京都の観光名物「保津川下り」で、舟が転覆し船頭2人が死亡した事故。
明日3月28日で、事故から1年がたちます。
伝統を守り、安全に運航するため奮闘する最年少の船頭に密着しました。
■最年少・18歳の船頭 夢かなえた矢先に…
岩と岩の間を縫うように下る「保津川下り」。
京都府亀岡市から嵐山までの16キロを進む観光名所で、400年の歴史があります。
【清家颯太さん】「ここは保津川で一番深い場所、水深約15メートル」
「ベリーベリー、ナロー(狭い)」
【先輩】「“狭い”や、それ。ディープ(深い)や」
【清家颯太さん】「ディープ」
慣れない英語で乗客を楽しませるのは、18歳の清家颯太(せいけ そうた)さん。100人ほどいる船頭の中で最年少です。
地元亀岡の出身で、2023年、憧れの船頭の世界に入ったのです。しかし舟のこぎ手として夢をかなえた途端、状況が一変しました。
【清家颯太さん】「(2023年)3月10日に(保津川遊船企業組合に)正式入社しまして、(事故はその後)すぐでした。正直にいうと信じられなかったですね、事故があったのは」
2023年3月28日。
【記者リポート】「画面中央に見えているのが転覆した舟です。舟の底になるんですが、裏返る形でとまってしまっています」
乗客25人と船頭4人の計29人を乗せた舟が転覆。乗客19人がけがをしたほか、船頭2人が死亡しました。
舟の後方で舵を取っていた船頭が、操作を誤ったことが原因でした。
【清家颯太さん】「保津川遊船が続けられるのかどうか、やっぱり不安はありました。ついきのうまで見ていた人がいなくなったのは、さすがにつらいですね」
■3つの安全対策 しかし客足は戻らず
2023年7月17日。事故から3カ月半がたち、保津川下りは再開。それに先立ち、舟の運航組合は大きく3つの安全対策を講じました。
まず1つ目は水位。これまで、舟が出航できる川の水位は85センチまででした。
しかし事故を受けて基準を厳しくし、水位が65センチを超えると出航停止に。
2つ目は安全装備です。客や船頭の命を守るため、万が一、川に落ちたとしても勝手に膨らむ救命胴衣の着用を義務付けました。
さらに、事故が起きたとしても、乗客を素早く岸へ誘導できるように、水難救助訓練も行っています。
そして3つ目は、インフラ整備。山あいで携帯電話もつながりにくいため、全ての舟にGPS機能がついた無線機を備えました。
異常があればすぐに通報。リアルタイムで舟の位置を把握します。
このように、安全対策を徹底して再出発した保津川下り。しかし、客足はなかなか戻りませんでした。
2022年は19万7000人の観光客が訪れましたが、事故があった2023年はおよそ半分にまで落ち込んだのです。
2024年に入って徐々に客足は戻りつつあるものの、多くが事故を知らない外国人です。
【清家颯太さん】「外国のお客さんの方が多くなってきていますね」
Q.日本人のお客さんの状況は?
【清家颯太さん】「僕から見たらちょっと少ないかなと思います。信頼を取り戻すしかないなと思っていて、信頼を取り戻してきたら日本人のお客さんもまた戻ってきてくれるんじゃないかな」
そんなある日の出航前、清家さんが乗客に救命胴衣を着せていると…。
【乗客】「春に来たんですよ」
【清家颯太さん】「そうなんですか?」
【乗客】「事故のあったあの日。結局乗れなくて」
【清家颯太さん】「すみません、ありがとうございます。また来ていただいて」
あの事故の日に来ていたという客がまた乗りに来てくれたのです。
最初は、舟のこぎ手だけを担当していた清家さん。今は2年目となり、「さおさし」を任されることが多くなりました。
「さおさし」とは、岩を突いてこぐとともに、舟が進む方向を細かく調整する「花形」のポジションです。
【先輩】「何か疲れてきたんちゃうん?ペースが弱ってきたんちゃう。大丈夫?」
川の流れを読む「集中力」と、揺れる舟の上で腰を入れて4メートルもあるさおを岩にさし続ける「体力」が求められます。
この「さおさし」について、清家さんは次のように話しました。
【清家颯太さん】「舟の先頭に立って、さおさしがすごければすごいほど、舟も進んで早く流れるんで、僕の中ではさおさしは“舟のリーダー”のような感じだと思います」
さおさしが使うさおは、一本の竹を使って手作りします。曲がっているところがあれば、火であぶりながら温め、柔らかくしてまっすぐに。
しなり具合や、手になじむ感覚は人それぞれ。若手の船頭にとって、満足できるさおを作るのは簡単ではありません。
【船頭歴21年目 村田祐二さん】「こう見たときにこっちに振っているよな。そこは直してもいいと思う。直せる場所だから」
清家さんにアドバイスを送るのは、この道20年を超えるべテラン船頭。事故が起きてから、後輩への指導はより丁寧になりました。
【船頭歴21年目 村田祐二さん】「あの事故をきっかけにというのはおかしいですけど、より一層安全に対しての意識はさらに意識するようになっていると思います。400年以上続く伝統産業ですから、バトンを次の世代につないでいくのも中堅以上の船頭の役目やと思っています」
■船頭の平均年齢40歳 「若い世代で盛り上げたい」
保津川下りの船頭の数は年々減っています。平均年齢は40歳ほど。これまで10代は清家さん1人でした。
“若い世代で保津川下りを盛り上げたい”。そこで清家さんは、地元の高校の同級生2人を船頭として誘うことにしました。
Q.やろうと思った理由は?
【清家さんの同級生 岡本和真さん】「やっぱりかっこいいなと。地元に貢献できるなら」
舟の準備は新人の仕事。清家さんも一緒になって点検します。
【清家さんの同級生 岡本和真さん】「舟の仕事は危険と隣り合わせだと思うんですけど、それでもやりがいある仕事やし、お客さんを乗せて楽しんでもらったらそれが一番だと思うので。気も張りながら、楽しく安全にやっていきたいです」
【清家さんの同級生 石橋憂翔さん】「他の先輩からは『全然抜かせるぞ』と言われているんで、そこはちゃんと抜かしていきたいと思っています」
【清家颯太さん】「すぐ抜かせる。がんばってください」
ある日の出航前、清家さんは先輩船頭2人と特訓に励んでいました。
保津川は天候によって風向きが急に変わる渓谷。強い向かい風の中でも舟を安全に扱えるよう、技術と体力を養います。さらに…。
【先輩】「3人で流すのに1人が心折れたら舟はどうなる?3人でやっと流せるものが2人で流さないといけない」
「今日はフォームの確認もあるけど、心折れるなよっていうのを教えたかった。それを本番でもな」
船頭としての「心構え」も教わりました。
【先輩】「さぁ颯太、気合い入れて!」
「レッツゴー!」
粉雪が舞う中での出航です。
気合いは十分な清家さんですが、直前の特訓ですでに疲労はピーク。手のまめもつぶれてしまいました。
それでも力を振り絞り、必死にさおをさし続けます。
乗客を盛り上げるパフォーマンスも板についてきました。
岩がぎりぎりに迫る難所も…。
【先輩】「もっとさせ。まだまだ諦めるな!」
先輩から鼓舞する言葉が飛んでくる中、力を振り絞ってさおをさし、乗り切りました。
【清家颯太さん】「二度目はないと思っているんで。二回目が起きないように自分の技術も上げて。僕も船頭の一員として安全に下って、お客さんに『楽しかった、また来ようか』と言ってもらえる保津川遊船にしていきたいですね」
明日、3月28日で事故から1年。
400年の伝統を守るために、信用を取り戻す日々が続きます。
(関西テレビ「newsランナー」 2024年3月27日放送)