百貨店を支える装飾の職人 クリスマスを前にした「黒子」たちに密着 店の世界観を創りだす“出しゃばらない”流儀 ポリシーは“ストーリーをそっと忍ばせること” 「動く」サンタに自ら拾った松ぼっくりも 2022年11月24日
クリスマスシーズンに突入し、一層きらびやかな装いとなっている百貨店。買い物中に、“何となく”気持ちを高めてくれる装飾ですが、その裏側で、ひそやかに活躍する職人たちがいます。華やかな装飾に、そっと忍ばされる熱意を追いました。
■百貨店の世界観を創りだす職人とは?
息をひそめた、開店前の百貨店「大丸心斎橋店」。薄明りの中に、動く人影がありました。彼らは、館内の“装飾”を担う社員たち。百貨店の世界観を創っている、職人たちです。
朝の館内チェック中、女性社員がマネキンに着せているコートの乱れを整えます。
【大丸心斎橋店 装飾担当 永井さゆりさん】
「お客様に触っていただいて、乱れている時があるんですよ。でもこれは私たちにとっては喜びであって、『ああ、触っていただけたんだな』って思って、朝チェックしているんです」
このチームを率いるのが、段野正夫さん(50)。入社した30年前から、得意のグラフィックデザイン技術を生かし、様々な装飾を手掛けています。
そんな段野さんは、テーブル上の座席制限の案内シールをきれいなものに貼り替えていました。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「店内の景色の大半がこういったお客様へのお願いになったんですよね。ということは『今ディスプレイするべきものは何だ?』ってなった時に、『こっちだろ』となったんです」
新型コロナの影響で突然必要になった、人数制限の案内や手指の消毒のお願い。それらを、店の世界観を守りながら、気持ちよく伝えようと工夫を凝らしてきたのが、段野さんたちなのです。
入口の規制ラインに置かれているコーンは、この日は秋らしく紅葉の色。季節によって替わります。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「お客様が閉店後の館内をのぞいていたんですよ。『あれ、あれ!』と言ってコーンを指さして。『面白いねん、ここのコーン』って。『ああ、もうこの仕事やって良かったな』と思いました」
■装飾担当の一大イベント クリスマスを前に…
窮屈さを感じる時代に、彩りを…そんな職人たちに、一年の中での大仕事がやってきます。
一大イベント、クリスマス装飾の季節が近づいていました。ことしのテーマは“「MOVE」動く”。
自粛の時代を乗り越え、動き出す世界を表現しようと…装飾も、動きます!並んだサンタが、華麗にハイキックをきめています。
しかし…試作品を見て「止めたいなぁ」とつぶやく段野さん。動くだけでなく止まる時間も作りたくなった様子です。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「鳩時計効果といいますか。突然ポッポポッポと出てくるから鳩時計って面白いけど、ずっとポッポポッポと出ていたら“そういう時計”になってしまいますので」
早速、発注先の担当者と相談開始。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「パソコン入れたりとかせなあかんってことですか?」
【発注先の担当者】
「下手したらしないといけなくなる」
予算の中で、最高の演出をするため、頭を悩ませます。
■装飾に欠かせない“植物” そこにそっとストーリーを忍ばせる
デザインや技術を合わせてできる装飾ですが、段野さんには絶対に欠かせないものがあります。それは、植物です。
秋の百貨店のメイン装飾は、百年物の柿の木です。心斎橋店ができた90年前から受け継がれる美しい天井に、雄大な枝が伸びます。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「人工物に囲まれた、乾燥して電気使って、という空間であればあるほど、こういうしっとりとした“生”のものっていうのは、違和感を持って輝くんですよ」
さらに、ポリシーがもうひとつ。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「『久しぶりに見たわ、柿の木』って言われた時に、『ええ柿の木なんです』だけで終わるんじゃなくて、『この柿は実は、道路の拡張工事の時に切り倒された柿なんです。どんどん日本の原風景が消えていっている原因は人間にあって、人間の営みの中で仕方なく切られている木ですが、ここで新しい舞台をもらってこの柿は、次の生き方をしています』とお客様にストーリーを伝えられたら」
ストーリーを忍ばせる。それは、訪れた人”だけ”が聞ける、特別な話。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「お客様もわざわざ百貨店に来たけど『ちょっといい話聞けたわ』くらいに思っていただけたら」
押し付けない、隠すことこそが流儀です。
そんな彼らがこの日、松ぼっくり拾いにやって来ました。
【花一春園 西畠靖和代表取締役】
「きれいなやつあるから。これは踏んでしまっているけど。こんなんはあかんから。結構大きいやろ?」
チームの一員・西畠さんに指示を仰ぎながら、みんなでクリスマス装飾の材料集めのお手伝いです。
さあ、ここにこそ実は、隠されたストーリーがひとつ。少し離れた場所から見上げるのは、この松の木のご主人です。
70年近く一緒に過ごしてきたものの、大きすぎて手入れができず、荒れ放題になっていました。そこで、元気に枝葉が伸びるよう、チームが剪定を請け負い、実や枝を分けてもらうことにしたのです。
【松の木の主人】
「こんなにこの松の木が注目してもらえるとは思わんかった」
そんな中、段野さん、何かひらめいた様子。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「どうせだったらこれがそのまま材料として使えそうだなって」
段野さんに植物の”生かし方”を教えた人こそ西畠さん。本来捨てられるはずの植物を生まれ変わらせるプロです。
【花一春園 西畠靖和代表取締役】
「切ったからってみんな死んでいると思ってるでしょ?僕絶対に生きてると思っているから。現に、雨が降ったり晴れたりしたら、バチバチ音を立てて動いているからね。この子らが死ぬのは腐った時」
チームはどうやら大きさの違う松ぼっくりを重ね合わせた飾りを思案中。
【花一春園 西畠靖和代表取締役】
「こっちは花咲いたみたいできれいやし、こっちは松かさがバーッとある感じで遠目で見た時はすごい面白い」
【大丸心斎橋店 装飾担当 スタッフ】
「どんだけ要んねやろ、これ」
刻一刻と、建て込み本番が近づきます。
11月17日、閉店後に、トラックが来ました。さあ、いよいよ一夜の大仕事です。壁には大きなシール、通路には長い長いシートが貼られ…天井には風船がつり下げられます。
一つ一つ確認しながら、「あ!これ向き逆ですね」と忙しそうに駆け回る段野さん。
並んだサンタが華麗にハイキックをきめる、あの動く飾りも搬入されてきました。
–Q:段野さんの『動きを止める』リクエストはどうなりましたか?
【発注先・大洋工芸担当者】
「ギリギリなんとか!見ていてください。止まって…しばらくしたら動きます。ここに、スイッチをつけたんです。10回カウントすると、5秒止まる」
–Q:パソコンでプログラミングを?
【発注先・大洋工芸担当者】
「いやいや、アナログ的な方法で、カチ、カチ、カチと」
今度は、大きな板が到着。あの松ぼっくりが大量に取り付けられた飾りです。
【花一春園 西畠靖和代表取締役】
「毎晩毎晩大変やった。1万6000個やった時『もうええん違うか?!』って。よく見ると全部の色が違うから、きれいやなと思うもん」
職人たちの夜は、まだまだ続きます。
■クリスマス一色の華やかな装飾 職人たちの英知の結晶 出しゃばらないのが流儀
翌日18日の午前10時。開店とともにお客さんが足を踏み入れたその先には…クリスマス一色の、美しい世界が広がっていました。中には、動くサンタの飾りに気付いてカメラを向ける人も。
【装飾にカメラを向けていた人】
「脚がかわいいなって。動いていたので。見ているだけで楽しい」
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「すごく楽しかったです。どこが楽しかったかということを逐一お客様に説明したいぐらいですけども、我々黒子はそうはいきませんので」
職人たちの英知が結集した、店内の装飾。それは決して出しゃばらず、気持ちをそっと高めてくれます。
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「ベビーカーに乗った子どもがじーっと床のシールを見ている姿とか、『あれ、向こうにも何かあるな』っていう感じでちょっと歩いてみたり。お客様の回遊を促す装置でもありますので。ディスプレイっていうのは」
–Q:松ぼっくり拾いのとき、一緒にもらってきたあの大きな松の木の枝は?
【大丸心斎橋店 装飾担当 段野正夫さん】
「お正月に置いておくことにしました!『立派な松ね』って言われた時に『クリスマスの松ぼっくりが付いていた松ですよ』って言えたら、また話もつながっていくし。そうやって365日つながっていきたいなと思っています」
隠すことこそ流儀。でも、ふと気になった時には尋ねてみてください。忍ばされた、すてきな話が聞けるかもしれません。
(2022年11月23日放送)