最終出勤日。
【藤原くん】「本日をもって退職します。短い間でしたがありがとうございました。」
【企業担当者】「1年間ご苦労様でした。本当はもうちょっと活躍していただきたかったんですけどね。」
【人事担当者】「でも不安そうだった入社当初とは全然顔つきが違うよね。」
藤原くんは、翌月には大阪を離れ、半年後に関東で就職。今も同じ会社で働き続け、2年になります。
関東に来てからは変わらないという藤原くん。彼女と過ごすことも多く、”普通に“働くことも慣れたと言います。
【藤原くん】「でもミライジンに入った時と出た時では、だいぶ違うんですよね。」
それはありのままの自分を受け入れられるようになったことでした。
【藤原くん】「それまでは鏡に映っている自分はこんなはずじゃないという否定から始まっていたりしたんですけど、今はもっさりしていたり、ぼさぼさだったりするのも含めて、ああなるほど、という見方ができるって感じ。」
関東で穏やかに働いている藤原くん。その近況を小林さんに伝えると、「でもなんかもったいないんですよね」と苦笑いします。
【小林さん】「藤原くんは100の力があったけど、実証実験では1の力しか発揮できなかった。できなかったというか、その前から『1の方で行きます』という選択をして…。」
【小林さん】「でも1の方が需要は多いし、お金になるのも早い。周りが就職していくと、100人に1人しかできないことをやっているのに、100人中の98人できることができないから『劣っている』と錯覚するんですよ。」
周りと違っても尖り続け、誇り高く生きることはあまりに難しい。だから普通の道を選択しがちな現代社会です。
それでも困難な道で花開く奇跡を小林さんは信じているようでした。
設立からまもなく5年。売り上げは3倍以上に成長し、2年先まで仕事が埋まっているという「ミライジンラボ」。
【小林さん】「僕が普通の経営者だったら、どんどん人材を発掘して会社を大きくすると思うんですけど、そうやって忙しくしてしまうと、自分らしく生きる自由度が奪われるのが嫌なんです。でもやりたいことは変わらないから別の方法でなら。」
小林さんの口から飛び出したのは「IT業界版Uber Eats」という言葉でした。
社員として雇うというよりは、「こんな仕事あるよ」とピンポイントで仕事を配っていく、クラウドソーシングのイメージだと言います。
でもまずは、今いる8人のメンバーを大切に、自由な発想で開発を進めたいという小林さん。
【小林さん】「自分という人間を初めて受け入れられたのが、林くんが活躍した瞬間なんです。自分みたいに悶々としていた人を活躍させられた。駄目だった自分だからこそできた仕事やったから、それがすごく嬉しかったんですよ。」
大企業を辞めてミライジンラボを立ち上げた小林さんを突き動かしたものが何だったのか、やっとわかった気がしました。
【小林さん】「前にいた会社でも、新卒から過ごせてはいたんですけど、自分のことは自分で駄目という評価をしている状態。そこにもっとやばいヤツ(林くん)が現れて、自分がいいと思っていた部分は自分よりもっといい、苦手なことはもっと苦手っていう存在。それを自分の何倍も活躍させることができた。」
【小林さん】「長年マイナスだと引きずっていた性質も、プラスとして認めていた能力も、両方ないと林くんを生かすことはできなかった。だから自分は今まで引きずっていたのかと、その理由までわかった気がして。」
そう語る小林さん、大企業でエースと呼ばれたデータサイエンティストです。
【小林さん】「この世界でそれなりに頑張ってきたつもりですが、でも僕はミライジンの世界では下の方。林くんとの果てしない実力差を感じて、開発者を引退しました。もし彼と出会わなかったらありえなかったことです。でもだからこそ、2つの世界の橋渡しができたのかな。」
円を描き、2つの世界の交わりを楽しそうに解説する小林さん。
好きを極め、尖った才能を磨き続けた人が生きづらい現代社会を、もし“未来”から見つめ直したら?
この生きづらさは個人に帰する「障害」ではなく、“現代社会”が抱えたパラドクスに見えるかもしれません。
その矛盾に気付いたことが「ミライジンラボ」を始めたきっかけかもと小林さんは話します。そして彼らを活躍させられる自分に今もワクワクすると言います。
■ミライジンが照らす「未来」
前回の取材から5年。
“アイコン”の存在だと思っていた林くんに、改めてオンラインでのインタビューを申し込みました。
アイコンが出てくるものと思い込んで「参加」をクリックすると、画面に表示されたのは笑顔の林くんです。
「小林さんと出会う前と後で何か変わりました?」と尋ねると
【林くん】「うーん。。。立場ですかね?」
引きこもりを自称していた林くんは確かに「ミライジンラボ」でCTOという立場になりました。でもそういうこと?
気持ちの面での変化を問うと…
【林くん】「対人不安や緊張感がなくなりましたね。」
「面倒だから」と、人に会うのも家を出るのも面白くなかった林くん。でも小林さんと出会った時は、初対面にもかかわらずなぜか話題が尽きなかったと言うのです。
最近買ったものを聞いてみると、「何もない。欲しいものも何もないし」。
事業規模を拡大せずに自由度を残したいという小林さんの方針にも、もし収入を下げる場面が来たとしても、賛成だと言います。
ただ新たな知識を得て、自分を成長させられるのは楽しいとも話すのです。
現代社会でありがちな物欲もお金への欲もなく、純粋に知ることの楽しさを突き詰めたいという言葉には、なぜか子供時代の感覚を思い出しました。
一方、コロナ禍でリモートワーク中心の社会になりかけたのに、結局元に戻りつつある社会の動きには残念そうでした。
さらに100年先の未来について聞くと、「100年先のことはわからないけど、2040年以降くらいだったら」と林くん。
人口減少社会の日本では、AIの応用力で少人数でも労働生産性を上げる可能性がある。元々応用は日本の得意分野、そこへの抵抗感は他国より低いんじゃないかと答えるのです。
【林くん】「本当に追い込まれないとやらないだろうけどね。」
林くんのような存在を本気で必要とする時代が来るかもしれない。
今は奇跡のビジネスが「当たり前」となる未来が垣間見えた気がしました。