出産時のトラブルで子供が脳性まひになった場合に、総額3000万円の補償金が支払われる制度があります。
しかしこの制度があるにも関わらず、補償を受けられずに苦しんでいる家族がいます。
その理由は、今では「医学的合理性がない」と廃止された“審査基準”。
廃止された基準に翻弄される、人々の現状を追いました。
■寝返りもできない…夜中も介助が欠かせない脳性まひの子
【永島祥子さん】
「子供の救済を求めて活動しています。よろしくお願いします!」
2022年4月、兵庫県姫路市で行われた署名活動。
街頭に立つのは、脳性まひになった子供とその親たちです。
【署名する男性】
「何で対象外になったんですか?」
【署名活動をする女性】
「審査があって、その審査に落ちたんです」
【永島さん】
「その審査に医学的根拠がなかったって言われて…」
姫路市に住む永島祥子さんと息子の嶺君(9)。
嶺君は重度の脳性まひで、生活の介助が欠かせません。
【永島さん】
「自分で寝返りすることができないので、夜中も何回か私が体位交換をしています。私の方で姿勢を変えてあげないと、ずっとこのままの状態でしかいられない感じ。この子が生まれてから熟睡っていうのができない」
永島さんは妊娠30週の時に出血し、緊急の帝王切開で出産しました。
嶺君はNICUに入院し、その後、脳性まひが分かりました。
【永島さん】
「食事は注入ではなくて口から食べられるんですけど、大きいものは食べられないので。トマトなんかは大きいのは絶対ダメですね、つぶしてあげています。あとはどろどろのうどんとか。育児の中で一番びっくりしたのは、固いものを食べられるようになったらそのまま安心と思っていたんですけど、ちゃんと維持していかないとどんどん悪化したりできなくなる可能性があるってことを、育てて初めて知って」
出産時のトラブルで脳に重い障害を負った子供を、不安を抱えながら育てる家族。
そんな家族のために補償金が支払われるのが、「産科医療補償制度」です。
これまでは「出生体重1400グラム以上で妊娠32週以降に生まれた子供」、または妊娠28週から31週の子供も、個別審査で「分娩時に低酸素状態だった」などと認められれば、総額3000万円の補償金が支払われてきました。
しかし、永島さんは個別審査の結果、対象外とされました。
【永島さん】
「自分の子供よりも軽度の子が、同じような週数で生まれて、状態がいいのに個別審査で対象になっているのを見てきているので、長年もやもやした気持ちがありました」
こうした個別審査で対象外となった事例について、制度を運営する日本医療機能評価機構は、2020年に分析を実施。
その結果、対象外となった事例のうち「99%は分べんに関連した脳性まひであると考えられる」と発表し、「個別審査の基準は医学的妥当性に欠ける」と結論付けました。
これを受けて2022年1月に制度が改定され、個別審査がなくなり、28週以降の出産であれば、原則補償対象となりました。
ただ、永島さんのように、すでに対象外となった人たちは、補償を受けることができません。
【永島さん】
「脳性まひ児のために支払われるお金だと思うんですね。出生でトラブルになった子にきちんと補償してほしいと強く思っています」
■1回2万円のリハビリも…重い自己負担
手足をうまく動かせない脳性まひ児は、リハビリでその動きを学んでいきます。
永島さんは通常のリハビリに加えて、より専門性の高いリハビリを受けるために、車で1時間半をかけて、月に1,2回西宮市の施設を訪れます。
【リハビリの先生】
「これ本当は難しい姿勢なんだけど、本番に強いね」
【永島さん】
「すごいですね、上手になっています」
リハビリを続けることで、嶺君は少しずつできることが増えてきました。
しかしここでは保険がきかないため、1回およそ2万円の料金は自己負担です。
【永島さん】
「同じ週数で生まれて個別審査で対象となった家庭は、バリアフリーの家を建てたりとかリハビリ室を家に作ったりした人もいるので。脳性まひになるって宣告された日から『子供のリハビリだけは一生懸命やってこよう』と思っていたから、そういうのを聞くと、運動機能を維持して健康に長く過ごしてもらうためにも、(補償金があれば)今からでもそういう環境を整えていきたいなって思います」
個別審査で対象外となり、補償を受けていない人は、全国におよそ500人いるといいます。
さらに、この数は今後も増える可能性があります。
■「区切られて見捨てられたような感じ」 2021年までに生まれた子供たち
2020年10月に生まれ、脳性まひがある昇英くん。
母親の彩海さんは、妊娠29週で出産しました。
改定された制度は、2022年1月1日以降に出産した子供が対象となるため、「医学的な合理性がない」とされた個別審査を、これから受ける必要があります。
【彩海さん】
「何で?って思います…何で?って。今は28週以上の子が対象なのに、区切られて見捨てられたような感じですね」
介護でお金がかかる一方、なかなか昇英くんを預かってくれる保育園がなく、彩海さんは「このままだと仕事を辞めざるを得ない」と話します。
【彩海さん】
「3000万円あれば…福祉バギーとかいろいろ見ていて、無料ではないので、お金はやっぱりかかるので。そういうのも『仕事辞めたら買えないな』って思っていて。今の制度のまま、個別審査なしで判断してほしい」
制度の剰余金は、およそ635億円ありますが、この金の使い道について厚労省は、「安定的な制度運営のために、将来、生まれてくる子供に使いたい」と説明しました。
制度の狭間で、苦しむ当事者たち。
【永島さん】
「ハンデがある子を育てるのは経済的にも心身的にも大変なことなので、同じような立場の家族が全国にたくさんいるので、早く救済をしていただけたらなと思います」
平等に救ってほしい。
家族は国に訴え続けています。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年6月6日放送)