難病「ALS」患者の女性を、本人の依頼を受け殺害した罪などに問われている医師の男の裁判が始まりました。殺害したのは「本人の願いをかなえるため」、嘱託殺人の罪に問うのは「望まない生を強いること」、こういった主張を同じ病気を患う人たちはどう聞いたのでしょうか。
■ALS患者嘱託殺人 「犯行を主導・立案した」被告の裁判始まる
11日、京都地方法裁判所の法廷に紺色のスーツ姿で立った一人の医師。嘱託殺人の罪に問われている大久保愉一被告(45)です。
元医師の山本直樹被告(46)と共謀し、京都市内のマンションで林優里さん(当時51)の依頼を受け、薬物を投与し殺害した罪などに問われています。林さんは、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「ALS」を患い、SNSで安楽死を望む投稿をしていて、大久保被告らに130万円を振り込んでいました。
先立って行われた山本被告の裁判で、京都地裁は去年12月、「大久保被告が犯行を主導・立案した」と認定しています。
そして迎えた大久保被告の初公判。法廷にはALSを患う人や、林さんを担当していたヘルパーも傍聴に訪れました。 起訴内容について認めるかどうか聞かれた大久保被告が語ったのは…
「起訴状の通り間違いありません。ただ私は林さんの願いをかなえるために行ったことです」
はっきりとした声で起訴内容を認めた一方で、あくまで「林さんのために行った」と主張。その後弁護側が続けたのは、「罪に問うべきではない」という主張でした。
【弁護側】「望まない生を強いることになり憲法に反する」
弁護側の陳述の間、大久保被告は目に涙を浮かべ、時折ハンカチで目頭を押さえていました。
一方、検察側は、「報酬が支払われる前提で殺人の依頼を受け、医師にも関わらず何の検査もせずに短期間で犯行に及んでいて、正当な行為に当たらない」と主張しました。
■ALS患者や被害女性の担当ヘルパーが裁判を傍聴
命を奪う正当性を主張する大久保被告と弁護側に、傍聴した患者の増田英明さんは怒りと恐怖を感じたといいます。
【ALS患者 増田英明さん】「大久保被告の裁判では、裁判官と裁判員が大久保被告の考えを受け入れてしまわないかどうかを憂慮しており、最も注目しています。生きてこその希望や苦しみを、安易に“安楽死”で片づけてしまわないでください」
そして、林さんの近くにいたヘルパーも…
【林さんの担当ヘルパー】「やっぱりつらい。今でもつらいもん。生きててほしかったっていうのは思うし。(大久保被告の)涙は正当化して、正義感を振りかざしてやった結果、捕まって自分の人生がなくなって悔しくて泣いてるのか。その涙が優里さんにとっての涙ではないなっていうふうにはすごく強く感じた」
また、林さんの父親は…
【林さんの父親のコメント】「大久保と山本の行為は、どのような立場・理由であっても、決して許すことはできません。もし娘が生きていたら、体が動かなくてもたくさんの人たちに囲まれた生活が、未来があったらと思うと悔しくてたまりません。最大限の厳罰をもってしても、私の苦しみは終わることも癒えることもありません」
■「死の選択しかないようにして、殺すことが簡単にできてしまう」
裁判を傍聴したALS患者の増田英明さんが11日夕方に会見を開き、次のようにコメントしています。
【ALS患者 増田英明さん】 「死の選択しかないように死へといざない、殺すことが簡単にできてしまうのでは」 「嘱託殺人とされたのは、林さんの『死にたい』という一面的な言葉・状況を切り取っただけ」
「newsランナー」コメンテーターの犬山紙子さんは、増田さんのコメントは「本当に重い」と話しました。
【犬山紙子さん】「この増田さんのコメントは本当に重いと思います。『死の選択しかないようにし、死へといざない、殺すことが簡単にできてしまうのでは』というところですが、例えば生きていたいっていう気持ちを持っていても、『自分がもしかしたら周りの負担になっているんじゃないか?それならば死んだほうがいいんじゃないか』と思わされて、そして殺害する行為も可能になってしまうことも起こり得るというふうに思いますの。私は増田さんのおっしゃる言葉に深く共鳴しました」
また菊地幸夫弁護士が裁判のポイントについて話しました。
【菊地幸夫弁護士】「自己決定権というのは、憲法でも尊重されている権利ですし、究極的には自分の生き死も選択するところにも行きつくのかもしれません。ただやっぱり『生きる、死ぬ』というのは、簡単に本人一人が決めて、周りの人がそれを助けたらいいということではないんですね。そう簡単に『助けようと思ったんだから、命を絶っていい』なんてことにはならないと思います。ましてや多額の報酬が絡んでいて、今回の事件が適法だとは言い切れないのではないのかというふうに思います」
判決は3月5日に言い渡される予定です。
(関西テレビ「newsランナー」 2024年1月11日放送)