して、社会全体の構図から来ていると捉えられなくなっています。
1%の女性たちが競争社会を勝ち抜いて上へ行くことだけではなく、残りの99%の女性たちが、もっと声を上げやすい社会になるべきだと思います。
――Qメディアには何が求められていますか
フェミニズムというと、どうしても女性リーダーや、女性の管理職割合が…という話になってしまっていますが、もっと女性の運動に目を向けてほしいです。
例えば、アルゼンチンでは、「Ni una menos」(もう1人も女性を殺させない)と呼ばれる運動があります。
2015年から始まった若い女性中心の運動で、DVなど女性に対する暴力に反対するものです。
■ジェンダー平等を利用? フェモナショナリズムへの懸念
――Qリーン・インの考え方のほかに、気になる現象はありますか
リーン・イン・フェミニズムとも深く関連しているんですが、「フェモナショナリズム」という現象があります。
フランスのマリーヌ・ルペンさんに代表されますが、移民排斥や排外主義といった保守的な主張をする政治家が、同時に女性を解放するということを言って、支持を得ようという現象です。
保守的な主張だけではなかなか広く支持を得られませんが、男女平等という言葉を入れると、一般の方々も支持を広めてしまうんですね。
――Q日本でもこうした現象は起きていますか
自民党総裁選では、高市早苗さんと野田聖子さんの2人が立候補しましたが、ある程度戦略的に役割分担をしていると思います。
リベラルな主張をする女性と、強い女性です。
こうした構図を見せることで、女性への支持を拡大しようという戦略のように見えます。
■近く予定される衆議院選挙…有権者に心掛けてほしいこと
――Q近く衆議院選挙があります。私たち有権者は何を心掛ければいいでしょうか
民主主義は、単なる間接政治の代議員のジェンダー比が半々になることではなく、代議制を支える一般の市民の政治活動が活発で、どんな人でも声をあげられる状況をつくれないといけません。
一部のエリート女性のためだけではなく、全ての女性にとって役に立つ変化を起こすような政治家に注目してほしいと思います。