助産師たちが待ち続けた産声 突然の『コロナ専門』指定 慣れない業務、誹謗中傷も…「ここの産科を復活させたい」 十三市民病院の2年間 2022年06月22日
病棟に響き渡る赤ちゃんの泣き声。新しい命の誕生。
お母さんにとっての忘れられない日。
【妊婦】
「ありがとうございます。救われました」
【助産師】
「お母さんも赤ちゃんも元気で良かったよ」
それは、この病院で働く助産師たちにとっても、特別な日です。
■突然始まった未知のウイルスとの闘い―再開を待ち続けた2年間
大阪市立十三市民病院で妊婦に寄り添う、助産師の藤谷萌(ふじたに もえ)さん。
【藤谷さん】
「動いてるの分かりますか? 元気ですよ」
この仕事が、できなかった日々がありました。
【松井市長】
「十三市民病院をコロナ専門病院としたい」
大阪で新型コロナの感染拡大により病床がひっ迫していた2020年4月。
大阪市は病床確保のために、十三市民病院を「コロナ専門病院」にするという異例の措置を打ち出しました。
職員にも知らされていなかった、突然の発表でした。
【藤谷さん】
「私は家にいたので、友人から連絡が来て、『職場じゃないの?』って言われて、ニュースを急いでつけて知ったんですけど。あまりにびっくりして、この先どうなるんだろうとお先真っ暗というか…何も見えなくなりましたね」
助産師の藤谷さんも、コロナ患者の対応に当たることになりました。
防護服に身を包み、コロナ患者に声を掛けます。
【藤谷さん】
「苦しくないですか?」
手探りの状態で、未知のウイルスとの闘いを続けました。
コロナ患者の受け入れを公にしている病院が少なかった当時、職員たちは誹謗中傷を受けることもあったといいます。
およそ3カ月が過ぎて、一般外来が徐々に再開されましたが、産科は休止されたままでした。
日々変化する感染状況の中で、半年以上先の分娩(ぶんべん)を確約することができなかったのです。
終わりの見えないコロナ対応に気持ちが揺らいでも、藤谷さんが病院を離れることはありませんでした。
【藤谷さん】
「そこまで頑張らなくても、やりたい仕事を、『せっかく資格があるから、やりたい所で頑張る選択肢もあるんじゃないの?』と言ってもらったこともあったんですけど。この病院が好きなんですかね。ここの産婦人科が好きだから、『ここの産科を復活させたい』というのが、一番の気持ちでしたね」
■待望の産科外来の再開、戻ってきた妊婦の声
産科外来がようやく再開したのは、2021年の12月。
ずっと待ち望んでいた一方で、藤谷さんは複雑な気持ちも抱えていました。
【藤谷さん】
「やっぱり普通だったら、『コロナ専門病院』っていう感染症のイメージが付いている病院で、わざわざ産みたいかなって思うと…ちょっと難しいのかなとも思うので」
そんな不安を消してくれたのは、病院に戻ってきた妊婦たちでした。
【分娩を予約した妊婦】
「この前に妊娠した時にだめになってしまって、手術をする必要があってここで受けたんですけど、みんなすごい良い人だったので。ここで産みたいなって、次妊娠できたらここで産みたいってここに決めてました」
およそ4年前に1人目を出産した時に、藤谷さんが育児指導を担当した女性も来ていました。
久しぶりの再会です。
【妊婦】
「ずっとお会いしてなかったからいらっしゃらないんかと思った。いてはって良かった」
【藤谷さん】
「ずっといてましたよ。懐かしいですよね、お久しぶりで。意外とうちのスタッフそのまま結構残ってますよ」
この女性は、3人目の出産を控えています。
【妊婦】
「またお世話になりますけど」
【藤谷さん】
「楽しみにしてます、本当に来てくれてありがとうございます。十三市民病院に来てくれるのって感動」
【妊婦】
「(前回)ほんまに一切退院してから不安がなくって」
【藤谷さん】
「ほんとですか。ほんとうれしい、そういう言葉が」
コロナ前にはほど遠いものの、来年1月までの分娩の予約は、およそ90件になっています。
■2年ぶりの分娩に向けて―助産師たちの奮闘
5月、十三市民病院の産婦人科では、およそ2年ぶりの分娩に向けた会議が行われていました。
【医師】
「2年間休んでいたのでどうやったかなというのと、新たにこうした方がいいというのは、どんどん意見出してもらって」
【助産師】
「濃厚接触の期間中はお母さん個室だから、赤ちゃんもこっちに戻ってきて採血するとかはなしですよね?」
新たな感染対策として、分娩室には細かい飛沫を取り除く機械を設置。
妊婦には、病院に到着したらまずPCR検査を受けてもらい、陰性の場合は通常の分娩室で、陽性の場合はコロナ病棟で対応します。
助産師も、毎日シミュレーションを重ねていました。
【藤谷さん】
「もう一回息吸って。いいですよ、上手ですよ」
2年前とは違い、防護力が高いマスクなどを付けて、分娩を介助しないといけません。
【助産師】
「汗がやばい」
「水滴がやばい」
「中がびちょびちょやん」
「8階(コロナ病棟)おったときは空調が効いてたけど、ここは赤ちゃん用に暖かいから…」
【藤谷さん】
「助産業務から離れることが助産師として止まっているというか、助産師として進めていないと思っていたんですけど、最初は。2年間があったからこそ自信が、感染対策の知識が、最前線でやっていたからこそついた。今では強みに思っています」
風評被害を生むこともあった「コロナ専門病院」としての一面。
今では病院の「強み」になりました。
■十三市民病院で生まれた新しい命―再び歩み始める助産師の想い
6月9日、新しい命が生まれようとしていました。
助産師が妊婦に声を掛けます。
【助産師】
「しんどいね、もうちょっとで終わるからね」
お母さんの陣痛は、12時間以上続いていました。
【助産師】
「大丈夫、絶対産めるからね、ここまで来たんやから。産めへん人おらんからね、ここまで来て。赤ちゃんも頑張っとるからね、二人三脚よ。みんな藤崎さんのお産を楽しみに待ってたから」
そして…
【助産師】
「おめでとうございます!頑張った頑張った」
3000グラムを超える元気な赤ちゃんが無事生まれ、お母さんのもとにやってきました。
【妊婦】
「心強かったです、ありがとうございました」
【助産師】
「よく頑張りました、長かったね」
6月14日、取材班が病院を訪れると、病棟には赤ちゃんの泣き声が響き渡っていました。
分娩の再開を待っていたかのように、1週間で5人もの赤ちゃんが生まれたのです。
病棟は一気ににぎやかになり、2年前の光景が戻ってきました。
【藤谷さん】
「毎日毎日みんなで準備して、勉強会してシミュレーションしてって毎日やってきましたけど、その期間も(産婦人科)再開はしていたけど、赤ちゃんを目の前にして抱っこすると本当に実感するというか。ようやく一歩前に踏み出せたかなという感じがします」
出産を終えたお母さんに会いに、家族たちも病院を訪れました。
再び踏み出す一歩に、藤谷さんも期待を膨らませます。
元の姿に戻りつつある十三市民病院。
今も、コロナ病床は70床確保されていて、コロナ対応と一般診療の両立が続いています。
【藤谷さん】
「誰かが(コロナ対応を)やらないといけないので。大阪市の職員として、大阪市の病院として、『頼むね』と言われた時にはやらないといけないので。そこはやるぞという気持ちはあります。理想を言うならたくさんの方に産みに来てもらいたいなという気持ちがあるので、安心して『十三で産みたい』って言ってくれる方が増えたらいいかなって思っているので。今のこの環境を大事に頑張っていきたいと思います」
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月22日放送)