「娘の11年の努力と“将来”を否定しないで」 聴覚障害の娘が重機にはねられ死亡 将来得るはずだった『逸失利益』 “障害”理由に低い金額は差別的…両親の闘い 2023年02月24日
もし、障害者であることを理由に愛する我が子の将来を否定されたら…愛する娘を突然、失った後、「逸失利益」を巡って、頑張って生きてきた娘のために闘う両親を取材しました。
【亡くなった井出安優香さんの母・さつ美さん】
「ぎりぎりになって提出したんですよ、裁判所に。これが1月31日、夕方7時26分から32分…5分で解けましたって。これ自分で書くんですけどね、時間を計って。(事故の)前日ぎりぎりまでこうやって頑張ってたのになって。日付っていうのは結構つらいんですよね、この時までは生きとったのになって…」
生まれつき聴覚に障害があった、井出安優香(あゆか)さん。11歳の時、突然命を奪われました。
【安優香さんの父・努さん】
「生き残っているというか、私と妻と息子(安優香さんの兄)は現に生きているので、やっぱり生活をしていかないといけない。でも、トラウマみたいなものが、やっぱり…一生忘れることのできない」
5年前の2018年2月1日。安優香さんは通っていた聴覚支援学校からの帰りに歩道で信号待ちをしていたところ、突っ込んできた重機にはねられ亡くなりました。
重機が暴走した原因は、運転手の男がてんかんの発作を起こしたこと。病気を隠して運転免許を更新していたことが分かり、刑事裁判で懲役7年の判決が確定しています。
(安優香さんの7歳の誕生日の様子)
【母・さつ美さん】
「(お誕生日)おめでとう…なんて言うの」
【安優香さん】
「ありがとう」
生まれた当初、医師から「言葉を話すことは難しい」と言われた安優香さん。努力を重ね、人前でも堂々と話せるようになっていました。
(小5の運動会で)
【安優香さん】
「赤組・白組の思いのこもった迫力ある応援をご覧ください」
安優香さんの努力をそばで見守ってきた両親。刑事裁判の後、事故を起こした運転手の男と会社に対し、損害賠償を求めて民事裁判を起こしましたが、相手側の主張は思いもよらないものでした…
裁判の争点になったのは「逸失利益」。安優香さんが事故に遭わなければ将来得られたはずの収入です。井出さんは”全ての労働者の平均賃金”を基に計算すべきだと主張。それに対し、運転手側は…
『運転手らの主張』
「聴覚障害者は十分な情報保障や周囲の理解が得られず、高等教育の学習に支障が出ることが少なくない。就職することも、仕事を継続することも困難で、『逸失利益』は一般女性の40%になる」
【安優香さんの母・さつ美さん】
「安優香の今までの努力を何一つ知らずに…よくそんなことが言えるなっていう、親にしたらね。中学高校に進む中で、きっと将来何になりたいかという夢も出てきてたと思うし…それに向かって短大行きたい、大学行きたいと学力的にも進んでいたかもしれないですしね」
運転手側の主張を知り、多くの弁護士が井出さんの弁護に名乗りを上げました。中には、安優香さんと同じ、聴覚に障害がある弁護士もいます。弁護団は、聴覚に障害があっても「手話や音声を文字化するアプリなどを使うことで、障害がない人と同じように働くことができる」と訴えています。
【聴覚に障害がある 松田崚弁護士】 (*手話による会話)
「聴覚障害がある人でも、きちんと守られて配慮をされれば、仕事はちゃんとできる。そういう人たちはたくさんいる」
そうした中、運転手側は主張を変更。安優香さんの逸失利益は『“聴覚障害者の平均賃金”を基に計算するべき』として金額を引き上げました。それでも、井出さんが求める金額の60%にとどまっています」
【安優香さんの母・さつ美さん】
「安優香らしい文章やなと思って、なんかほっこりする文章書いてるなと思って、かき氷か…『つめたいさらなり、食べたら頭が痛くてわろし』とか…キーンてするからね、かき氷が。安優香らしい発想やなって思って、何かちょっとほっこりするでしょう」
裁判では、安優香さんの学力を証明しなければなりませんでした。学力を証明する証拠として、安優香さんのノートなどを裁判所に提出しました。
2021年12月、裁判の報告集会で父の努さんは…
【安優香さんの父・努さん】
「『どうして?安優香が悪いの?』…と、幻聴ともいえる娘の声が耳から離れません。娘の11年間の努力と将来を否定され、私たち家族の精神的苦痛は増すばかりでした。安優香、…そうだよな!きょうもどこかで見てるんやろうな。必ず屈辱を晴らすから。もう少しの間、パパに力を貸してください」
遺族を苦しめる「逸失利益」。こうした裁判の背景には、損害保険会社の存在があると専門家は話します。
【逸失利益に詳しい 立命館大学・吉村良一 名誉教授】
「交通事故があったときに被害者と加害者が直に交渉するのではなくて保険会社がでてくる。一つはやっぱり(損害保険会社は)支払いをできるだけ小さくしたい。もう一つは、“(全労働者の)平均賃金で賠償する”ことは他のケースにおのずから影響する。この(裁判の)場合だったら 安優香さんの両親に払う、というだけに留まらない大きな影響を持つ。それは当然、保険会社の経営にも影響してくる」
関西テレビは、運転手側の損害保険会社に対し、障害を理由に逸失利益を減額することについて、どのように考えているのか尋ねました。
【運転手側の損害保険会社からの「回答」】(*原文のまま)
『司法判断の動向のほか公平性の観点も踏まえつつ、障がいのあるお一人おひとりについて、丁寧・適切に判断してまいります』
判決を前にした、最後の訴え…。2月、井出さんは全国から集まった“公正な判決を求める署名”を裁判所に提出しました。署名はこれまでに11万筆を超えています。
【安優香さんの父・努さん】
「きょうも天気が良く青空も見えています…娘はあの世から私どもを見ていると思います」
【安優香さんの父・努さん】
「大切な娘の命奪われて、差別的なこと言われて…黙っておれる親っていますか?当然、怒るのが普通だと思います」
2月27日に迎える判決…。両親の訴えに、司法はどう答えるのでしょうか。
(関西テレビ「報道ランナー」2023年2月23日放送)