院長や患者など26人が犠牲となった、大阪・北新地のクリニックで起きた放火殺人事件から、12月17日で3年です。
「もう、加害者も被害者も生みたくない」
犠牲となった院長の妹が、新たな一歩を踏み出しました。
■26人の命が奪われた 放火殺人事件から3年
12月17日朝の北新地。 祈りをささげていたのは、ここで心療内科を開いていた西澤弘太郎さんの妹、伸子さん(47)です。
弘太郎さんは、心の不調に苦しむ人を支え、多くの患者に慕われていました。
3年前の同じ日、弘太郎さんが院長を務めていた北新地のクリニックで、ガソリンを撒いた男が火を放ち、スタッフ、患者など合わせて26人の命が奪われ、男も死亡。
警察は、患者だった谷本盛雄容疑者(当時61歳)による犯行と断定。
事件の10年前にも、殺人未遂などの罪で服役していた谷本容疑者。
出所した後、孤立と貧困から自暴自棄になっての犯行とみられています。
■「自分にできることを」兄が残した病院でカウンセリング
【伸子さん】「兄が松原で使っていた白衣です」
弘太郎さんは北新地のほか、松原市にもクリニックを開いていました。
事件の後、兄の元患者たちが行き場を失っていることを知った伸子さんは、「自分にできることを」と、心理カウンセラーの資格を取得。
ことしから、兄が残した病院でカウンセリングを始めました。
【伸子さん】「最初の時に、途中で『はーっ』て言ってた。無意識?」
【利用者】「無意識。でも、楽になりました。45分あっという間」
伸子さんが始めたのは、病院でのカウンセリングだけではありませんでした。
【伸子さん】「(事件後)私だからできることをしたいって、ずっと思ってきた。あの立場になったから、被害者っていうものを生まないようにするには、どうしたらいいんだろうとか」
「出所して出てきた人が居場所がなかったりとか、社会が受け入れないとか、そういったことで悩んでることを少しでも解決できたら、犯罪とかにつながらないかなと思ったんですよね」
■前科を持つ人、依存症から社会復帰を目指す人などが暮らす施設を訪問 話に耳を傾ける
この日、伸子さんが訪れたのは、前科を持つ人や、依存症からの社会復帰を目指す人などが暮らす施設です。
【入所者】「奈良マラソンが12月にあるんですけど、そのエントリーも終わって、今だいぶ気持ちも高まってきています」
入所者は過去を抱え、立ち直ろうとしている人ばかり。 そんなところで、ただひたすら話に耳を傾けます。
■「僕自身が変わることが社会に対する償いになる」出所後に悩みを抱える人
はっしーさんは、ギャンブルによる借金返済のため、特殊詐欺の受け子と出し子に手を出し、服役した経験を持ちます。
出所した後、被害者にお金を返したくても、返せない現状に悩んできたからこそ、被害者である伸子さんの言葉が心に残っています。
【はっしーさん】「(伸子さんが)特に強調して言っていたのは、僕自身がちゃんと変わることで、それが社会に対する、償いにもなる。同じことを繰り返さないために、自分がどう変わるのか、そこが大事なのかな」
■「やりたいことに向けて進んでください」伸子さんの手紙が励み
傷害致死などの罪で、何度も服役してきた元暴力団員のがらさん。
若者が道を踏み外さないよう、自分の経験を伝えていくことを目標にしています。
【がらさん】「お手紙もらったんですよ、これ僕の宝物なんですよ。うれしいですね。最後の『応援しております』というの」
見守っている人がいることを伝えたい。
そんな思いで伸子さんが送った手紙。
「やりたいことに向けて進んでください」
がらさんはくじけそうになった時、この手紙を読み返します。
【がらさん】「今ここで、またお酒飲みたいってなったり、覚醒剤打ちたくなったり、変な道に行ったら、うそになってしまう。うそを語ってたやんってなるの嫌やし、ほんまに励みになっています」
【伸子さん】「その人が元気になったりとか、これからの人生を考えるきっかけにつながったらうれしいなっていうのは、いつも思いながらお話を聞いています。本当に微力かもしれないけど、でも、できることはそれだし、できる限りっていうか、できる範囲の中で、やるしかない」
■元患者や遺族が集まれる場に…コンサート開催「前に進んでいきたい」
伸子さんは、去年から事件が起こった12月にコンサートも開催。
元患者や遺族が集まれる場になればと願っています。
【クリニックの元患者】「ずっと考えてたのは、あの3年前の事件のこと。仮に西澤先生に会えるとするなら、自信を持って変わったでしょって、少し自慢げに言えるんじゃないかなと思います。ありがとうございますという言葉も添えて」
【伸子さん】「この日を迎えるまで、自分の中でもいろんなことを思い出して、急に泣いてしまうことも、やっぱりあるんですよね。でも、そういうこともありで良いと思っていますし、そんな気持ちも持ちながら、前に進んでいきたいと思っています」
■「加害者を憎み続けるほうが苦しい」被害者支援のあり方も学び始めた
「加害者を憎み続けるほうが苦しい」と、自分の人生を生きてきた伸子さん。
その生き方が、誰かの選択肢になればと思い、被害者支援のあり方も学び始めました。
【講師】「被害者の傷つき、怒り、悲しみを受け止めてほしい。これを受け止めるのは、受け止める方もエネルギーいるし大変なんです。スルーしたくなる時もあるけど、まずここのマイナスの感情を受けてとめてほしい」
ただ、自分が遺族の1人ということは変わりません。
【伸子さん】「自分のことを説明するときに、“被害者遺族”という言葉をあまり使わないので、遺族としての気持ちを思い起こさなければいけないのがしんどい」
それでも、「できることを続けたい」と言います。
【伸子さん】「目の前にいる人のために、その時間を集中して考える。それが精一杯であって、それ以上もできないし。3年の間で思えてきたというか、加害者も被害者も生まない社会のために、自分ができることをやるだけかなと思っている」
事件によって変えられた人生。
これ以上、苦しむ人を生まないため、伸子さんは自分の人生を歩んでいきます。
■犯罪の背景には「孤立と貧困」 社会全体で取り組むべき問題
「加害者も被害者も生まない社会を目指す」という、伸子さんの一歩について。
【大阪大学大学院 安田洋祐教授】「大切なお兄さんを亡くして、多くの方が亡くなって、この犯罪を犯してしまった人の再犯を防ぐ、社会復帰を促すっていうのは分かるんですけれども、自分が被害者遺族として、なかなかそういった覚悟を持つの難しかったと思います。だからこそ、この取り組みは本当にすばらしいし、力強いと思います」
「再犯者に限らず、孤立と貧困が背景にはあるんじゃないかということでした。今後こういった貧困の問題は、社会全体で取り組んでいかなきゃいけない問題でもあるなと改めて思いました」
京都アニメーション放火殺人事件でも、再犯者が凶悪事件を起こすことが、大きな社会問題になっています。
【関西テレビ 神崎博報道デスク】「出所した人の住む場所をどう確保するのか、働くところをどう提供するのか、といったことが重要なことになってきます。住む場所については、国が認可している更生保護施設のほかに、民間のNPO団体がやっている自立準備ホームがどんどん拡充している流れがあります」
「働く場所については、『協力雇用主』という出所者を受け入れる職場、雇用主を求めて、国が補助金をつけるという形で働く場所を確保しようという動きも拡大しています」
孤立を防ぐ取り組みも重要だということです。
ただ、この26人の命が奪われたこの犯行は、決して許されるものではありません。
(関西テレビ「newsランナー」2024年12月17日放送)