「なんで分かってくれんのや」『凶器』も『目撃者』も見つからない殺人事件 捜査の拠り所「ドラレコ」不鮮明画像 1審は懲役16年の判決 被告が控訴「証拠に基づかぬ的外れの判決に怒り」と弁護団 記者がたどる『判断の分かれ目』と裁判員の苦悩【羽曳野殺人】 2024年10月15日
6年前、大阪・羽曳野市の住宅街で男性が刺殺された事件。
目撃証言や凶器は見つからず捜査が難航する中、逮捕されたのは現場近くに住む男だった。
3カ月にわたる異例の裁判員裁判(大阪地裁・山田裕文裁判長)の結末は、検察が立証した状況証拠の数々を退けながらも、被告人を犯人とする有罪だった。 裁判員も「難しかった」と振り返った難解な事件。
判断の分かれ目はどこにあったのか。 20回にわたった長期裁判全てを傍聴した司法記者が振り返る。
■満席の大法廷で始まった裁判員裁判 「私はやっていない」無罪主張した男
2024年6月10日、大阪地裁の大法廷に、山本孝被告(49)は、グレーのスウェットを身にまとい、刑務官の押す車イスに乗って現れた。
緊張しているのか、その表情は終始硬かった。 裁判の冒頭、殺人罪を認めるかどうか裁判長から問われると、山本被告は、はっきりした口調で「間違っています。私はやっていません。私は犯人ではありません」と無罪を主張した。
目撃証言などの『直接証拠』がなく、検察は捜査にあたった警察官など16人もの証人尋問を請求。
『状況証拠』で犯行立証を試みる難解な裁判員裁判の幕が開けた。
事件は2018年2月、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の墓とされる白鳥陵古墳のすぐ横にある閑静な住宅街で起きた。
被害者は、会社員の平山喬司さん(当時64歳)。
背後から横向きに刺された刃物が、肋骨と肋骨の間をすり抜けて心臓に達し、致命傷となった。
傷はその1カ所のみだった。
目撃者や凶器は見つからず捜査が難航する中、警察が『拠り所』としたのが、犯人の姿を捉えた現場周辺のドライブレコーダーの映像だった。
事件の1週間後、この映像に映る推定身長180~181㎝で細身の犯人と特徴が似ているとして、山本被告が『捜査線』に浮上。
山本被告には、平山さんの交際相手だった隣人女性との間で植木鉢の置き方を巡るトラブルもあった。 そして4年後に逮捕された。 大阪府警の元捜査幹部は事件発生当時をこう振り返る。
【大阪府警 元捜査幹部】「(ドラレコを見たときは)『やった、いいの見つけた』って。でも画質は悪いよね。この事件が難しい事件っていうのは捜査1課の刑事なら分かるし、よく着手(逮捕)してくれたなという思いが強い。やっぱり遺族のこととか考えたら勝負したいよね」
当時の捜査幹部も『難しい』と感じていた事件。 それは舞台が裁判に移っても同じだ。
■決め手の『直接証拠』なし 『状況証拠』から判断 入り込む『推測』
『決め手』となる直接証拠がなく、複数の状況証拠から総合的に判断する裁判の場合、そこには『推測』が入ってくる。
そして、その推測の『物差し』は個人の『常識』や『経験則』に基づくため、1つの答えにたどり着くのが難しい。
私は、裁判員がそれぞれの証拠からどう判断するのか興味を持ちながら、連日、傍聴席でメモを取り始めた(法廷ではパソコンやレコーダーは使えない)。ノートは3カ月で5冊に及んだ。
検察は、事件の前後、現場周辺のドラレコや防犯カメラで住民以外の人物の出入りが確認できなかったことから、「犯人は現場住宅街の住民」と判断。
「ドラレコの犯人像と特徴が似ている」「動機がある」「犯人の『動き』と矛盾しない」などの事実を総合すれば山本被告の犯行といえると立証していった。
これに対し弁護側は、「犯行現場に行くには、カメラに映らない道もある」として『住民の犯行説』を否定。ドラレコの映像も不鮮明であるなど、ことごとく反論した。
■不鮮明なドラレコ映像
私が注目していたのは、やはり捜査幹部が「いいの見つけた」と重視していた犯人が映っているドラレコ映像だった。 初公判では早速、捜査の『拠り所』となったドライブレコーダーの映像が証拠として上映された。
山本被告が捜査線上に浮上するきっかけとなった、捜査員が「山本被告と似ている」とする犯人が映った『貴重な』ドラレコ映像だ。
法廷には傍聴人も見ることのできる大型モニターが2台設置されているが、裁判によって上映されないこともあり、傍聴人は蚊帳の外となる場合も少なくない。
祈るような気持ちで待っていたが、この日は無事、大型モニターにドラレコ映像が映し出された。
初めて見る犯人の姿…。
しばらくモニターを見つめたあと、弁護人の隣に座る山本被告に視線を移した。
犯人との同一性の証拠になるのかどうか。私は急いで自分が感じたままをノートに書き留めた。
「ドラレコ映像の印象。暗くてカオ全く見えない。服の色などなんとなくわかる。生地や柄はわからない。シルエット、たしかに被告人に似ている」
夜に撮影されたドラレコ映像は、想像以上に暗く、画質が悪かった。
さらに、顔はマスクのようなもので覆われ、検察は眼鏡をかけているというが私の席からはそれすら確認できなかった。 裁判の行方がますます見えにくくなった。
裁判所は、犯人と山本被告の着衣などについても「顕著な特徴の一致があるとは言い切れない」。
つまり、捜査の『要』だったドラレコに映る『犯人像』を一蹴した。
このほか、検察立証の前提となる『犯人は現場住宅街の住民』説についても、弁護側の主張を認める形で「検察の主張は、基本的な部分で大きく破綻したものといえる」と判断。
さらに、被害者の平山さんとトラブルのあった人が山本被告以外にいたかどうかの警察の聞き込み捜査については「捜査が不徹底」と踏み込んだ。
検察立証の柱をいくつも否定した判決。 いったい何が山本被告と犯人を結び付けたのか。『判断の分かれ目』は、トラブル相手だった隣人宅の「センサーライト」だった。
■判断の分かれ目となった「センサーライト」が示す犯人の行動
実は、ドラレコに映っていたのは、平山さんと犯人の姿だけではなかった。
現場周辺を映したドラレコ映像には、犯行までの約20分間に犯人と見られる人物が計3回登場する。
そのうち2回は、いずれも犯人が現れる30秒ほど前に、山本被告宅の隣のセンサーライトが点灯している様子も映っていた。
検察は、このセンサーライトの点灯に着目し、山本被告の犯行は以下の経過をたどったと主張している。
事件当日、山本被告は自宅前から、近くの駐車場に車を止めた平山さんを監視していた。
そして、平山さんが車を降りたタイミングで移動して、犯行に及んだ。 山本被告の家は、住宅街の袋小路の突き当りに位置していて、犯行現場に行くには隣の家の前を通らなければならなかった。
その際に隣家のセンサーライトが点灯したという説明だ。
もし山本被告以外の人が犯人ならば、平山さんを監視できる場所が他にあるにも関わらず、わざわざ他人の家の前で監視をするのは目立つし不自然である。
しかし、不自然でない人がいるとすれば、それはこの家に住む山本被告だけであると。 弁護側は、山本被告が犯人で犯行現場を行き来したとするなら、犯行後、帰宅する際にもセンサーライトが点灯するはずだが、映像で点灯は確認できず矛盾があると主張していた。
しかし、裁判所は、「駆け足で通れば点灯しないこともある」などと弁護側の指摘は当たらないとした。
「動機」についても、山本被告には隣に住む平山さんの交際相手と植木鉢をめぐるトラブルがあり、強い不満の矛先が当時、夫であると認識していた平山さんに向かっても不自然ではないと判断。
「被告人が犯人であると推認できる程度は相当に高い」として、山本被告に懲役16年の判決を言い渡したのだった(検察の求刑は懲役20年)。
■裁判員「使える証拠と使えない証拠が散在。難しかった」
判決後、取材に応じた2人の裁判員は、3カ月の裁判をこう振り返った。
【裁判員】「使える証拠と使えない証拠が散在し、確定しているところ(使える証拠)を積み重ねるとこれしかないよねということになりました」
【裁判員】「ドラレコ画像に映ったセンサーライトからの犯人の動き。被告が玄関先にいたという矛盾が腑に落ちなくて、被告人以外の犯人を考えるのには無理がある」
判断を分けた、センサーライトの点灯。 難しい判断を迫られた裁判員の言葉が心に残った。
【裁判員】「色々考えて犯人は山本被告だと思っているんですけど、100パーセント詳細に腑に落ちたかと言われれば、証拠が上がってこないところもあり、クエスチョンマークもあるんです。現実の事件というのはこういうのかなと…」
■被告「頭が真っ白になった」 「証拠に基づかない的外れの判決に怒り」と弁護団
1時間半余りにわたり裁判長が判決理由を読み上げる間、山本被告は微動だにせず、まっすぐ前を向いて聞いていたが、閉廷したとたんがっくりと肩を落とし、背中を丸めたまま刑務官の押す車イスに座り法廷を後にした。
判決の瞬間、何を考えていたのだろうか。
後日、拘置所の山本被告に尋ねると、次のような答えが返ってきた。
【山本被告】「その場では頭が真っ白になって。とりあえず悔しくて、何で分かってくれんのやって。無理やりこじつけたような言い方してたんで…」
弁護団は11日、「1審判決は検察立証に対し、ほとんどの点で破綻していると判示した。
長時間の審理を行いながら、証拠に基づかない的外れの判決という他ない判決に、怒りをもつ」として、大阪高裁に控訴した。 2審での審理が注目される。
【関西テレビ 司法担当記者 菊谷雅美】