リトアニアで開かれているNATO首脳会議。日本時間の12日午後には岸田首相も参加しました。NATOはヨーロッパと北アメリカの国々で作る軍事同盟ですが、そこに日本の首相が参加する背景にあるのは“中国”の存在だといいます。
NATOを巡って何が起きているのか、安全保障を専門とする明海大学の小谷哲男教授に聞きました。
■リトアニアでNATO首脳会議開かれる ゼレンスキー大統領も会場に
まず、首脳会議が開かれているリトアニアの会場前から、森元記者のリポートです。
【森元記者リポート】
「まさに今NATOの首脳会議が行われる会場の前にいます。現在、岸田首相も参加して、ウクライナ支援などについて話し合っているとみられます。
日本時間の12日午後4時ごろ、ウクライナのゼレンスキー大統領が車に乗って到着し、関係者と握手を交わして建物の中に入っていく様子が確認されました。この後NATOのストルテンベルグ事務総長と会談し、支援への感謝を伝えるとともに、NATO加盟への道筋についても話し合うとみられます」
ゼレンスキー大統領は、NATO加盟が思い通りに進まないことに失望感を示していますが、ウクライナのNATO加盟は難しいのでしょうか?
【森元記者リポート】
「NATOとしては、ロシアの侵攻が続いている状態では、ウクライナが加盟することは不可能という姿勢です。なぜなら『加盟国の1つに対する攻撃は、NATO全体への攻撃とする』という原則があり、そうなるとNATOとロシアの全面戦争になってしまう恐れがあるからです。
ウクライナ側としては、せめて『戦争が終わった時点』といっためどを示してほしいのですが、NATO側はそこまでの調整ができなかったというのが現状のようです。 さらに将来的にウクライナが加盟の招待を受けるにあたっても、『条件を満たすことが必要』とNATOが説明しているのですが、その条件とは何なのか曖昧で、問い詰めるメディアの姿もありました。ゼレンスキー大統領とNATO事務総長が会談の後、そろって会見をする予定で、何を発言するのか注目されています」
では小谷哲男教授に聞きます。 ウクライナは自国の加盟の具体的時期が示されなかったことについて、NATOを批判しています。ウクライナをNATOに入れることは、タイミング的に難しいのでしょうか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「戦争が続いている間にウクライナをNATOに入れてしまいますと、自動的にNATOとロシアの戦争になってしまいます。ポーランドとかバルト三国のようにロシアに地理的に近い国は実はそれを望んでいるところもあるんですけれども、フランスやドイツなどNATOの主要な国々は、今ロシアと戦争したいわけではありませんので、そういう意味でウクライナをNATOに入れる道筋を明確にすることに反対していると考えられます」
■NATOの動きはウクライナにどんな影響を与える?
現在NATOを中心に起こっていることを整理します。
・スウェーデンのNATO加盟が事実上決定しました。これによりヨーロッパ北部のバルト海はほぼNATO加盟国が取り囲む形となり、ロシアとしては軍事的に厳しい状況になったと言えます。
・アメリカが殺傷能力の高いクラスター爆弾を、ウクライナに供与すると発表しました。ただクラスター爆弾は民間人に被害を及ぼす恐れが大きく、NATO加盟国でも意見が割れています。
こういったNATOの動きが、ウクライナの戦況に与える影響はあるのでしょうか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「スウェーデンのNATO加盟が、ウクライナの戦況に直接影響を与えるということはないと思います。でもアメリカがクラスター爆弾をウクライナに供与するということは、ウクライナの使える砲弾の数が減っている中で、一定の効果を上げると考えられます。ただこのクラスター爆弾は不発弾によって民間人を殺傷する可能性もありますので、そこは難しいところだと思います」
アメリカが供与するクラスター爆弾は不発弾になる確率が低いものだと説明されていますが、ウクライナへの供与がきっかけになって、ロシアが不発弾になりやすいロシア製のクラスター爆弾を使ってやろうということになり、泥沼の戦争の引き金になってしまう心配はないのでしょうか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「ロシアも、ウクライナも、旧ソ連製のクラスター爆弾を既にこの戦争で使っています。旧ソ連製は20%とか30%が不発弾になると言われていますけれど、アメリカの供与するものは2%程度ということです。アメリカが供与するクラスター爆弾は、1つの大きな爆弾に88発の小さな爆弾が搭載されていて、単純計算で1回投下すると2発ほどが不発弾になります。ただアメリカはウクライナに対して、『どこで使ったかきちんと記録しておくように』と言っていますので、戦後の不発弾処理がしやすくなる側面はあります」
■東京にNATOの連絡事務所を設置する計画 どんな意味が?
日本から岸田首相がNATOの首脳会議に出席しています。日本はNATO加盟国ではありませんが、東京にNATOの連絡事務所の設置する計画があります。NATOの連絡事務所を置く意味は、小谷教授によると、「最大限の協力体制」とのことです。その裏にあるNATOと日本の思惑は、「中国へのけん制」であるといいます。
【明海大学 小谷哲男教授】
「日本にとって中国が安全保障上の懸念であるということは間違いありません。 実はNATOにとっても中国が安全保障上の懸念になりつつあります。それは、サイバー攻撃や 貿易の管理の問題、そして中国が行っている人権侵害もあり、NATO諸国も中国はやはり大きな問題だと考えるようになっています。しかも中国とロシアが、戦略的な連携を際限なく広げるということを言っていますので、やはりNATOからすれば、日本のように民主主義という共通の価値を持った国とできるだけ連携をして、中国・ロシアが力による現状変更をするのを抑えたいという思いがあるわけです。そういう意味で東京に連絡事務所を作って、日本とNATOの間で情報共有をしたり、情勢認識を共有したり、その先には軍事訓練などを通じた協力体制の強化、さらには軍事技術の共同開発などを見据えていると考えられます」
中国との関係ですが、既に現在すごい緊迫した状況になっているのか、それとも緊迫する前に手を打っているという状況なか、どちらでしょうか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「中国はこれまでの第二次世界大戦などの国際秩序を、中国主導のものに変えようとしていることは間違いないと思います。弱い国に対して、大国である中国の言うことを聞けということを、例えば南シナ海などではっきりと言っています。けれども、大きな国、小さな国関係なく、全ての国が平等に、紛争があれば平和的に解決するというのが、日本やアメリカ、ヨーロッパがこれまで培ってきた価値なんです。それを中国が変えようとしていることは間違いないと思いますので、その点日本は同じ価値を持ったヨーロッパやアメリカと一緒になって、中国に対して、この価値を変えないようにけん制しようとしていると思います」
■世界の分断 グローバルサウスの本音は「どちら側にもつきたくない」
【明海大学 小谷哲男教授】
「西側諸国と中国・ロシア、その間にいる国々は一般的に『グローバルサウス』と言われるようになっていますけれども、これらの国々は『どちら側にもつきたくない』というのが本音です。
中国はよく西側諸国のことを『世界を分断しようとしている』と批判します。西側諸国は今の国際社会が民主主義と専制主義の対立になってしまっていると言って、民主主義をてこ入れしなければならないと言うわけです。
しかしグローバルサウスの国々にすると、西側諸国が世界を分断してるように見えていることはかなり明らかであって、やはり我々西側諸国からグローバルサウスの国へのアプローチを変えていく必要があると思います。我々は決してどちらかを選べと言ってるわけではなく、あくまで選択肢を示してるだけだと。決めるのは グローバルの皆さんですよという風に、アプローチを変えていかなければならないと思います」
グローバルサウスの国々に対して、開発競争みたいになっていて、例えばプーチン大統領は会談の場を設けるといったことで自国側に引き入れようとする様子もみられています。そうした反面、日本がウクライナを一生懸命支援することによって、ロシアを刺激する構図になっている気もしますが、いかがなのでしょうか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「確かにそういう一面はあると思います。 グローバルサウスへの支援は、資金面での援助というものが中心になってしまいますけれども、資金面では中国には勝てません。ロシアも例えば大きなエネルギー資源を持っていますし、大きな軍事産業も持っていますので、これらを活用してグローバルサウスにアプローチします。
しかし今、我々としては、中国やロシアと違うやり方で、つまりグローバルサウスのそれぞれの国のニーズをしっかりと把握して、その上でグローバルサウスの発展のために協力するというアプローチを取らなければならないし、実際に取ろうとしているところだと思います」
■視聴者から質問「NATOと接近するデメリットは?」
NATOの話に戻りますと、東京に連絡事務所を置くことにフランスが反対しているということですが、どうしてなのですか?
【明海大学 小谷哲男教授】
「フランスは非常に独自路線を行く国でありまして、これまでもNATOの方針に反対をしてきたことがありますから、特段驚くべきことではないと思います。1つにはこの連絡事務所の設置について、フランスが事前に十分相談されていなかったことが大きいと思います。もう一つはフランスは中国との経済関係を比較的重視する国ですので、そういう中で連絡事務所を作ることが中国を刺激しすぎるという判断が、おそらくフランス中にはあるんだろうと思います」
ここで関西テレビ「newsランナー」視聴者からの質問です。
「Q.NATOと接近することで中長期的にみて日本にデメリットはあるのでしょうか?」
【明海大学 小谷哲男教授】
「先ほども話しましたけれども、グローバルサウスの問題があります。世界を分断してほしくないと考えているわけですけれども、日本がNATOと関係を強化するということは、やはり民主主義陣営が中国・ロシアを包囲しようとしてるという風に見えてしまうかもしれません。特に日本はアジアで、東南アジアとの関係を非常に重視していますけれども、東南アジアの中にはどちら側にもつきたくないという国が多いので、NATOの連絡事務所が日本にできると、東南アジア諸国が嫌な気持ちを持ってしまうことはあるかもしれません」
NATOが大きく動く中で、日本をはじめとする各国が、今後どのような対応をみせるのか注目されます。
(関西テレビ「newsランナー」2023年7月12日放送)