京都府亀岡市で、登校中の児童の列に車が突っ込んだ暴走事故から、4月23日で10年を迎えました。
家族の命を奪われ「自分ができることは何か」を問いかけながら生きる、ある父親の姿を追いました。
京都府亀岡市の道路。毎月23日、この場所を必ず訪れる男性がいます。
中江美則(なかえよしのり)さん(58)です。
【中江さん】
「やっぱりこの現場はきついね。10年かな、何にも納得いくことをしてないかなと思って」
10年前、この場所で中江さんの娘の命が奪われました。
■集団登校の列に車…10年前の悲劇
2012年4月23日、京都府亀岡市で集団登校をしていた小学生の列に、車が突っ込みました。
児童2人と、子供に付き添っていた中江さんの長女の松村幸姫(まつむらゆきひ)さん(当時26歳)が死亡、7人が重軽傷を負いました。
当時、幸姫さんのお腹には子供がいました。
車を運転していたのは、当時18歳の元少年。
無免許の上、友人と一晩中遊んだ末の居眠り運転でした。
居眠りという「過失」で起きた事故として、元少年は自動車運転過失致死傷罪に問われ実刑判決を受けました。
しかし、過去に無免許運転を繰り返していたことから「車を運転する技能はあった」と判断され、「危険運転」は問われませんでした。
危険と分かった上で行う運転ではなく、通常の運転を行う中での「過失」であるという解釈のもと、「危険運転致死傷罪」より軽い、「自動車運転過失致死傷罪」の適用となったのです。
■置き去りにされた犠牲者 「何かやっておかないと…」
その現状を変えるため、中江さんたち遺族が法改正を訴えた結果、無免許運転などに対する新たな罰則が設けられました。
国を動かした遺族。その一方で、大切な我が子を失い生活は一変しました。
【中江さん】
「この10年は『もうあかん、弱い父親やな』と思って。早く幸姫のところに逝きたいなって、何十回も」
幸姫さんは結婚した後も中江さんのもとを定期的に訪れていました。
その日常は、もう戻ってきません。
【中江さん】
「被害者遺族というのは残された犠牲者やと思っている。置き去りにされた犠牲者。あってほしくないもの全てが僕を囲んでいる、これが現実なんです。避けられない事実です。許せるわけがない。楽しい思い出全てが奪われた。何してても楽しくなくなったし、笑っていても心底笑えない。これからまた11年目に向かって生きていかなあかんと思うと苦しいね。何かやっとかないと、前に歩けへんのかなって思っています」
元少年は、2021年9月に出所しました。
本人から中江さんへの連絡はありません。
■娘の存在を形に…事故現場に防犯カメラを設置
中江さんは、事故現場の道路を、少しでも安全にしたいと考えていました。
事件や事故が起きた時の確たる証拠を。何より抑止につながるように。
今も通学路に使われている現場付近に、市と協議して防犯カメラを設置しました。
【中江さん】
「世の中でこのカメラほど、人の命を守りたいって願いを持った防犯カメラはないのかなって。このカメラの目が幸姫となって、時には厳しい目で加害者を捉える抑止力になってほしい。普段は行き来する子供たちの見守り、優しい目で見てほしいなって思います。娘の存在を、父親として形に作れたかなって」
■新たな被害者を生まないため、更生支援団体を設立
防犯カメラの設置工事をしたのは、元受刑者のAさん(32)。
ひき逃げ事件で刑務所に服役し、出所後に中江さんのもとを訪れました。
新たな被害者を生まないためには、加害者を生まないこと。
中江さんは、元受刑者の更生支援を行う「犯罪更生保護団体ルミナ」を設立し、出所者を受け入れて一緒に活動しています。
■生命のメッセージ展
今年4月、京都の大学で「生命のメッセージ展」が開かれました。
事故や事件で犠牲になった人の等身大のパネルと、実際に使っていた靴を展示しています。
会場には、幸姫さんのパネルを大切そうに抱える、中江さんの姿もありました。
「生命のメッセージ展」は、中江さんにとって、遺族同士で助け合う大切な場所となっています。
元受刑者のAさんも、会場設営に訪れました。
【中江さん】
「(「生命のメッセージ展」に来るのは)初めて?」
【元受刑者 Aさん】
「いえ、刑務所でも」
■二度と同じ過ちを起こさせない 元受刑者との向き合い
【中江さん】
「感じてやって、あの子らの存在を。これ(パネル)ほど伝えられる存在ってないと思う。墓で手を合わせるのも悲しいけど…。この形もほんまに悲しいねん。けど死んだと認めなくないからやってる部分もある。刑務所で見た瞬間と今見た瞬間、どれだけ気分が違うかっていうことを1回考えてくれたら」
――Q:中江さんと一緒にいて意識が変わった部分はありますか?
【元受刑者 Aさん】
「被害者感情をいつも感じさせてくださるんです。中江さんの言葉自体もそうですし、こういう会場に連れて行ってもらって。僕は事件起こして(刑務所から)出てきたけど、時間がたてば、多分被害者感情もどんどん薄れて(忘れて)いってたと思う、中江さんとお付き合させていただいてなければ。どの立場で言ってるねんと思われるかもしれないけど、被害者感情をいろんな人に伝えていきたい」
自分たちが犯した罪を憎んでほしい。二度と同じ過ちをしないでほしい。
中江さんは、これまで10人以上の元受刑者と向き合ってきました。
【中江さん】
「自分が傷を負わせてしまった人たちに申し訳ないっていう気持ちが少しでも芽生えたら、更生のきっかけになるのかなと思って。それを1人でも2人でも作ってあげたい。何百人何千人は無理やろうけど、その瞬間を見てみたい。この子(幸姫さん)の父親である以上、自慢に思ってくれるような父親でいたいですね」
一瞬で奪われた、娘の命と今までの生活。
同じ悲劇を繰り返さないために、娘の存在を伝え続ける父親がいます。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年4月22日放送)