大阪にある湯浅鈑金工作所。 作業場で黙々と作業に取り組むのは19歳の井阪友亮さん。 ものづくりの現場で働きたいと、建物に欠かせない「ダクト」を製造し設置するこの会社に転職したばかりだ。
「“職人”がする仕事は、ロボットにやらせるには難しく手先の感覚や加減が必要。そういう面ではAIが普及しても、なくならない職業なのかなと思います」(井阪さん)
AIが急激に普及する中で、いま「取って代わられない仕事」として人気を集めているのが建設業や製造業といった「ブルーカラー」の仕事だ。
かつては「3K=きつい・汚い・危険」の代名詞として、給与面など待遇もよくない上、景気や政策に左右されやすいとして忌避された過去もある。
それが本当に「稼げる仕事」として定着するのか。現場に迫った。
■「モノづくりをしたい」と選んだ19歳
湯浅鈑金工作所が製造と設置を担う「ダクト」は、換気や空調、そして万が一の時の排煙など、建物の快適性や安全性を保つのに欠かせない、いわば必需品。
入社して2週間の井阪さんは、ダクトの一部となる金属製の筒を切断する作業に取り組んでいた。
電動カッターと筒の間から激しく火花が散る。「怖くないですか?」と尋ねると井阪さんは「工業高校時代にも少し扱っていた機械なので、慣れています」とはにかみながら答えた。
奈良県出身の井阪さんは工業高校を卒業後、奈良県内の建設会社で施工管理という工事現場の進捗状況などを管理する仕事をしていたが、父が鈑金業、祖父が大工といった家庭環境からモノづくりをしたいと考えてこの会社に転職した。
「職人はAIにとってかわられないので、50年、100年、需要のある職業じゃないかと思っています」 (井阪さん)
■工業高校生の求人倍率は31.9倍に
近年、建設業や製造業など体を使う、いわゆる「ブルーカラー」と呼ばれる仕事が人気を集めている。 背景にあるのが「急激なAIの普及」だ。
事務職やスキルなどを使って働く頭脳労働者、例えば法律家や研究職など「ホワイトカラー」の仕事が、AI取って代わられる恐れがあると指摘される一方 、井阪さんが話すように「体を使うブルーカラーの仕事」はなくならないのではないかと考えられているのだ。
実際、建設業などに多くの人材を供給している工業高校生に対する求人倍率は、右肩上がりが続き、2024年度にはなんと31.9倍にまで達した 。(全国工業高等学校長協会)
さらに待遇も向上していて、リクルートワークス研究所の調査によると、2020年から2024年までの4年間で、建設業従事者の年収は31.7%上昇したという。(リクルートワークス研究所「稼げる仕事」の変化)
建設業界について調査・研究する「クラフトバンク総研」の髙木健次所長は、AIの台頭によるブルーカラー職の人気の高まりを示すエピソードとして中学校の進路指導の先生向け に東京都世田谷区の取り組みとして開いた勉強会を挙げる。
工業高校に進んだかつての教え子が、著名な大企業に就職し、高い収入を得ていることに気付いた校長先生からの依頼を受けたもので、高い就職率や資格取得支援など、工業高校側から中学校の先生たちに説明したという。
髙木所長は「”受験偏差値と就職率の不一致”に学校や若者たちも気づき始めている。地方の工業大学、高専、工業高校の就職率が大幅に上昇する一方、文系大卒の就職先として長年認知されてきたメガバンクの新卒採用は直近7年で7割減少している。大企業も工場の雇用は守り、本社の事務職のリストラを進めている」と語る。
■“人材獲得競争”待遇面に力を入れる建設業界
湯浅鈑金工作所の井阪さんはこの会社への転職を決めた理由は「泥だらけになって働く父と祖父がかっこよく建設業に憧れたことと、見学した時の雰囲気が良かった」と述べるとともに、 かつては土日・祝日の勤務も多かった建設業にあって、休日がしっかり取れる環境や給与面の好待遇も理由の1つだったなどと述べた。
「建設業は儲かる仕事。やればやれるだけできる、もらえるというイメージですし、(同業者の)父からも、『今後稼ぎたいんやったら建設業界行けよ』と言われていました」(井阪さん)
この会社で人事を担当する次期社長の湯浅弘明さんは、給与面について、「多い人で年収800~850万円ぐらい。平均は590万円ぐらい。未経験でも初任給はおよそ30万円」と説明する。 こうした待遇の改善に取り組むのは、すでに「人材獲得競争」が始まりつつあるからだという。
「建設業は今のところロボットやAIに取って代わられない職種だと思います。“人がいてなんぼ”の商売なので、いい待遇で、いい人がいないといけない。工場の設備投資もしますが、今は人に投資することを意識しています」(湯浅さん)
若者にアプローチするため、TikTokなどのSNSに会社の雰囲気を伝える動画を投稿することにも力を入れていて、20人いる従業員の半数が30代以下だ。
■「3K=きつい・汚い・危険」職場
若い労働力の増加や待遇の改善。“明るい話題”に終始しそうな「ブルーカラー」。だが、かつては違う見方をされていた。
仕事は肉体的に「きつく」、泥やチリで「汚く」、転落や重機との接触といった「危険」と隣り合わせという「3K=きつい・汚い・危険」というイメージで、景気にも左右されやすいという不人気職業の代名詞だった。
19歳の時から52年間、関西で建設業や土木業などブルーカラーの仕事を続けてきた71歳の山中保さん(仮名)。
1980年代の終わりから90年代の初めにかけてあった異例の好景気「バブル経済」の頃には30代前半だった。当時の手取りは45万円で、現在のように高い給与水準だったと振り返る。
しかしこの「バブル」がはじけると状況は一変したという。
「バブルが弾けてすぐに、仕事が激減しました。それまであった公共工事の発注がなくなったのです」(山中さん)
当時働いていた会社からは2000年ごろにリストラを言い渡され、別の仕事に就こうにも、40歳を超えていると年齢制限もあり、両親と妻と2人の子供を養うほどの待遇は見つからなかったそうだ。
その後、知人が経営していた建設会社で働き、現在まで仕事を続けているが、体を使う仕事ゆえに大きなけがを何度も経験した。
33歳の時に腰の椎間板ヘルニアを発症し、手術で長期入院を余儀なくされ、その後も再発を繰り返した。いまも「足はしびれたまま」だと語った。
さらに同僚の中には高所から転落したり、重機と接触したりして大けがをする人もいたといい、「今の若い人には勧めない」と話す。
■政府の方針も理工系重視
冒頭でAI台頭による業界人気を指摘していた「クラフトバンク総研」の髙木所長も建設業は景気や政策に左右されやすいと説明する。
「2000年代の”小泉構造改革”から民主党政権の初期は、公共工事は財政に負担を与える”無駄”のイメージが植え付けられ、大幅に減らされた。そのときに建設業界が大手のゼネコンも含め採用を絞った影響もあり、今の建設業界は当時就職するはずだった30~40代の中堅層が薄い」(髙木所長)
髙木所長によると、2011年の東日本大震災をきっかけに災害対策やインフラの強化など、公共工事やその投資額は再び増え始めた。
結果、建設業界では30~40代が薄いまま20代の若者や女性が増える構造になったという。
女子大の建築学科は今や人気学科だ。建設現場=危険のイメージもあるが、安全対策も進み、建設業の死亡労災は30年前の5分の1まで減っている。
「ただ、大手ゼネコンの収益が伸び、従業員の待遇も改善する一方、零細企業の倒産が増える二極化が進んでいる。若者や女性の雇用は大企業に吸収されているのが実態だ。”ホワイト化”して”ブルーカラー人気”になっているのは一部の企業と言える」(髙木所長)
では、今後の見通しはどうなのか。髙木所長 は「当面、『ブルーカラー・技術系重視』は続く」とみる。
「7月22日に閣議決定された『骨太の方針』では、『人社系のダウンサイジング』と明記されるなど、政府や企業が理工系を重視する姿勢は当面続くとみています。私には小学生の娘がいますが、『理科と数学から逃げるな』と言っています」
一方、ダクトの建設工事を担う湯浅鈑金工作所・湯浅弘明次期社長も、「景気の波を受けやすい産業だとは思います」と認める。
その上で、「人手が足りていない建設業で、人を抱えている会社であれば競争に勝てるし、そういう会社にいる人たちは稼げる。そういう意味で人を集めて、営業で仕事を取っていくことができれば、勝算があるんじゃないかなと思っています」と断言した。
AIが台頭してくる時代だからこそ、「人に賭ける」「自分の体を使う」という判断をした人たち。一度は忌避された「ブルーカラー」は「稼げる仕事」として定着するだろうか。
※この記事は、関西テレビとYahoo!ニュース・LINE NEWSによる連携企画「#マイノーマル」です。働く、学ぶ、暮らす、老いるーー時代や立場で変わる「普通」を見つめ直し、人と人が理解を深める手がかりを探ります。