今年4月に成人年齢の引き下げ、そして、改正少年法が施行されてから、3カ月がたちました。
罪を犯した少年と向き合う現場では、何が変わり、何が変わらなかったのか?
少年院、そして出所後の支援の現場で”少年の更生”の現実に迫りました。
■少年院の更生教育に変化は? 法改正で18・19歳は「特定少年」に
取材が許されたのは、大阪府茨木市にある”浪速少年院”です。
『日本初の少年院』として、大正12年に設立され、59人(7月7日時点)の少年が
社会復帰に向け、教育を受けています。
この日は、傷害や暴行事件を起こした少年たちが、特定生活指導を受けています。
この春の成人年齢の引き下げ、そして改正少年法の施行で、少年犯罪を取り巻く環境は大きく変わりました。
18歳、19歳を「特定少年」と規定し、大人と同じように、刑事罰を科される罪が増えたのです。
一方で、「教育による更生を重視する」という少年法の理念は、変わりません。
更生において重要な位置を担う少年院では、日々どのような教育が行われているか?
傷害事件などを起こした少年たちへの指導の様子です。
【法務教官】
「今、思い返して事件のこと、どう感じる?」
教官が少年たちに問いかけると、少年たちからは”後悔”など様々な声が・・・。
【少年】
「後悔しかない。2回目やし。捕まった後悔ですね。その時は、被害者のことは何も考えていない。自分と同じ世界におるから仕方ないやろ、と捉えていた」
【法務教官】
「みんなアカンことがあった。その時にアカン手段を使った。その時の感情を思い出してほしい」
【少年】
「誰かに止めてほしい、強がらなくていいよと言ってほしかったのもあるけど。一番は弱い部分を、何で分かってくれへんねんっていう、分かって欲しかった気持ちの表れが暴力になりました」
更生教育では、なぜ暴力行為に至った暴力の奥にある考えを、”自分自身で気づかせること”を重視しています。
■「成人」「特定少年」として扱われることに備え・・・少年たちの自覚は?
間もなく少年院を出ることが決まっているA君(18)が、インタビューを受けてくれました。
A君は、被害者に大きなケガをさせてしまうという、傷害事件を起こしていました。
――Q:変わったなということは?
【A君】
「最初は、ほんまにやる気なくて、こんなんやる意味ないやろと思っていた。かっこいいと思っていたことが、逆にダサいってことに気づいた。少年院に来て家族、彼女、友人のありがたみを感じた。心の底から、この人のために頑張ろうと思える人がいることの幸せに気付けたのがひとつ」
――Q:出てからどんなことがしたい?
【A君】
「正直、まだ不安かなというのは、7:3くらいで。7割くらいは、またしてしまうのではという不安が大きい」
浪速少年院では、18歳・19歳の少年が、全収容者の7割を占めています。
社会に出た時に、18・19歳が「成人」や「特定少年」として扱われることに備え、新たなカリキュラムを取り入れました。
この日は「結婚」がテーマです。
【法務教官】
「今日の単元は”結婚とは”ということです。結婚についてのイメージ。聞いてみよか」
少年たちからは、「人生の墓場」「人生を共にする」などという回答が上がりました。
また、別の少年から教官に「男子同士で結婚している人は、結婚ではないんですか?」という質問も出ました。
【法務教官】
「国によっては男性同士の結婚を認めたりとか、認めている州があったりとかするが、日本では残念ながら、男性同士では結婚ができないという法律上の取り決めですね」
少年自身は、「大人」として扱われるようになったことをどう捉えているのか。
違法薬物の取引で逮捕された19歳の少年(B君)に話を聞きました。
【B君】
「大人として、刑事事件として扱われたら、結構長いこと行くような罪を犯しているので。少年やから、18歳やから何してもいいって考えではなかったんですけど、本当に大人としてやったらあかんこと、人としてやったらあかん重たいことやってたんやな、と思ってて」
――Q:今、自分自身に”大人の認識”はあるのか?
【B君】
「持たないといけないかなと思っていて。でも、大人って思ったら大人になれるのかと言えば、また別と思う。これから、今後の生活とか、社会に出てからの行動を考えながら大人になっていこうと思っている。難しいですよね、大人って」
ここを出た後の社会で、少年たちはどんな道を歩むのでしょうか。
■元暴力団の男性が出所後の”少年たち”を支援 大阪・福島区の「良心塾」
少年院や刑務所から出所した人の働く場所や生活を支援している「良心塾」が、大阪市福島区にあります。
開設してもうすぐ10年になります。
良心塾の代表を務める黒川洋司さん(50)に話を聞きました。
黒川さんは過去に、暴力団に所属し、覚せい剤にも手を出すなど、荒れた人生を歩んでいました。
【良心塾・黒川さん】
「覚せい剤が止まらなくなって、ちょっとしたときに鏡で自分の顔を見たら、これはまずいと思って。もう(暴力団)辞めようと思って。でも、簡単にそういう組織って辞められない。後輩に出刃包丁買いに行かせて。(指を)落として、(組に)持って行って辞めさせてほしいと」
暴力団を抜けた後、”母親の死”が生き方を変えるきっかけになりました。
苦労をかけ続けた母親に、少しでも喜んでもらえる生き方をしようと決意し始めたのが“出所者の支援”でした。
黒川さんが支援している少年少女たちのうちの一人が、5年前に少年院で出会ったサキさん(21)。
サキさんは今、就労支援の一環として、黒川さんの居酒屋などで働きながら、自立した生活を送っています。
しかし、ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。
黒川さんとサキさんの間には、更生までのいろいろなエピソードがありました。
【サキさん】
「1分前までニコニコしてたのに、急に(自分が)キレて。ここらへん全部ぐちゃぐちゃにして。黒川さんをメッチャ殴ったことを忘れる・・・」
また、大阪駅でもこんなことがありました。
【良心塾・黒川さん】
「大阪駅で(サキさんから)ボコボコにされたことある。(周囲の)みんな見るじゃないですか。それに『何見とんじゃこらぁ』と(サキさんが)言って」
【サキさん】
「それしたことも忘れる。ケロッとして『黒川さーん』って呼んでる」
そんなこともあった・・・と話しながら、今、黒川さんはサキさんの赤ちゃんを抱いて微笑んでいます。
サキさんは出所後、良心塾で出会った男性と結婚。
その後、2児の母になったことも、更生の大きなキッカケになりました。
ただ、今でも、黒川さんと時にはぶつかることもあります。
この日、良心塾の運営に関するトラブルにサキさんが直面していました。
【サキさん】
「疲れた、正直ほんまに疲れた」
【良心塾・黒川さん】
「お前だけじゃなくて、みんな疲れてるけど、みんなで良くしようと言っている」
【サキさん】
「良くしようというのは分かるけど、何でこんなとばっちり食らわなあかんのって感じ」
黒川さんは、今も真正面から、サキさんに向き合い続けています。
――Q:”少年の更生”に否定的な意見については?
【良心塾・黒川さん】
「そういう人の意見もすごく分かります。正直、サキは今でも支離滅裂なことを言ってしまいますが、僕ら周りの人が(サキさんを見守る)いるから取り返しのつかない事件にはならない」
「小さないざこざはあるだろうけど、(罪を犯した少年たちも)いつか社会で受け入れてあげないといけない。よく”加害者支援”っていう言い方あるけど、この人たちが、再生して、社会でちゃんと生きていけるようになることで、被害者が減るのは間違いない」
「寄り添う人は、すごく大変ですけど、僕も実際に(更生支援を)やっているから(寄り添う大変さが分かる)。寄り添っていても、理不尽なこと言われたり、理不尽なことされたりもあるが、誰かがやっていかないと。(そうしないと)テレビで流れる(悲しい)ニュースもなくならないと思う」
自分の生き方を変えたい少年たちが、今日も黒川さんを頼って、良心塾を訪れます。
良心塾に来た少年(C君)に、黒川さんが話しかけます。
【良心塾・黒川さん】
「一歩下がったところで、(良心塾を)観察する感じで、見てくれたら。楽な感じで。必ず何かヒントが見えてくると思うんで。人に迷惑かけんようにだけできるように。環境はどこ選んでもいいと思うから。パクられたらあほらしいで。やめとき」
黒川さんは机の上につけられた”多数のキズ跡”を指しながら、話を続けました。
【良心塾・黒川さん】
「サキが来た当時は、こんな感じやったから。そこのナイフ取りに行って、包丁やで」
黒川さんは、少年と付き添いの男性に、今は更生したサキさんの”昔話”をして、場が和みました。
C君を連れてきた男性が、「メシは?」と聞きました。
【C君】
「まだです、食べて来てないです」
黒川さんはお腹を空かせているC君をサキさんの働いている居酒屋へ連れて行きました。
サキさんが「味噌汁いる?」とC君に、声を掛けてあげていました。
美味しそうに食べるC君を取り囲みながら黒川さんやサキさんがにこやかに話します。
次の加害者も、被害者も生まないために私たちはどうすればいいのでしょうか。
少年法改正から3カ月・・・知ってほしい”少年たち”の現実があります。
(2022年7月12日放送)