犠牲者26人の北新地放火殺人から1年 犯行につながった『孤立』 “他人巻き込んで死のう”としたか 殺害された院長の妹「孤立ない社会を」 2022年12月16日
2021年、大阪・北新地のビルが放火され、26人が犠牲となりました。深まる「孤立」が犯行に繋がったとみられる、放火殺人事件。社会は大きな課題を突き付けられたまま、事件から1年を迎えようとしています。
■放火殺人から1年 容疑者死亡で「真相」分からぬまま…
ビジネスマンなど多くの人が行き交う大阪・北新地。2021年12月17日、ビルの一角にある心療内科クリニックは、一瞬にして炎に包まれました。
午前10時16分にクリニックに来た患者の男が突然ガソリンをまいて火を放ち、フロア内は瞬く間に煙が充満。当時、クリニックにいた西澤弘太郎院長やスタッフ、患者合わせて26人の命が奪われました。
【クリニックの女性患者】
「先生亡くなったんですよね。すごく良い先生でした」
【クリニックの男性患者】
「2週間に1回、先生に話を聞いてもらえばすごく楽になる、頑張ろって。それなのにひどすぎるよ」
警察は、患者だった谷本盛雄容疑者(61)による犯行と断定。クリニックの防犯カメラには、谷本容疑者が火を放った後、自らも炎に飛び込む様子が記録されていました。
谷本容疑者は入院先の病院で、その後死亡…事件の真相解明はできなくなってしまいました。
11年間無職で家族とも絶縁状態だった谷本容疑者。警察の捜査で交友関係は確認できず、スマートフォンの電話帳には誰の連絡先も登録されていませんでした。
また検索記録には「道連れ」や「死ぬ時くらい目立ちたい」などの言葉。銀行口座の残高は0円で、警察は、生活苦と孤立に陥った谷本容疑者が、他人を巻きこんで自殺を図ったとみています。
■元自殺願望者が共感…「他人を巻きこんで死のうとする気持ち」
他人を巻き込んで自殺しようとする心理。谷本容疑者に共感できる部分があると話す男性がいます。
【ひろしさん(仮名)】
「全然理解できますね。理解できる。なぜそうなったのか。苦しくて誰も分かってくれない時に、どういう行動を選ぶかっていうだけの話かなと思ってしまいました」
過去に家族を殺害して自殺しようと考えたことがあるという、関西出身のひろしさん(33)。現在は、東京・歌舞伎町でゴミ拾いのボランティアをしています。
実はもともと全国を飛び回るミュージシャンでしたが、3年前に仕事の忙しさや人間関係の悪化で、激しい頭痛や不眠に悩まされ、食事も喉を通らなくなりました。仕事を辞めざるを得なくなり、家に引きこもる生活に。
実家にいる親や友人に助けを求めましたが、その声は届かず孤立状態に陥りました。
【ひろしさん(仮名)】
「それなりに仕事をして生計を立てていたので、そういう息子を自慢したりとかを近所にしているから、帰ってこられたら恥ずかしいと。だから地元に戻ってきても、うちの門はまたぐなと」
–Q:家族に対してどういう気持ちに変わった?
【ひろしさん(仮名)】
「最後は自分も死ぬけど、あいつらを地獄に落としたい、殺してやりたいという気持ちになっていましたね。すごく人のことを恨んでいて、自分だけ死ぬって悔しいじゃないですか、単純に。何で、ここで自分の人生は終わるのに、あいつらは生き永らえるねんて、おかしい」
家族を殺害して自殺しようと考えましたが、体調の悪化で体が思うように動かず、ことし1月、大量の薬を服用して自殺を図りました。
ひろしさん(仮名)は病院に運ばれ、一命をとりとめました。
その後、ひろしさん(仮名)は、知人の紹介で悩みを抱えた人たちの無料相談を行う「日本駆け込み寺」へ。孤立していたひろしさんに寄り添ってくれる人たちと出会い、現在、社会復帰を目指すことができています。
【ひろしさん(仮名)】
「病気の人、生活保護の人、何か事情がある人。でも事情が出来た途端にみんなやっぱり一歩引くんですよね。実際、僕もそうだったんですよ。『家族に冷たいこと言われた、友達おらへん』って事実なんですよ。周りはこぞって『そんなことないよ』って言うんですよ。『あなたのこと思っているし、あなたのそばには人がいるよ』って。それ自体が間違っているなって思って。せめて『あなたは今、孤独なんだね』ってところには一緒に立ってほしい」
■兄の死から1年…今も問い続ける妹
事件に関わることになったひとりとして何ができるのか。この問いにずっと向き合い続けてきた女性がいます。事件に巻き込まれ亡くなったクリニックの院長・西澤弘太郎さんの妹、伸子さん(45)です。
【院長・西澤弘太郎さんの妹 伸子さん】
「1年経ったから湧き起こることはない、1年経って自分は何をできたのかなと思うことはあるけど」
西澤院長のもとには他府県からも800人以上の患者が訪れていました。
発達障害の治療や心の病で休職した人たちの復職支援に力を注いでいて、働く人が通院しやすいよう診察時間は夜10時まで開院していました。患者さんから信頼されるドクターでした。
伸子さんは、兄・弘太郎さんもかつて通っていたカウンセラー養成講座に通い、心理カウンセラーの資格を取得。
さらに、クリニックの元患者たちがオンラインで集う会へ事件発生直後から参加しています。
【伸子さん】
「きょうは皆さんのお話しをちょっと聞かせて頂いて、勉強しようと思っていますので」
心の悩みを抱えながら、事件によって“より所”を奪われた元患者たちが相談し合える場所として始まりました。
【伸子さん】
「妹の立場でこの事件をみたときに、自分は何をしていかなければならないのかをすごく考えた。そのときその時期に自分ができることを頑張ってきたつもりではいます。この事件がなかったら出会わなかった人ですよね。目の前で身近な方が困っていると聞いたときに、私はたまたまそれが“元患者さん”でしたけど…」
■孤立した人たちを見過ごさない社会に…妹として“できること”
院長の妹だからつながった、苦しんでいる人達。事件から1年を前に交流会が初めて対面で開催されることに。直接会える日を心待ちにしていました。
【主催者】
「楽しく過ごしたいと思います!乾杯~!」
【伸子さん】
「なんか思ったより痩せてはりますよね。画面越しにはもうちょっとなんかほっそりしている」
【元患者】
「今日も走ってきました」
【伸子さん】
「だからかな?急に激痩せ?ははは!」
【元患者】
「うつはよくなってきているんですけど、トラウマ反応が残っていて、抑うつ状態になったタイミングに加えて、プライベートでもいろいろあって…なおかつ“例の事件”もあって」
【伸子さん】
「お薬とかの(での治療)じゃなくて?」
【元患者】
「カウンセリングで(の治療)」
【伸子さん】
「私も考え癖っていうか、不安のマックスを想定していたら楽っていうときがあって」
【元患者】
「また定期的なオフライン会を開催してほしい。リアルはやっぱり楽しい」
【伸子さん】
「よかったですよね、初めてなので」
患者だった谷本容疑者に命を奪われた兄。妹として何ができるのか、探し続けています。
【伸子さん】
「たくさん病院がある中で、なんで兄の所だったのだろうとは、本当にその当時思っていたことではありますけど。あまりそこを見るよりも、私は“そういったことが起きにくいような社会”にするにはどうしたらいいかを考えていって、精一杯何か動いていけたらいいなと思う」
孤立した人たちを見過ごさないために、社会は課題を抱えたまま明日の12月17日で1年を迎えます。
(2022年12月16日放送)