京都アニメーション放火殺人事件の裁判員裁判。青葉被告に責任能力があったかどうか、つまり罪に問えるかどうかを判断する上で、最も重要と言ってもいい審理が10月26日に行われました。弁護側の請求で青葉被告の精神鑑定を行った医師が出廷し、「妄想が犯行動機を形成した」と証言しました。
「青葉被告に刑事責任能力はあるのか?」。この判断に大きな影響を及ぼす2つの異なる精神鑑定の結果が明らかになっています。これについて、兵庫県豊岡市にある公立豊岡病院で精神科医をされている三木寛隆医師に聞きました。三木医師はこれまでに20回ほど裁判にかかわる精神鑑定をされているということで、そもそも精神鑑定とはどういうものなのかについても教えてもらいます。
■2つの異なる精神鑑定 検察側「妄想性パーソナリティー障害」
京都アニメーション放火殺人事件の裁判でどのような判決になるか、精神鑑定の結果に大きく左右されることになります。精神鑑定の重要性について、番組コメンテーターの菊地幸夫弁護士は、「この裁判ではほとんど事実関係について争いがないので、唯一最大の争点が“責任能力”です。つまり精神的に自分の行為が悪いと分かっていたのか、コントロールできていたのか。もしできなかったとしたら、最大で無罪という結論にもなりうるので、大きな分かれ道になるところです」と話しました。
2つの異なる精神鑑定の結果について整理します。
まず検察側の精神鑑定。青葉被告は誤った思い込みなどを抱いてしまう「妄想性パーソナリティ障害」であるとし、もともと疑い深く、人のせいにしがちな性格だとしています。京アニの公募で青葉被告が書いた小説が落選したことで、「盗用された」と思い込み、京アニを狙うことになりますが、妄想よりも青葉被告の性格が大きく影響し、犯行の動機につながったとしています。「妄想よりも性格が犯行動機に大きくつながった」というのはどういうことなのでしょうか?
【三木寛隆医師】
「『パーソナリティー』という言葉が聞きなれない非常に難しい言葉だと思いますが、日本語ですと性格とか人格と訳されて、物事の受け止め方とか行動パターンを表しています。『妄想性パーソナリティー障害』というのは、“度が過ぎる疑い深さ”であったり、他社への過度な不信感があるということです。例えば人が自分をだましているとか、自分の情報を不正利用されるのではとか、人の言葉が自分をけなしてるように感じるとか、そういったものがあります。 こういった方は非常に疑い深い性格なので、受け止め方が妄想的になりがちで、一見すると 一般用語である『妄想』があるように見えたりします。妄想の定義や解釈にもよりますが、弁護側の精神鑑定に出てくる『妄想性障害』に見られるような一貫した持続した妄想はないということを意味していて、検察側はそう主張していることになります」
検察側は刑事責任能力があるとしているんですね?
【菊地幸夫弁護士】
「京アニの小説公募に落選したことに関して、わざとやったんじゃないかと疑っているわけですけれども、それにしても36人の犠牲者が出るような放火をやっていいのかよくないのかという判断はまだついたというのが、検察側の主張だと思います」
■もう一つの精神鑑定 弁護側「妄想性障害」
一方、弁護側の請求で行われた精神鑑定では、青葉被告には重度の「妄想性障害」があるとしています。さまざまな妄想を持ちやすく、小説が落選して盗用されたと思い込んだ青葉被告は、被害妄想が影響して犯行に至ったと指摘しています。検察側とはどういう違いがあるのでしょうか?
【三木寛隆医師】
「『妄想性障害』はいろんなケースがありますが、多くの場合は一つのテーマの妄想が長期間持続しているというものです。例えば誰かに追跡されているとか、毒を盛られているとか、周囲に嫌がらせされているといった内容の一つが中心にあって、そこからだんだんと肉付けされ、広まったり深まったりするのが『妄想性障害』です。
『妄想性障害』と『妄想性パーソナリティー障害』の区別が非常に難しく、明確な線引がなかなか引きにくいです。明らかな妄想性障害は、精神科医が一致することも多いんですけども、青葉被告については微妙なんだろうと思います。明確な線引きはありませんが、例えば固定した妄想で、長期間一貫して持続した妄想の有無で区別されるのが一般的です。
しかし妄想性障害の初期、いきなり大きな妄想が形成されるわけではないので、初期ですと妄想が固定していなくて、両者の区別は非常に困難になってきます。例えば妄想のテーマが、その時に起こった出来事や人間関係などにその都度影響されて変わるようなものは、妄想性障害と言いにくい印象があります。一方でこれまで妄想と言われてるような、人生の中での部分が一つのストーリーとして全てを含められるように成立していれば、長期間持続した妄想という解釈にもなり得て、妄想性障害の基準をみたすことになります。ちょっと難しいです」
弁護側が要請した医師の精神鑑定では、青葉被告の妄想が始まったのは2008年、30歳のころからだということです。事実として、郵便局で働き始めるも2~3カ月で辞めました。そのときの妄想では、女性から「悪いことしているわね」と言われ、過去に捕まったことが郵便局で知れ渡っていると思い辞めたということです。このエピソードを弁護側の医師が出したことにはどのような意味があるのでしょうか?
【三木寛隆医師】
「このエピソードが今回の事件に関係した妄想に含まれてるのか、含まれていないのか、その違いが両者の主張の違いです。このエピソードや多分他にもあると思うのですが、そういったものを発端に、そこを中心に肉付けされていって深まっていった妄想の結果、今回の事件に及んだというのが『妄想性障害』というストーリーです。一方でその検察側の主張は、このエピソードは本人の疑い深い性格によって生じた一時的なもので、今回の事件の妄想とは関係なく生じていたのかというのが違いです。 微妙な例えかもしれませんが、1カ所に穴を深く掘り進めていったような妄想なのか、あちこちに浅い穴を掘っていったのか。掘り進めて深くしていくというのが『妄想性障害』の妄想という捉え方はできるかなと思います」
裁判員がどう判断していくのか、難しさがありますよね。
【菊地幸夫弁護士】
「法廷が終わった後の評議で、裁判官がかみ砕いて裁判員の方にレクチャーできるのかというところにもかかっていると思います。自分のやろうとしてることがいいことか、悪いことか、でそれに従って自分をコントロールできるか能力があるかないか。そこにうまく裁判員の方が結びつけて理解していただけるといいです」
■精神鑑定 「被告との面会」と「資料の精査」
重要なカギを握る精神鑑定ですが、どうやって行っているのかまとめました。 まず「被告との面会」があり、1日に1~2時間程度で、20回程度行い、被告の「え~っと」という言葉も記録するということです。
【三木寛隆医師】
「例えば言葉遣いであるとか、関西弁とか方言があるかとか、そういったことも診察の時には非常に重要なポイントになってきます。どれだけ答えるのに時間をかけているかとかも重要になってくるので、書き起こしたり、記録したりしています」
そして「資料の精査」があります。供述調書から取り調べ録画、学校の指導録なども精査します。さらに、通院歴や服薬状況、家族などの聞き取り、MRIやCT検査、心理テストなど総合的に判断し、鑑定結果は100ぺージに及ぶこともあるそうです。
【三木寛隆医師】
「MRIやCTですが、例えば脳腫瘍とか脳梗塞といった、精神障害以外の病気によって精神症状が出ることがあるので、そういう病気ではないということを探るために行われることが多いです。認知症を疑う場合は、認知症の診断のために行うこともあります」
■「被害者の数などを考え極刑にすべきではないか?」という意見もあるが
ここで関西テレビ「newsランナー」視聴者から質問です。 Q.精神鑑定も大事ですが、被害者の数などを考えると極刑にすべきではないか?
【三木寛隆医師】
「私は精神科医でもあり、もしかしたら被害者の遺族になる可能性もありえるので、なかなか話しづらい内容ではあります。一般論でしたら、例えば子供が物を盗んだり、花火をして家を燃やしてしまったとき、どっちも犯罪要件に当たるわけですけど、そういったことに対して刑務所に収容して処罰すべきだと考える人は多分いないんじゃないかと思うんです。それは4歳や5歳の子供が、先ほど菊地弁護士の話にあったような、何がよくて何が悪いといった判断をする能力がないと、非常に考えやすいからなんです。
成人だとちょっと分かりにくく、難しさがあると思います。子供は脳がまだ成長しきってないとか、成熟しきってない、脳の問題ではあるんですけども 同じように脳の病気の影響、精神障害ということですが、脳の病気で問題が生じて、判断能力が悪くなったり、時には幻覚や妄想に影響されて事件を起こさざるを得なかった場合には、やはり行動の責任は病気に問うべきで、本人に問うのは難しくなってしまうんじゃないか、ということになるんじゃないかと思います」
【菊地幸夫弁護士】
「近代法の考え方としては、いかに結果が重大であったとしても、その個人をその結果に対して責めることができなければ罪を課することはできないというのは、確立したものなんです。判断能力がないっていうことになると、いかに結果が重大であっても、無罪というようなことにもなります。ただ無罪でも、すぐ社会に戻れるかというとそれは別で、医療監察法などといった法律があって、人に危害を加える危険性があれば、治療という形でその人に対するアプローチを続けていくというような法制度があります」
今回の裁判で青葉被告の刑事責任能力はどう判断されるのか。判決は来年1月25日に言い渡される予定です。
(関西テレビ「newsランナー」 2023年10月26日放送)