働きながら介護する“ビジネスケアラー” 260万人 介護離職者も年10万人そして“隠れ介護者”も 誰もが直面の可能性ある『仕事と介護』の両立 いま、どんな支援が必要か? 2023年05月03日
“9.2兆円”。これは、家族などを介護しながら働く「ビジネスケアラー」や、介護を理由に仕事を辞めた人が増えたことによる、2030年の経済損失の見込み額です。
仕事と介護の両立は本当に難しく、今、社会問題となっています。当事者の取材から、課題が見えてきました。
■認知症の妻の介護のため仕事を辞めた夫
大阪市西淀川区に住む、藤井康弘(ふじいやすひろ)さん(59)。若年性認知症の妻、三恵子(みえこ)さん(60)の介護のため、2年前、仕事を辞めました。それ以来、通院などを除く1日のほとんどを2人で自宅で過ごしています。
三恵子さんは認知症ですが、自力で歩くことができるため、介護が必要なレベルは、5段階で下から2番目の「要介護2」。そのため、費用の安い公的介護保険の範囲内で利用できる施設では、すぐに受け入れてもらうことはできません。
デイサービスや訪問看護(入浴の介助)を毎週利用したり、月に何度かは数日施設で預かってもらう「ショートステイ」を利用するなど、現状で利用可能な公的介護保険サービスの助けを借りながら、三恵子さんを見守っています。
■徘徊する妻 会社に「迷惑かける」選んだ退職
三恵子さんが認知症と診断されたのは、5年ほど前。康弘さんは、大手電機メーカーの子会社で、技術部門の担当課長をしていて、遠方への出張も必要な仕事でした。
当初は、離れて暮らす娘の協力も得ながら仕事と両立してきましたが、そんな中始まったのが、三恵子さんの徘徊。コンビニに行ったかと思うと、酒やたばこをたくさん買ってくるようになったのです。
次第に悪化する症状と向き合う中で、康弘さんは次第に追い込まれていき、両立は長く続きませんでした。
新型コロナの感染拡大をきっかけに在宅勤務を半年続け、介護休暇を期限いっぱいの1年間とった後は、退職するしか、もう道は残されていませんでした。
「会社に迷惑をかけることになると思った」と康弘さんは、退職の理由を話してくれました。今は、退職金を切り崩しながらの生活。いつまで三恵子さんと2人で生きていけるのか、その不安と隣り合わせです。
■介護しながら働くことは「社会が許容しない」
会社員時代、飲みにいくのが好きで、家を空けることが多かったという康弘さん。そんな夫を、三恵子さんは、一切とがめませんでした。
「今こそ、自分が見守ってあげたい」そんな思いから、三恵子さんを見守り続ける康弘さん。
取材班に打ち明けてくれたのは、諦めにも似た、社会への思いでした。
【藤井康弘さん(59)】
「年収1000万とかある人だったら、これまで通りフルパフォーマンスで働いて、どこか高額な介護施設に預かってもらうこともできると思いますが、そんな年収の人ばっかりじゃない。年収400万円以下の人もいっぱいいます。そんな人はお金を払えない。もしくは、高額な施設の費用を稼ぐために働くよりも、自分で介護した方がましだと思ってしまう」
【藤井康弘さん】
(–Q: こんな制度があったら、自分は辞めずに済んだかもしれないと思うことは?)
「なかったんじゃないかなと思う。もっと手ぬるい仕事であれば残れたかもしれないけど。そのために会社も給料払うわけにもいかないし。社会がそこまで許容しますかね。しないと思う僕は」
こうした康弘さんのような、介護を理由に仕事を辞める「介護離職者」の数は、厚生労働省によると、年間10万人前後で、横ばいになっています。
■経済損失が9.2兆円 ビジネスケアラー支援に国も本腰
こうした「介護離職者」の予備軍となるのが、働きながら介護をする「ビジネスケアラー」の存在です。
経済産業省によると、2020年時点では260万人ほどですが、高齢化が進むにつれ、2030年には318万人に増える見込みです。さらに、ビジネスケアラーや介護離職者が増えることによる経済損失が、2030年に約9.2兆円にのぼると発表していて、まさに社会問題となっています。
そこで経済産業省は3月、「仕事と介護の両立」を目指すため、企業向けのガイドラインを作成する方針を発表しました。
【経済産業省・ヘルスケア産業課 水口怜斉課長補佐】
「実際働かれている中で、職場の中での理解というところで、つまずいている方も多いと伺っています。国が旗を振ることによって、企業側にもそういったところに目を向けていただけるとありがたい」
■約3割が誰にも相談しない 「隠れ介護者」の存在
実際、ビジネスケアラーの中は、会社の誰にも相談しない人も一定数います。
介護と仕事の両立に向けて、企業向けのアドバイスなどを行っている株式会社リクシスがビジネスケアラー2500人を対象に実施したアンケートによると、およそ3割が「会社に誰にも相談しない」と回答しています。
こうした「隠れ介護者」について、リクシスの佐々木裕子社長は、「会社に知られ、キャリアダウンしてしまったり、変に気を遣われたくないという思いから、隠してしまう」と指摘します。
その上で佐々木社長は、「介護は仕事を休んで家族が自力でやるもの、あくまでプライベートなものという概念から、仕事を休まずに両立体制を構築するもの、体制構築の支援は企業も積極的に関与するものという概念に転換していく必要がある」と話します。
■毎朝 パーキンソン病の母親を介護 慌ただしく出社
では、「仕事と介護の両立」は、本当に実現できるのでしょうか。
パナソニック株式会社のエレクトリックワークス社の営業部門で働く、ゆきさん(54)。パーキンソン病の母親(86)と、妹の3人暮らしです。
パーキンソン病は、体が動かしにくくなるなどの症状が出る難病で、受け入れてくれる施設がなかなか見つからず、自宅で介護しています。
ゆきさんは、毎朝5時ごろに起きて、朝の介護を担当します。誤嚥を起こさないよう、朝食を食べさせる間は、一切気が抜けません。母親を起こしてから朝食を終えるまで、1時間かかります。
自分の朝ごはんを食べる間もなく、午前9時ごろ、ホームヘルパーにバトンタッチをして、急いで会社へ向かいます。
フレックス勤務が認められていて、出社時間は、通常より1時間ほど遅い午前10時。週5日のうち3日は出勤し、母親のデイサービスがない2日は在宅勤務をして、仕事と介護を両立しています。
【ゆきさん(54)】
「フレックスっていう働き方ができることと、リモート勤務っていう形で、ある程度何かあればリモートで仕事ができるので。そこはすごく助かっています。型をつくらずに仕事をしていきたい」
■従業員の13%が介護に関わる 仕事との両立は「経営課題」
エレクトリックワークス社では、家族などの介護に関わる従業員が、全従業員約9500人の13パーセントを占めています。
【エレクトリックワークス社・神野徹常務】
「従業員の大半が、特に両親の介護については避けて通れないと思っていますので、大きな労務課題の一つとして捉えていますし、さらに経営課題に昇華をさせて取り組みを進めていかなければならないと思っています」
この日、ゆきさんが参加したのは、介護への理解を高めるための、社内向けの動画収録。
会社をあげて介護の相談をしやすい環境をつくろうという狙いで、ゆきさんのほかにも、役員2人が同席し、介護について議論を交わします。このうち、自らも認知症の父親の介護経験があるという藤谷達常務は、「誰かに頼る大切さ」を呼びかけました。
【エレクトリックワークス社・藤谷達常務】
「地域包括支援センターや、ケアマネージャーの皆さんにもいろいろ教えを請うということが非常に多かったです。自分の中だけで消化できない話が非常に多いので、他を頼るということを積極的にする必要があると実体験をもって感じています」
■妹がいなければ両立は「厳しい」 どうにもならない現実
会社には感謝していると話すゆきさん。しかし、両立できている一番の要因は、非正規で働く妹の存在だといいます。母親がデイサービスから帰ってくる夕方以降の介護を、一手に引き受けてくれているからです。
ゆきさんは、もし妹がいなければ、両立は難しかったと話します。
【ゆきさん】
「デイサービスはだいたい午後4時か5時ぐらいには帰ってきます。普通に仕事をしていたら、なかなか難しいです。リモート勤務を予定していた日に、急な用事で出社しないといけなくなった時に、ヘルパーさんが見つからないと、(介護保険適用外の)一般の事業者さんを使いますが、日常的に使えるような金額ではない。ビジネスケアラーが増えていく中で、今のままの介護保険制度では、両立が困難な人が出てきてしまう」
どれだけ勤務先の理解があっても、どうにもならない現実があります。
誰しもが直面する可能性のある介護。社会で支えていくことが求められています。
(2023年4月26日放送)