かつてない規模で感染拡大したオミクロン株。後遺症患者がさらに増える懸念が指摘されています。
東京で後遺症患者を診察している平畑光一医師によると、これまでに診察した約4000人のうち、仕事を休職した人は1000人以上、退職・解雇された人は180人に及ぶとのことです。
こうした深刻な状況をもたらしている後遺症のメカニズムや治療法は、どこまで分かってきたのでしょうか。
患者の現実と最前線を取材しました。
新型コロナ後遺症外来に通院を続けている、50代の男性。
感染したのはおととし11月。1年半以上がたった今も、倦怠感(けんたいかん)や腹痛など、さまざまな症状が続いています。
【50代男性】
「夜中がむちゃくちゃ痛いです、この辺り(腹部)が…」
さまざまな漢方薬を飲んでいますが、なかなか改善はみられません。
建設関係の仕事にも復帰できず、休業補償を受けていますが、会社からは退職を求められています。
【50代男性】
「元の自分に戻れるのか…不安しかないです」
■“1年以上”が3割 長期化する後遺症
厚生労働省の研究班は今年6月、コロナ後遺症について調査結果を発表しました。
おととしから去年にかけて感染して入院した1066人のうち3割以上に、1年後も倦怠感や息苦しさ、筋力・集中力低下など何らかの症状が残っていることが分かりました。
今年に入り、かつてない規模で感染が拡大したオミクロン株。
新規感染者は減少しましたが、後遺症は大阪でも相談件数が増えてきていて、懸念が広がっています。
国が4月に公表した、後遺症の診療の手引きの作成に携わった医師は…
【大阪大学 感染制御学 忽那賢志医師】
「イギリスからは、オミクロンの方がデルタより後遺症の頻度が少ないといわれています。ただ、これは重症度と同じで、感染者が例えば5倍とかになったら…結局、オミクロンで亡くなる人の方が第6波では増えてしまいました。(オミクロン株は)後遺症を起こすそれぞれの感染者の頻度は低かったとしても、母数が増えると、後遺症に悩む人が増えてしまうのではないかと」
■感染後も続く“原因不明”の痛み
【小学生の男の子】
「痛い…痛い…」
今年1月に感染が判明した、小学生の男の子(11)。
40度ほどの発熱が治まった後、原因不明の腹痛が続くようになりました。
【小学生の男の子】
「本当に痛くなってきて、何もできなかったり、ずっと動けないぐらい痛くなったり。強い時はえぐられる感じで」
腹痛が続き、学校にも通えなくなりました。
複数の病院を受診し、CTや血液検査などをしても「異常なし」とされ、原因を特定できませんでした。
【男の子の母親】
「痛みが止まらない。薬をいろいろ試してだめだったので、絶望感というか。ずっと痛いままなのかなっていう不安と。精神的に私もきつくて」
母親が必死に情報を集め、ようやくたどり着いたのは、香川県の病院。
男の子は「ACNES(アクネス)」=前皮神経絞扼(こうやく)症候群という病気だと診断されました。
腹壁を通る神経の一部が、何らかの障害を受けて強い痛みを引き起こす病気で、悪化すれば歩けなくなる人もいます。
男の子は、痛みがある4カ所の神経を切除しました。
手術を行った医師は、「状況的には、コロナ感染で強い炎症が体の中で起き、その影響でACNESになった可能性はあるが、詳しい原因は分からない」と話しています。
男の子は来年に中学受験を控える中、数カ月間学校に通えませんでした。
【小学生の男の子】
「周りのみんなに追いつけていないのが心配で、この数カ月のせいで、受験落ちたりしないかなと。手術の痛みが引いたら、徐々に前の生活に戻れたらなと思っています」
■見えてきた“後遺症のメカニズム”
後遺症はなぜ起きるのか? そのメカニズムを突き止めるため、京都大学で行われているのが、免疫細胞「T細胞」の研究です。
体内に侵入したウイルスの排除などを行う、「T細胞」。
京都大学の上野英樹教授は、新型コロナウイルスが体に侵入しても、このT細胞が十分に働かないために、全身にウイルスのタンパク質などの“かけら”がとどまり、さまざまな症状が残り続けると考えています。
これまで後遺症の患者80人以上の血液を解析したところ、性別や症状によって、T細胞の数などが異なることが分かってきました。
【京都大学 上野英樹教授】
「特に男性の倦怠感が強い方、しんどい方は、ウイルスやウイルスのかけらを排除するT細胞が非常に少ないことが分かってきました。ウイルスのかけらが残っていることで起こる炎症が問題で、それを取り除けていないという状態」
最新の分析では、オミクロン株の後遺症患者はT細胞が少ないことが分かってきて、後遺症の長期化が懸念されています。
【京都大学 上野英樹教授】
「そういう患者がどれぐらいいるかが、いま問題なんだろうと。なにしろオミクロンは感染者数が多いので。『気のせい』とか『怠けているだけだろう』と言われている方もおられると思うが、後遺症の免疫を1年研究してきて分かってきたことは、後遺症は一つの疾患であるという認識が非常に大事」
■半年間“寝たきり”が…症状改善した治療法
後遺症に改善がみられる治療法も、徐々に見つかってきています。
20代の女性は、去年1月に感染してから、倦怠感やブレインフォグなどの症状が1年半続いています。半年間は、自宅で寝たきりの状態になっていました。
【20代女性】
「全身が鉛で押しつぶされるような感覚で。体力には自信がある方だったんですけど、家の中での移動も床をはいつくばって移動したり、家事も洗濯も掃除も全部(家族に)やってもらわないといけない状況がすごく申し訳なくて、苦しくて、『死にたい』と思う日が多かった」
家族が必死に論文などを調べてたどり着いたのが、上咽頭擦過療法、通称「EAT(イート)」という治療法でした。
【田中耳鼻咽喉科 田中亜矢樹 医師】
「じゃあ、麻酔しますね」
EATは、液体の薬をつけた綿棒で鼻の奥の上咽頭を直接こすり、炎症を抑える治療法です。
女性には上咽頭にひどい炎症が見られていましたが、EATを数十回繰り返したことで、治まってきました。
【田中医師】
「上咽頭もだいぶ出血しにくくなってきて、随分よくなってますね」
痛みが伴う治療ですが、後遺症は少しずつ改善しています。
【20代女性】
「寝たきりだった時は、家から出て車まで歩くのも困難で、車いすに乗ったり、まず1人では移動ができなかった。ようやく杖があれば、少し自分で外出できるというところまできました」
なぜ上咽頭の炎症を抑えると、後遺症が改善するのか?
EATを行う田中亜矢樹医師によると、上咽頭は脳や全身の神経機能の“要所”。新型コロナはその“要所”で、増殖・炎症を引き起こします。
その後、上咽頭に炎症が残り続けてしまうことで、体全体の神経の機能に障害が起きているというのです。
実際に田中医師が診察した後遺症患者約110人のうち9割には、上咽頭にひどい炎症がみられました。
田中医師は、この炎症を抑えていくことで、神経の機能が正常に近づき、倦怠感やブレインフォグなどが改善するのではないかと考えています。
【田中医師】
「かなりいい手応えを感じていて、継続的に治療している方は、波こそあるものの、(患者の)8割程度には効果があるのかなと感じています。ただ、寝たきりになっている方は通院自体が困難ということも十分に想定できますので、もっともっと苦しんでいる方はたくさんいらっしゃるだろうなと」
EATは保険適用があり、通常1000円以内の負担額です。
しかし、この20代女性は他に漢方薬や鍼灸(しんきゅう)の費用も必要で、その額は毎月4万円に上ります。
こうした金銭面の問題や、受診できる病院が少ないことから、全く治療ができていない後遺症の患者もいるといいます。
【20代女性】
「私は幸い、家族が応援してくれていますが、『治療費が出せない』と言っている後輩は、病院に行けていないんです。でも、家族もどうしたらいいか分からない、そういう人たちがきっとたくさんいると思う。国という大きな単位で何かリードしてほしいとすごく思っています」
長期に及ぶ後遺症との闘い。
患者への早期の支援が求められています。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月13日放送)