誰にも言えない…「内密出産」 ”遺棄事件”相次ぐ中「赤ちゃんポスト」の病院が新たな取り組み “最後の助け”求めて全国から若い母親たち 複雑な家庭環境・DV・経済困窮で「決して無責任ではない」 母子つなぐ『2つのメダル』とは 2022年10月06日
9月30日、国が初めて「内密出産」についてのガイドラインを公表しました。内密出産というのは、予期せぬ妊娠など、様々な事情を抱えた女性が身元を明かさずに出産できる制度です。
その背景には、自宅などでの危険な出産を防ぎたい、赤ちゃんを育てられずに遺棄してしまうような事件を防ぎたい、といった思いがあります。
全国で唯一、「内密出産」を行ってきた病院を取材しました。お母さんや赤ちゃんを守るためにはどうすればいいのでしょうか?
■身元明かさず「内密出産」できる全国で唯一の場所 赤ちゃんポストを設置した病院
ベビーベットの中で安らかに眠る赤ちゃん。枕元に本来あるはずの母親の名前はありません。
「内密出産」で生まれた女の子です。
【「内密出産」に立ち会った助産師】
「(母親は)産んだ後は笑顔も見られてて、赤ちゃんの面会もして写真も撮られていたので。もっとお気持ちとかお話聞けたらいいのかなと思うけど、聞かずに出産を希望されている方なので」
熊本市にある慈恵病院。15年前、事情があって育てられない赤ちゃんを匿名で預けられるいわゆる「赤ちゃんポスト」を設置したことで全国に知られました。望まない妊娠などで生まれた赤ちゃんが命の危険にさらされないようにと始めた、日本初の取り組みでした。
しかし、その後も遺棄や殺人などで母親が逮捕される事件は後を絶たず、病院がさらなる手立てをと導入したのが「内密出産」でした。
【慈恵病院 蓮田健院長】
「“赤ちゃんポスト”の場合は匿名で預けられるわけです、赤ちゃんにとってはお母さんがどんな人だったのかとか、生まれてきた経緯とか全く分からないわけですが、“出自証明書”という形で運転免許証とかマイナンバーカードとかお母さんの了解を得てコピーをとっておくことができます。ただ、それを確認できるのは一人の職員だけ、絶対ほかには漏らさないという前提で、コピーを取らせていただいていて、厳重に封をして病院で保管する」
「内密出産」は、ドイツの制度を参考に病院が3年前に独自に始めたもので、母親は病院にのみ身元を明かして出産し、その情報は病院の金庫で保管されます。
2021年12月、病院に相談していた10代の女性が初めて「内密出産」を希望、それ以降、少なくとも5人がこの制度を利用しました。
■さまざまな事情を抱えた人の『最後の砦』 考え抜いた末の決断 決して❝無責任”ではない
母親の情報を唯一聞き取り、管理するのが相談室長の蓮田真琴さんです。
「内密出産」の実現を誰よりも願った一人で、きっかけはある少女の孤立出産でした。
【慈恵病院・新生児相談室長 蓮田真琴さん】
「10代の子がゆりかごに家で産んだ赤ちゃんを連れてきたんですね。その子は家で虐待をされていて、家の人にばれると何をされるか分からない。未成年なので中絶するときも親に許可をもらわないとできなかったので、それもできないし、受診すると親に連絡がいくことも分かっている、それでひとりで産んで連れてきてるけど『怖かった』と。こんな思いをする人がいたらダメだと思って。それがきっかけで、私の中では「内密出産」の制度を作らないと同じ思いをする人たちが出てくると思いました」
複雑な家庭環境に、相手の男性からのDV、経済的困窮。内密出産を望む女性たちはさまざまな事情を抱えて最後の助けを病院に求めます。
彼女たちは決して無責任ではないと真琴さんは話します。
【慈恵病院・新生児相談室長 蓮田真琴さん】
「赤ちゃんのことを考えて眠れなくなったりとか、面会にいったりするお母さんも」
–Q:どんな表情をしている?
【慈恵病院・新生児相談室長 蓮田真琴さん】
「泣いてる方が多いです。誰も好きで置いていくわけではなくて…。すごく考えて悩み抜いた末の結果が、赤ちゃんを他の人にお願いするという。『育ててあげれなくてごめんね』って気持ちがあるので」
女性たちは限られた時間で赤ちゃんへの思いを手紙に書き残し、真琴さんに自分の情報を託して病院を去っていきます。
■「内密出産」の取り組みにはたくさんの課題が 熊本から全国に広がるか? 国は『法整備』を
しかし、この取り組みには、いくつもの課題が…。「内密出産」で生まれた赤ちゃんは「要保護児童」となります。
戸籍は熊本市長の職権で作られますが、母親が不明のままだと、赤ちゃんたちは特別養子縁組で誰かの「実子」になるのは難しいとみられています。
そもそも、国の明確なルールがないことで、「内密出産」が慈恵病院と熊本市による「特別な取り組み」に留まっているという現状があります。
【熊本市・大西一史市長】
「いろいろな事情で望まない妊娠をしてしまった女性を守る制度が、どうもこの国では足りない。法に触れてしまうとか、制度としておかしなことになってしまうことがあってはならない。これ、一自治体や一民間病院ですむ話じゃないんですよね」
慈恵病院と熊本市は、これまでそれぞれの課題を国に伝え、法整備を求めてきました。そして9月30日、国は初めて「内密出産」のためのガイドラインを公表。
慈恵病院のやり方をまとめた内容で、法整備への踏み込みはありませんでしたが、手順が示されたことで、全国の病院や自治体でも「内密出産」に取り組みやすくなる可能性があります。
【慈恵病院・新生児相談室長 蓮田真琴さん】
「キリスト教のマリア様のおメダイ(メダル)です。お母さんと赤ちゃんそれぞれ同じものを持っていただいているんですけど、いつかお母さんが赤ちゃんに会いたくなったり、赤ちゃんがお母さんを探したときに“証明”になるかと思ったので…」
母と子の命を守る内密出産の取り組みは全国へ広がるのかー。難しい課題を抱えたまま動き出しました。
■赤ちゃん遺棄など減らすため…“最後の砦”母と子の命守る「内密出産」 記者解説
今回、取材した2児の母でもある加藤さゆり記者に「内密出産」の現状と課題をスタジオで聞きました。
–Q:この熊本の病院には内密出産のために関西ほか遠くからも足を運んでくる方もいるそうですね?
【加藤記者】
「これまで「内密出産」制度を利用した5人はすべて熊本県外の方だったそうです。このような状況なので、全国に「内密出産」を受け入れてくれる病院が必要だと思います」
国が初めてつくった「内密出産」のガイドラインには…
病院側には「子供が出自を知る権利」の重要性を母親に説明して、なるべく身元を明かした状態で産むことを“説得”するよう求めています。それでも身元を明かしたくない母親には病院に自分の身元を明らかにして、病院がその「母親の身元情報」を責任をもって管理することが求められています。
一方、そうして産まれた赤ちゃんについて行政側には「市区町村長の職権で戸籍作成」を作ることを求められます。
ただ、国としては…「内密出産」を推奨するものではないとガイドラインには明記しています。
今回、国が出した「内密出産」のガイドラインについて専門家(児童福祉に詳しい関西大学の山縣文治教授)の見解は…
関西大学の山縣教授は、国のガイドラインについて「慈恵病院を踏襲したものだが、行政への対応を示せたことは一定の評価ができる。ただし、一民間病院が母親の身元情報を管理するというのは負担が大きい」と話しています。
取材した加藤記者は、「内密出産」について…
【加藤記者】
「慈恵病院の相談に来られる母親のほとんどが「最初は身元を明かしたくない」ところからはじまるが、相談を受けるうちに、これまで一人で抱え込んできた悩みを初めて誰かに打ち明けたことで、気持ちがほぐれていく…そして出産に少しずつ前向きになって、ほとんどの方が「身元を明かして出産しよう」という形になるそうなんです。そういう意味では、まず“駆け込める”相談場所が全国に必要なのではと思います」
「ただ、それでも「身元を明かしたくない」方はおおぜいいるので、「内密出産」の制度は母子の命を守るための“最後の選択肢”なんじゃないかと考えます」
赤ちゃんを遺棄するような事件を防ぐため、命を守るため、現状は“最後の砦”ともいえる「内密出産」。今後、ガイドラインに続いて、法整備などが求められています。
(2022年10月4日放送)