「よぉ作ったな、こんなん!」
かつて大企業で「エース」と呼ばれたデータサイエンティスト・小林宏樹さんが思わず叫びました。
パソコンに映し出された分析結果は、企業に発注すれば数百万円はかかるというもの。
無料のアプリケーションを駆使して新たなソフトウエアを作り上げたのは、たった1人の“自称”引きこもりプログラマーでした。
「あった方がいいやろと思って」
さらりと答えるその声は、小さな丸いアイコンだけが表示された、暗いパソコン画面から聞こえてきます。
同僚でさえ顔を見たことがない謎の天才技術者です。
「ミライジンラボ」は、社会で普通に働くのは苦手な、でもキラリと光る才能を秘めたエンジニアばかりが働くデータ分析会社です。
能力は高いのに、特性のせいで「普通の会社員」として働くことが難しい。そんな人たちが輝ける働き方があるはずだー。
小林さんが目指す未来の社会のあり方、そして働き方を追いました。
■顔も見えない稼ぎ頭
大阪・箕面市の「ミライジンラボ」は、高いプログラミング技術をもつエンジニアが、時間や場所に縛られず自由に働くIT企業です。
8人の社員それぞれが100の力をできる限り発揮できる環境作りを目指しています。
稼ぎ頭のトップエンジニア、林くんは、若者の就活支援を行うNPOの紹介で小林さんと出会いました。大学を出てから10年間引きこもりだったと言います。
【林くん】「朝起きて準備して、満員電車乗って行くってすごく大変でしょ。人間関係でも仕事でも。当たり前のことにしているけど、どう考えても無駄なこと多いじゃないですか。そういうものから解放されたいって感じですね。」
- ■十人力が働けない世界は“異常”
- 【小林さん】「林くんが活躍してない世界は、絶対異常やと思いました。ほんまの十人力やっていう存在なのに、働けないんですから」
「自分より林くんの方が10倍すごい開発をするのに、10年引きこもって働けない。ならば自分は引退して林くんに開発の仕事を渡した方がすごいことができる。」
データサイエンティストならではの分析が、小林さんの思いを決断に変えます。
会社員時代、小林さんは新しいビジネスモデルを思い描き、起業家コンペに参加します。高い能力をもちながら今の社会では働きづらい「ミライジン」が活躍できる事業プランを世に問うためです。
そのビジネスモデルはコンペで高い評価を得ましたが、まだ事業化されていなかったために惜しくも優勝を逃します。
小林さんは林くんが活躍できる場を本気で作るために会社を辞め、「株式会社ミライジンラボ」を設立。退路を断ったのです。
退社する日、小林さんは共に働いてきた同僚たちに秘めた思いを伝えました。
【小林さん】「自分が皆さんといる場所は、楽しくて活気ある『芝生の生えたいい場所』。断絶された世界があるというのが驚きやったんです。実は僕はそっちの、断絶された世界にいたかもしれないんです。」
小林さん自身、仕事では凄まじい分析力を誇る一方、規則に窮屈さを感じたり人間関係や生活面の慣習を強いられることにストレスを感じやすく、普通の会社生活に馴染めない自分が嫌いでした。
でも、「ミライジンラボ」を立ち上げ、そんな自分を笑えるようになったと言います。
一方、自称“引きこもり10年“の孤高の天才、林くん。ルールや慣習に縛られた現代社会に入っていく気は毛頭ないまま、目まぐるしく変わるITの世界を極めていきました。
小林さんと話し、実社会でのITの使われ方に面白さを感じます。
仕事をした経験はないはずが、すぐに超人的な能力と活躍を見せ、小林さんを圧倒しました。
「ミライジンラボ」での対外交渉は全て小林さんが行います。やっているのは、業務改革をしたい企業からデータ分析やシステム開発などの仕事を請け負うことです。
仕事を振り分ける先は、IT分野で突出した能力を持ちながら、訳あって社会から離れてしまったミライジンたち。
彼らは時間や場所に縛られない環境で開発を行い、その対価を受け取ります。
それは縦の関係ではなく、チームとしてそれぞれが得意分野を担う横の関係です。
林くんは年に数回、小林さんに頼まれた時だけ社外の打ち合わせに参加します。会話は全て小林さんが引き取り、取引先と直接話すことはありません。
起業したのはコロナ以前の2019年。リモートワークも今ほどは普及しておらず、通勤しない社会人の働きにくさは相当なものでした。
【小林さん】「2019年の時点では能力があっても通勤しにくい、細かい状態で働けないというのがあるんですけど。多分100年後に見たら、今いるミライジンで能力の高い人は一流の人として活躍するんちゃうかな。」
小林さんは従来の企業社会とは正反対の「もう1つの世界」を目指しました。