京都アニメーションを放火し、殺人などの罪に問われた青葉被告の裁判が9月5日から始まるのを前に、様々な視点からこの事件を考えます。
初回は『生き続ける作品』です。
この絵本は、事件で犠牲となった天才アニメーターが、京アニに入社する前に書いた絵本です。完成から30年以上経った今、アニメ化する動きがあります。この作品の魅力、そして命を吹き込む制作者たちの思いを取材しました。
あるアニメーターが残した作品が新たな形になろうとしています。34年前に出版された絵本「小さなジャムとゴブリンのオップ」。この本を手掛けたのは木上益治さん(当時61歳)。
「AKIRA(あきら)」や「火垂るの墓」など多くの作品に関わり、若手を育てた“京アニの師匠”とも言われる人でしたが、4年前の放火殺人事件で犠牲となりました。木上さんが京アニに所属する前、アニメーター駆け出しの頃にいたのが、東京の制作会社です。
【木上さんのかつての同僚 中村英一さん】
「最初の彼の絵を見て驚いたのは歩いている絵。ほとんどデッサン的にも動きの点でも直すところない。すごい人が、天才が、入ってきたなと」
【木上さんのかつての同僚 本多敏行さん】
「本当天才的だったんですよね。やっぱりやってくるものは完璧で、しかも要求したものにちょっとプラスαがある。ここまでやらなくてもっていうところまでやってくるうまさがあったね」
かつての同僚である本多さんと、代表の豊永さんの2人が中心となり、木上さんの絵本を「アニメにしよう」と力を注いできました。
この絵本は、魔法使いの見習い「ジャム」が、ある日、友達の怪物「オップ」を怒らせてしまいます。どうすれば仲直りできるのか、ジャムは失敗を繰り返しながら試行錯誤。そして、表情の裏に隠された気持ちをくみ取って言葉をかけて行動できるようになった時、魔法がうまく使えるようになるというジャムの成長の物語です。
【本多敏行さん】
「ちょっと哲学的というか、考えさせるみたいな内容が多い。ジャムとオップという異質な生き物がお互いに仲良くするという。世の中って全部違うのにみんなが一緒に生きられるっていうのが、一番いい状態なわけじゃないですか。子供に見せるいい材料であると思うんです」
作画を担うのは「銀河鉄道999」「ONE PIECE」「ドラえもん」などを手掛けた名だたるベテランアニメーターたち。みな、木上さんの絵本に共感し、制作に協力する仲間です。 作画の打ち合わせでは、動きをつけたいと様々なアイデアが飛び交います。
【代表作「銀河鉄道999」など 湖川友謙さん】
「(登場する)おじいちゃん、魔法使わせたいんですよ」
【エクラアニマル代表取締役 豊永ひとみさん】
「それ(アイデア)いただきます。おじいちゃん魔法つかうひとに」
パソコンでの作業が主流となる中、この会社はひとつひとつ、すべて手描きでアニメを作ります。 この技術が評価され、中国のIT企業が出資。長い構想期間を経て、今年ようやくアニメ化が実現することになりました。
【本多敏行さん】
「作品というのは作った本人の手を離れて、独り歩きするもんなんですよ。だから『彼の思い』というのは別になくなったわけじゃなくて、それを我々が受け継げばいいと思っているんです。やっぱり基を作ったのは木上くん自身だし、それをむしろ広めてやるのは、それを知っている自分たちの役割かなと思ってる」
京アニ事件の裁判が来週から始まるのを前に、代表の豊永さんは、この作品に触れた人に「秘められたメッセージ性を感じてほしい」といいます。
【豊永ひとみさん】
「作品が繰り返し見ても色あせない、そしてその年齢によってその時代で受け止める、心の中で成長していくような作品であってほしい。私たちが今作っているような作品を、むしろ被告のような、今生きている人たちにも見てもらいたいなと思います」
天才アニメーターが残した作品は今、多くの人の手によって命が吹き込まれ、時代を超えて受け継がれていきます。
(関西テレビ「newsランナー」2023年8月30日放送)