「ふるさとの復興支えたい」12年ぶり福島に戻った教師 震災・原発事故後に奈良の十津川村に着任も豪雨災害で同じ“被災地”に 今、人口500人となった大熊町で再スタート「未来は子どもたちがつくってくれる」 2023年05月11日
福島で東日本大震災や福島第一原発事故を経験し、奈良で教師になった女性が12年ぶりにふるさとに帰ってきました。教師として子どもたちに寄り添いたい…その思いに迫りました。
■“ふるさと支えたい”12年ぶりに福島へ戻ってきた教師
福島県大熊町。12年ぶりに学校と子どもたちが戻ってきました。
【半谷真由香先生】
「始まりの式の時に、みんなのお名前が呼ばれます。自分の名前知っている?自分の名前が呼ばれた時だけ、大きな声で返事してください。ニコニコで。先生のお名前は、半谷真由香(はんがい・まゆか)っていいます」
大熊町から少し北に離れた南相馬市小高区出身の半谷真由香先生(33)。12年ぶりに地元に帰ってきました。
【半谷真由香先生】
「いつか地元に帰りたいなって思いがあったので、今回決意して帰ってきました。東日本大震災とか原発っていう言葉で、いろんな方のいろいろな思いが入り交じっている中でのきょうのスタートだと思うんですけど、私も子どもたちも気負わず、少しずつ日々を過ごしていけたらいいなと思っています」
■着任決まった奈良県・十津川村…故郷に似た小さな村も被災地に
福島県では2011年に起きた東日本大震災によって、4000人以上が死亡。当時大学3年生だった半谷先生も地元で被災しました。それから数日後、大熊町にあった福島第一原発が爆発。半谷先生の実家のある南相馬市小高区も含む原発から半径20キロ以内の地域には避難指示が出され、多くの人がふるさとから離れることを余儀なくされました。
半谷先生はボランティア活動をしながら教師を目指していましたが、震災や原発事故の影響で福島県の教員採用試験がこの年は中止になってしまいました。
その後、奈良県が被災地から教員の採用をしていることを聞き、試験を受けて合格。 ふるさとに似た小さな町で仕事をしたいと希望し、十津川村への着任が決まりました。
しかし、着任した年の2011年8月に、十津川村は豪雨に襲われ、赴任先も被災地となってしまいました。
【半谷真由香先生】
「学び得たものを震災がきっかけで奈良に来て、頑張りなさいってことなのかなって。運命としか思ってないです」
豪雨災害の影響で雨を怖がるようになった子どもたちに寄り添い、支えました。
【半谷真由香先生】
「かわいそうだなって気持ちでずっと接しているのは、それこそかわいそうなので、何も考えずに、教師と子どもとして接していますね。将来的に心が優しい子になるんじゃないかな。思いやりがあったりとか困っていたら助けたりとか。今、助けてもらっている分、そういうことが考えられる子になっていくんじゃないかって思いますね」
■奈良に来て10年以上 募るふるさとへの思い 閉校を機に…
気づけばふるさとを離れて、10年以上がたっていました。この学校は児童数が減り、3月いっぱいでの閉校が決まっています。教室では最後に思い出をつくる「お楽しみ会」が開かれていました。
子どもたちに半谷先生はどんな先生かを聞いてみました。
【子どもたち】
「怖い先生!」
「今までで一番いい先生。来年も担任がいい」
奈良に来てからの時間が長くなるにつれ、ふるさとへの思いが募っていきました。閉校を期に福島に戻ることにしましたが、そのことを子どもたちには伝えられていませんでした。
【半谷真由香先生】
「(奈良に来て)10年っていうのと、自分が30歳を超えたっていうのが大きかったですね。20代の時はまだ『頑張ろう』って、できていたんですけど。30歳過ぎて『このままでいいのか』って、自分に問いかけることが多くなってきちゃって。向こうに戻っても教員するなら早く戻ったほうがいいんじゃないの?みたいなのを自分に投げかけることが多くなってきて」
■奈良の子どもたちとの別れ「見上げる空はつながっている」
3学期最後の日。奈良を離れることを伝えました。
【半谷真由香先生】
「みんなで良かったなあって…。(奈良の)先生辞めたくないなあって…。これからどんどんどん、しんどいことを経験するようになる4年生をずっと見守ってあげたいなって…。福島県で見上げる空も、奈良県で見上げる空も全部つながっています。空は1つしかないから。しんどいなと思った時とか、楽しいなって思った時、先生は福島県で空を見上げようかなって思います。だからみんなもそうしてほしいです。『給食おいしかったよ』って」
辛いことがあっても、何度でも立ちあがれるようにと、最後に通知表に添えて、福島の民芸品「起き上がり小法師」を贈りました。
■震災前は人口1万人以上…現在は500人足らずの地元で教師として“再スタート”
福島第一原発周辺の街は、ここ数年でようやく一部の地域で避難指示が解除され、人が住むことができるようになりました。しかし、多くの住民がすでにほかの街で生活を立て直したため、地元に戻らず、大幅に人口が減ったままです。
大熊町も同様で、震災前には1万人以上が住んでいましたが、現在はわずか500人足らずです。(4月1日時点487人)
2023年4月、半谷先生は福島に戻り、新たな学校の始まりを迎えました。この日門出を迎えたのは未就学児から中学生までの26人。全員が同じ場所で学びます。
「二度と戻れないかもしれない」そういわれた町に、子どもたちの声が戻ってきました。
【保護者】
「子どもたちが友達増えてすごく喜んでいて。毎日のように遊んでいる姿を見ると、帰ってきてよかったなって思います」
【大熊町民】
「子どもがいると活気が全然違うよな」
奈良の十津川村から福島の大熊町へ。半谷先生の子どもたちへの姿勢は何も変わっていません。
【半谷真由香先生】
「十津川の時もそうだったかなと思うんですけど、被災者だとか思ってしまうと、逆にそれがかわいそうになるので。普通にごくごく自然にっていう…復興を背負わせる、背負わせるわけじゃないけど、大熊で教育が再開したから、何か立派なことをしなきゃみたいな、そんなことも気負わせたくないなって思いますね」
12年を経てふるさとに戻った半谷先生。「復興」という言葉を口にしなくても、未来は子どもたち自身がつくってくれると信じています。
(2023年5月8日放送)