高校で出会った棒高跳びで才能が開花した難聴の少女が、京都にいます。
自らの力と仲間たちの支えで可能性を切り開く、高校最後の挑戦を追いました。
■最年少でデフリンピックに 銅メダルを獲得した女子高生
ポールを手に、力強い跳躍を見せる、末吉 凪(すえよし なぎ)さん。
高校3年生の棒高跳びの選手です。
2歳の時に難聴と診断され、補聴器をつけなければ、うっすらとしか周りの音が聞こえません。
棒高跳びは高校に入ってから始めましたが、わずか1年あまりで聴覚障害者の世界大会デフリンピックの日本代表に最年少で選ばれ、なんと銅メダルを獲得しました。
【凪さん】
「めっちゃめちゃ楽しいです。最高やーっていうぐらい、めちゃめちゃ楽しい」
快挙を達成するまでに、苦難を乗り越えた過去があります。
■活発だった幼少期。小学校に上がると…
【凪さんの母・理花さん】
「活発な子やったので全く心配してなかったんですよね、いろんなことに対して」
凪さんの母・末吉理花さん。
凪さんの難聴が判明した時のことを振り返ります。
【凪さんの母・理花さん】
「物おじしない子やなという感じだったんですけど、実は聞こえてなかったんやろうなと。病院へ行って『重度の難聴です』と言われたんです。その時に(病院)に車で行ったんですけど主人と。どうやって帰ってきたか覚えてないんですよね…」
小学生の頃の思いが、作文につづられていました。
<凪さんの作文>
「私はいつも教室で、笑う事がなく1人で過ごしていた」
「私は遊び方や話の仕方がよく分からなかった」
――Q:お母さんから昔の作文見せてもらって…
【凪さん】
「作文?何見せてんの?あの人!やば、マジでやめてほしい。(あの頃は)ちょっとしたことでボロ泣きして、『もう無理』『死にたい』とかいうような感じやった」
■きっかけは「馬」 先生、陸上、仲間たち…いくつもの出会い
凪さんの通う高校には、乗馬の授業があります。
凪さんは昔から馬が大好きで、身近に馬と触れ合える環境にひかれ、北桑田高校に入学しました。
――Q:高校を決めた理由に馬の存在は?
【凪さん】
「大きいです。馬がいるって聞いたときに確定やわって」
――Q:陸上と馬ならどっちが好き?
「同じぐらい大好きです」
全校生徒170人ほどの小さな学校、北桑田高校。
凪さんの入学を機に、授業を工夫するようになりました。
先生の声は、マイク越しに凪さんの補聴器へ送られます。
この学校で、陸上の才能を開花させる出会いがありました。
【北桑田高校 陸上部 藤川義之先生】
「(1年生のとき)担任で、目の前に座ってて。『棒高跳びしたら?』って誘っただけです。初めは全然、やっぱり馬の方がメインやったので、意識も下の方やったんですけども、記録が出だすと自分から積極的に…。一緒のメンバーがいいメンバーで、助けてもらっている面が多いと思うんで」
【陸上部のキャプテン】
「まず目に付いたのが補聴器でしたけど、仲良くなるのも早かったですね、同じ種目だったんで。(凪さんが)上位に食い込んでるのにこっちがドベだから悔しいとは思います」
仲間たちと同じ大会に出て、同じ目標を目指す日々も、残りわずか。
高校生活最後の大会が近づいています。
【凪さん】
「棒高が楽しいっていうよりも、みんながいるから楽しいっていうのがあります。この部員で、大会に出られるのが最後と思うと、『じゃあ楽しもう』と思います」
――Q:優勝とか?
「狙っちゃいます?」
部活を終えて帰るのは、近くにある高校の寮です。
親元を離れて自分の力で生活したいと、寮生活を選びました。
教室でいつも1人で過ごしていた少女には、今、多くの仲間がいます。
【凪さん】
「全部のおかげだと思います。寮生活のおかげでもあるし、友達がいてくれたおかげでもあるし、先生もいてくれた、全部のおかげでここまで変われたんちゃうかな、って」
■仲間と一緒に出る最後の大会
6月4日。全国大会につながる高校最後の大会、京都府インターハイが始まりました。
保護者の観覧が3年ぶりにかない、お母さんも応援に駆けつけました。
【凪さんの母・理花さん】
「コロナでずっと試合会場に来れなかったので、初めて見るんです。最後の試合なので、悔いが残らないように、自分らしく頑張ってもらえたらいいなと思います」
さまざまな音にあふれる会場。凪さんの補聴器はその全てを拾います。
選手を呼び出す声は、聞き逃してしまうと失格になります。
【藤川先生】
「コール(呼び出し)が聞こえへんときは伝えてあげるから」
【凪さん】
「今でもだいぶ聞こえない。ちょっと今日聞こえにくいです」
女子棒高跳びで近畿大会に進めるのは、上位4人です。
凪さんの1回目の跳躍。
2m60cmのバーが、落ちてしまいました。
【凪さんの母・理花さん】
「失敗しましたね、大丈夫かな…」
■音のない世界で見据える3m
競技に集中できず、肩の古傷も痛み出します。
凪さんは大切な補聴器を外し、音のない世界で競技に臨むことにしました。
――Q:外で補聴器を外したことは?
【凪さんの母・理花さん】
「見たことないです。外に出るときは聞こえないと怖いので、補聴器を外したことがなかったんですけど…音が全く聞こえなくなるので」
近くにいる仲間たちが、先生の言葉を凪さんに伝えます。
音のない自分だけの世界で、凪さんは次々と跳躍を成功させます。
他の選手たちも負けじと食らいつく中、ついにバーの高さは3mに到達。
飛べるのは3回までです。
1回目2回目と、立て続けに失敗した凪さん。
そして迎えた最後の跳躍も…バーを越えることができませんでした。
結果は5位。
入賞したものの近畿大会への出場はかなわず、凪さんの夏が終わりました。
【凪さん】
「一歩踏み込めたし、普通の大会でも補聴器外して跳べるっていうのが分かったので、そこまで悔しくはないです」
【凪さんの母・理花さん】
「かっこよかったです。生で見たのも初めてやったんで、間近で見られて良かったです」
【凪さん】
「次に大会に出た時に、『あいつやべぇ』って言われるぐらいに極めて、強くなります」
棒高跳びに出会い、自分を変えることができた高校生。
その目はすでに、次の舞台を見据えています。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月7日放送)