有罪率が99%を超える刑事裁判で、若くして8件の無罪判決を獲得した弁護士がいます。
そんな彼にも「刑事弁護をやめようか」と、壁にぶつかった事件がありました。
■8件の無罪判決を獲得 心血を注いできた「ある事件」
【川﨑拓也弁護士】「実は刑事弁護をやっているといろいろ、怖い思いをします。怖い思いというのは自分の信じている結論にならないこと。自分が助けたい人が有罪判決を受けて長い間、刑務所に入らなければならないことです」
シンポジウムでこう語った、川﨑拓也弁護士。
事務所を訪ねると、弁護士の仕事について話してくれました。
【川﨑拓也弁護士】「土日は結構、仕事しますよ。どっちかは絶対出てる」
「(罪を)認めてる事件でも否認事件でも、やりがいはあるかなと思いますよね。人の人生に触れますからね」
刑事訴訟法を研究する父の背中を見て育ち、弁護士になって16年。
有罪率99%を超える刑事裁判で、すでに8件もの無罪判決を獲得しています。
そんな中、5年以上、心血を注いできた刑事事件があります。
【川﨑拓也弁護士】「今西くんから保釈の日にもらった手紙をここに飾っておきました。『信じてくれてありがとうございました』と書いてあって」
その事件とは…。
2017年12月16日、大阪・東淀川区。
【消防署への通報】「『ウッ』となって、息してないです!早く来てください」
2歳の女の子が心肺停止の状態で病院に運ばれました。
医師の蘇生措置で心拍は戻りましたが、7日後に亡くなったのです。
頭部に目立ったけがはありませんでしたが、CT検査により、硬膜下血腫などが確認され、最後に一緒にいた義理の父親・今西貴大被告が虐待を疑われることになりました。
今西被告は、娘の頭に何らかの方法で強い衝撃を与えたとして、傷害致死罪などで逮捕・起訴されましたが、当初から一貫して否認しています。
起訴後に弁護を引き受けたのが、川崎弁護士でした。
【川﨑拓也弁護士】「自分の心証なんて、あてにならないなと思ってるんで。極悪人でも無罪の人はいるし、聖人君子でも犯罪する人もいますから。証拠を見てみないと分からないなと思ってましたね」
■「無実の事件は調べるほど無罪の証拠が出てくると実感」
検察側が重視したのは、脳の中枢にある「脳幹」でした。解剖医が「脳幹が溶けていた」と記載していたことから、頭に強い力が加わったことで頭蓋内出血や脳幹が損傷し、その結果、心肺停止になったというのが検察の主張でした。
【川﨑拓也弁護士】「何が原因でこの子は心肺停止になったんですかっていうのが、分からないまま進んでいたんですよね。勉強しながらという感じだったので、その時は苦しかったですね」
初公判の直前、川崎弁護士が頼ったのが、揺さぶられっ子症候群が疑われた裁判で相次いで無罪を勝ち取っていた秋田弁護士でした。
【秋田真志弁護士】「本当に無実の事件は、調べれば調べるほど無罪の証拠が出てくるものなんやと。それを本当に実感している事件です」
弁護団は、保管されていた細胞組織を顕微鏡で検査。その結果、見つかったのが「心筋炎」でした。
【秋田弁護士】「『うっ』となって突然倒れて、うわっと吐いたという、まさに心不全、不整脈なんかで起こる、心臓から来ている時に起こる症状と、ピタッと一致しているわけです」
弁護側は、心筋炎などで「心肺停止」となり、低酸素状態で脆くなった脳の血管に、心拍が再開して血液が一気に流れ込み、頭蓋内で出血が起きたと主張。
また脳幹が溶けていたとしても、人工呼吸器につながれていた患者に見られる症状で説明できると判断しました。
【今西貴大被告の日記より】「朝、弁護士接見。今日はすげーことを教えてもらった。心筋炎。これが一番の、直接の原因らしい」
【今西貴大被告の母】「(今西被告の手紙を読み)おかんの顔見たら安心する。今日も来てくれていると思って元気が出てくる。ありがとう。心配かけてごめんな」
涙声で読み上げ、小刻みに震える手で大事そうに手紙を握っていました。
■懲役12年の実刑判決に涙した川崎弁護士
しかし、2021年3月、大阪地裁は、検察側医師の証言に説得力があり信用できるとして、懲役12年の実刑判決を言い渡しました。
【今西貴大被告の日記より】「終わってる。もうどうでもいい、もうどうなってもいい。こんなやってもないことで、こんなことになるなんて…ありえへん」
【川﨑拓也弁護士】「やっぱりショックで。たまに記者会見の映像とか見たら、全然覇気がないですよね。顔、死んでるなみたいな」
「もう(刑事弁護を)やめた方がいいんじゃないかな、みたいな。そういう思いになった」
「思い出しても……ちょっと悔しかったですね…」
胸の内を語り、涙した川崎弁護士。
今西被告は控訴し、弁護団は広く支援を呼びかけることにしました。
【川﨑拓也弁護士】「無実と無罪は違う概念で、本当の無実の人が無罪になるとは限らない」
「私の中でもじくじたる思いがあって、一審の段階でもっと突き詰めてやっていれば、もしかしたら結果が変わっていたかもしれない」
「弁護士って基本的に嫌われ者じゃないですか。あるいは、悪い人の罪を軽くする仕事みたいな」
「無罪、無実を確信してる人がやっぱり自分の後ろにいるっていうのは、心強いですよね」
二審でも焦点となったのが、頭蓋内出血が心肺停止より先だったと言い切れるのかどうかでした。
川崎弁護士は、一審での後悔を胸に、検察側医師への反対尋問を自ら担当することにしました。
【川﨑拓也弁護士】「先生の意見として、(出血は)心肺停止より前なのですか?後なのですか?」
【検察側医師】「端的に言ったら、前でしょうね」
【川﨑拓也弁護士】「後ろの可能性はないということでいいですか」
【検察側医師】「あくまでも組織でしか見ていないから、分からないですよね」
【川﨑拓也弁護士】「もう一度だけお聞きします。先生が見られた組織初見の中で(出血は)心肺停止より前の可能性と後の可能性、両方ありえますよね」
【検察官】「異議があります。議論にわたっています」
【川﨑拓也弁護士】「聞いていることに答えられていないので、何回か聞いているだけです」
【裁判長】「異議は棄却します」
【川﨑拓也弁護士】「心肺停止より前の可能性もあるし、後ろの可能性もある。それが先生のご意見ではないんですか」
【検察側医師】「区別ができない部分があっても、おかしくはないと思います」
このやりとりについて、次のように振り返りました。
【川﨑拓也弁護士】「あれは本来、秋田先生がやるべき反対尋問を『やらせてほしい』って言って、やったんで。もうめっちゃ緊張してて、吐きそうになってたんですけど、あれは自分の中でもうまくいったなと思うし、あそこが勝負だと思ってましたから」
■異例の保釈 「2審判決」は11月28日
2審は、2024年5月に結審。そして2カ月後、異例の事態が起きました。
【川﨑拓也弁護士】「(電話を受け)棄却?ありがとうございます。早めに行きます」
電話を切った瞬間、安堵の表情を浮かべました。
【川﨑拓也弁護士】「棄却された。保釈ですね。良かった!良かったです」
およそ5年半ぶりに保釈された今西被告。拘置所から出てきたと同時に、川崎弁護士と抱き合いました。
【今西貴大被告】「ここ拘置所の近くでしょう?さっきまでここにおったんや」
「一番良かった、うれしかったことは…逮捕されてから川崎先生の事務所にたどり着いたこと」
Q.どんな判決を期待しますか?
【今西貴大被告】「期待する判決は、主文で『被告人は無実』だけど、『無実』っていう判決がないから、なんか嫌やなって思ってる。無罪じゃなくて無実やから。無実が(判決に)ないのおかしいでしょ?」
「(愛犬に向かって)お前は全部見てたのにな。喋れる?」
【川﨑拓也弁護士】「彼からしたら、目撃者がいてもらったら良かったんですよ。だからそこをね、一般の人にどう伝えるかですよね」
「確信があるかと言われると、無実の確信はありますけどね。無罪の確信があるかというと、それは分からない。そんなん言ったら今西くんに怒られるかもしれない。『確信してくださいよ』と言われるかもしれないけど」
2審判決は、11月28日に言い渡されます。
(関西テレビ「newsランナー」2024年11月26日放送)