「大切に育てていきます」“生みのお母さん”に涙ながらに伝え引き取った赤ちゃん 特別養子縁組が直面する現実 “養親希望者”大幅減少の背景と親たちの願い 2026年08月05日
大阪市中央区で開かれた研修会で行われた「研修会」。参加した夫婦たちが慣れない手つきで、赤ちゃんの沐浴の練習をしていました。
研修会を開いたのは「特別養子縁組」をあっせんする団体。
不妊などが理由で、実子を望むことができない8組の夫婦が特別養子縁組で子供を迎えるために参加していました。
特別養子縁組は、何らかの事情で生みの親が育てることができない子どもを育ての親に託し、戸籍上も実の親子として養育する公的な制度です。
■2人の子供とともに暮らす夫婦 不妊治療をストップし選んだ「養子縁組」
京都市に住む中村たけしさん・ちえさん夫婦(ともに仮名)。
7歳の長男・わっくんと、4歳の長女・かおちゃんとの4人家族です。
わっくんとかおちゃんは生みの親が育てることができず、0歳のときに特別養子縁組で中村さんのおうちに迎えられました。
インタビュー中も、お父さんとお母さんにくっついて遊ぶ2人。
ちえさんは「普段の生活の中では『養子で』とかそういうことを考えることはほぼないですね」と話します。
中村さん夫婦は30代後半から不妊治療に取り組みましたが、ともに医師として働く中では負担が重く、4年で治療をストップ。
その後、養子縁組の道に進みました。
ちえさんは養子縁組という選択肢もあることは「頭の片隅にもあった」といいます。
40歳になったとき、養子縁組で子供を迎えて子育てすることに“方向転換”しました。
夫のたけしさんは、「もし近くに養子縁組家庭がいて幸せそうに過ごしていたら、多分もっと早く選択してたかもしれないですけど、周りにはいなかった」と振り返ります。
■2人の子供を育て夫婦に芽生えた思い
わっくんとかおちゃんの「お七夜」や「お宮参り」。
自分で産んだ子供と変わらない、家族としての思い出を重ねています。
そんな生活の中で2人はある決断をしました。
【たけしさん(仮名)】「2人目のかおちゃんの育児がめちゃくちゃ大変やったんですよ。全然寝てくれなくて。 ある程度成長してきて、手のかかり具合もちょっとずつ収まってきて。そうしたらもう1人、もう一回育てたいなと」
【ちえさん(仮名)】 「私たちも本当に40後半なんで、残りの人生、何にエネルギー費やしたいんかなあ、ともう一回考えて。もう1人頑張ってみようかなって」
夫婦は3人目の養子を迎える準備を始めようとしていました。
■養子縁組制度が直面する“養親希望者”の減少 背景は…
中村さん夫婦とわっくん・かおちゃんをつないだのは、和歌⼭県橋本市にあるNPO法人「ミダス&ストークサポート」。
予期せぬ妊娠で困っている母親からのSOSが日々届きます。
全国から寄せられる相談を受け止めながら、養子を迎えたい夫婦とつなぐ活動を続けている団体です。
しかしその活動が今、制限を余儀なくされています。
【ミダス&ストークサポート・倉田友紀理事長】「もう他の団体さんからもお聞きするんですけれども、本当に養親希望者がかなり減っている状況です。生みの親の相談を以前のようにたくさん受けられない。ちょっとセーブしている状況にはあります」
子ども家庭庁の最新の調査でも、全国のあっせん団体への養親希望者の申し込みは3割減少していることが明らかになっています。
■不妊治療への補助と養親の年齢制限 養親希望者減少の背景
なぜ、養親希望者が減っているのか。
その背景にあるのが、不妊治療の長期化と年齢制限だといいます。
養親になるには、多くの場合45歳までという年齢制限が設けられています。「養子が成人するまで、経済面・健康面が安定している必要がある」との理由からです。
一方、不妊治療は2022年から43歳まで医療保険が適用されるようになりました。
【ミダス&ストークサポート・倉田友紀理事長】「晩婚化で不妊治療を長くされる方が多くなっていて、その補助が充実されればされるほど治療を長く続けられる方が多いので、(不妊治療が)終わるころに(養子縁組について)調べて、そこから申し込みをする。そうすると年齢が(制限の)45歳を超えてしまうっていう方が結構いらっしゃる」
治療を続けられる環境が整った結果、養子縁組を検討する頃には年齢制限を超えている— これが希望者減少の大きな要因のひとつとみられています。
■「気づいたらボロボロになっていた」“年齢制限”ギリギリで養子迎え…大阪の夫婦が抱く願い
大阪市に住む佐藤なおみさん(仮名)は、特別養子縁組で迎えた5歳のこうくんと、1歳のちっちゃんを育てています。
不妊治療をしていた当時は、特別養子縁組の制度があることは知っていましたが、年齢制限については知りませんでした。
【佐藤なおみさん(仮名)】私は本当に年齢が可能な限りは(不妊治療を)諦めたくないっていう気持ちがあったんですけど、自分が気づいたらボロボロになっていたというか、本当に、自分ではそんなに意識なかったんですけど、後から考えたら鬱っぽくなってたというか」
貯金も使い果たし、不妊治療をやめざるを得なくなりました。
その後、養子を検討し始めたのは養親になれる年齢制限(45歳)の一歩手前、43歳の時でした。
【佐藤なおみさん(仮名)】「国からの補助金とかが不妊治療で出るって聞いたときは一瞬「いいなあ」と思ったんですけど、私はなくてよかった。諦めるきっかけになったっていうのは正直ありました。
私絶対もっと長くやっちゃってたっていうか、不妊治療を頑張っていたやろうなって思うと、この(養子縁組で迎えた)自分の息子には出会えてなかったっていう思いがすぐよぎったので」
佐藤さん夫婦は、より多くの人が選択できる養子縁組制度になってほしいと願っています。
【夫の佐藤としゆきさん(仮名)】「今、不妊治療の方もね、だいぶん保険とかも使えるようにって恵まれていってるんで、今度はこっちの方(特別養子縁組)も、うまいことこれからやっていく人たちが不便さを感じない世の中になればいいかなと思います」
■”養親希望者の減少”で子供たちは…
養親になれる人が減る“しわ寄せ”は、子どもたちに及ぶおそれがあります。
「和歌山乳児院」では、親の育児放棄や虐待など、様々な事情から預けれたり保護されたりした0歳から6歳のおよそ30人が生活していて、保育士を含むスタッフが愛情を注いで大切に育てています。
取材した日も、スタッフと遊ぶ子供たちの笑い声が響いていました。
保護が必要な子供は全国で4万人以上。そのほとんどが、このような施設で暮らしています。
施設が目指すのは、里親や特別養子縁組などの「家庭に近い環境」に子供たちを結びつけることです。
【里親支援センター「なでしこ」・川口由佳センター長】「やはり家庭的なところで愛情を一気にお父さんお母さんの愛情を受けている姿を見ると『よかったなあ』と、家庭訪問したときには思います」
しかし、この2年間で、和歌山乳児院から養子になった子どもは1人もいないといいます。
生みの親の承諾が必要で、そもそも成立が難しい制度であることも実情です。
【里親支援センター「なでしこ」・川口由佳センター長】「まずは実親さん(生みの親)が、養子縁組であるとか里親制度である養育里親への委託を承諾するかどうかにかかってます。背景にいろんなものを抱えている実親さんの場合は、こちらから確認したくてもなかなか連絡が取れないっていう、そういう状況もあります」
■生みの親に「大切に育てていきます」 夫婦の願いと決意
特別養子縁組で迎えた2人の子供を育てる中村さん(仮名)は先月、自宅にあるちいさなベッドについて笑顔で教えてくれました。
【中村たけしさん(仮名)】「一か月前に6月上旬に来ました。レンタル3回目のベビーベッドで」
3人目の赤ちゃんが来ることが決まったのです。
新たな命を迎えるために子供たちも一緒に長崎に向かいます。
新幹線のなかで、子どもたちは「まだ?まだ?」と聞いたり、「早く会いたい」と言っていたといいます。
そして、一家が対面したとき、あかちゃんは生みのお母さんの腕の中で静かに寝ていました。
3400グラムで生まれた女の子。
生みのお母さんは、自分の名前から一文字を取り、幸せな人生になるようにと、赤ちゃんに名前を付けていました。
中村ちえ(仮名)さんは赤ちゃんを引き取り抱っこする際、涙を浮かべながら生みの母親にこう言いました。
「大切に育てていきます」
命と家族をつなぐ特別養子縁組。
養親希望者の減少という現実を前に、必要な人の選択肢になるよう制度の見直しが求められています。
(関西テレビ「newsランナー」2026年8月4日放送)