■ドバイの砂漠に現れた「小さな街」
2021年10月から半年間、中東・アラブ首長国連邦で開催されたドバイ万博。関西テレビの取材班は3月、閉幕間近の現地を取材した。
会場はドバイの中心地から車で30分ほどのところにある。会場へ向かう道中、車窓から見える超高層ビル群に目を奪われていたが、途中からそのきらびやかな街並みは消え、未開発の砂漠地帯が続いていた。
ドバイ郊外にあるこの砂漠地帯の一部を開発して作られたのが、ドバイ万博の会場だ。殺風景な景色の先に見えてくる会場は「小さな街」のようだった。
(ドバイ万博へ向かう取材班。車窓からは砂漠地帯が見える)
敷地は東京ディズニーランドおよそ9個分の広さで、会場の外には万博で働く職員などが住む宿泊施設や商業施設が入る「Expo Village(万博村)」も併設されている。
広大な敷地を徒歩で回るのはかなり大変で、会場外周にはエリアを移動するためのバスやタクシーがひっきりなしに走っていた。
(「Expo Village(万博村)」にはファーストフード店や美容院もある)
■ドバイらしい豪華な会場、巨額の投資の背景―
会場に入ってまず圧倒されたのは、シンボル「アル・ワスルドーム」だ。巨大なドームで、ドバイの暑い日中には貴重な日陰を作り出している。高さは大阪・吹田市の万博記念公園の「太陽の塔」とほぼ同じ、約70m。夜にはドームの内部全体がスクリーンになってショーが行われる。ドバイらしいゴージャスな万博のシンボルだ。
個々の設備に要した費用は非公表だが、会場建設に投じられた総額は約8000億円とされている。2025年大阪・関西万博で想定されている約1850億円のおよそ4倍にあたる。
(左:昼のアル・ワスルドーム、右:プロジェクションマッピングのショーが行われている夜のアル・ワスルドーム)
この巨額の投資の背景には、政府が万博の成功にかける強い思いがあった。
ドバイ万博は「中東・アフリカ地域で初めて開催される万博」として、世界各国が関心を寄せた。ドバイ万博の関係者は「(中東という)特徴的な立地や新たなビジネスの拠点としてのポテンシャルが強みとなった」と話す。実際に過去最大級となる192の国と地域が参加を決め、多くの国が大型のパビリオンを出展した。世界が注目する好条件の中で、ドバイという都市の魅力を世界に向けてアピールできる絶好の機会。失敗は許されないという雰囲気があったという。
開催前に会場入りした日本の万博の関係者も「ドバイ万博運営側の成功への執念を様々な場面で感じた」という。
(渡り鳥をイメージしたポーランドパビリオン。建物から独自で建設する“大型パビリオン”の一つ)
■急きょ求められた「観光需要の喚起」と「コロナ対策」の両立―
想定外だったのは新型コロナのパンデミックだった。本来ならば2020年に開催の予定だったが、コロナの影響で1年延期になった。さらに、海外からの来場者が全体の7割になると見込んでいたが、各国の渡航規制などにより先行きが不透明となった。
そこで、ドバイ政府は「入国規制の緩和」を、ドバイ万博公社は「会場における徹底した対策」を前面に打ち出し両立を図った。入国時の隔離を撤廃する一方で、来場者にはワクチン接種証明書か72時間以内の陰性証明書の提示を、スタッフやメディアについては、ワクチンを接種していても数日おきにPCR検査が求められた。取材班も会場近くにある無料の検査場で複数回検査を受けた。
(「Expo Village(万博村)」にある無料のPCR検査場。最短約6時間で結果がメールで届く)
今年2月には入国規制がさらに緩和されたが、会場における対策は継続された。運営スタッフなど会場への出入りが多い人への検査は特に徹底され、取材班も検査証明書の発行日時まで毎回細かくチェックされた。会場では常に「お客様の安全を守ることが第一」というアナウンスが流れ、安全性がアピールされていた。
■コロナ禍で「ドバイ万博の成功」は実現したのかー
(長蛇の列ができる「サウジアラビア館」)
閉幕直前の会場は熱気にあふれ、多くのパビリオンに長蛇の列ができていた。コロナの影響で密を避けることが当たり前になっていた2年間を過ごしてきたからか、多くの人でごった返す光景はどこか懐かしいと感じるほどだった。会場の様子は「コロナ禍での大盛況」そのものだった。
万博が成功したかどうかの一つの指標になる来場者数はどうだったのか。ドバイ万博公社は、来場者数は最終的におよそ2400万人に達したと発表した。コロナ前に打ち出した目標の2500万人をほぼ達成した。担当者は「コロナ禍で達成できたことは素晴らしいことだ」と自信を見せた。
一方で、海外からの客は想定よりも伸び悩んだようだ。海外からの来場者数は非公表だが、航空業界の関係者は「万博の影響で航空需要が増えたことは確かだが、コロナ前に立てた当初の見通しよりは少なかった」と話す。
■来場者目標ほぼ達成、裏側に見えた「ドバイならではの戦略」―
では、なぜコロナ前の目標を達成できたのか。ドバイ市の公務員などには万博に行くための有給休暇が最大6日与えられたほか、チケット価格の大幅な割引キャンペーンが行われた。海外からの観光客が伸び悩む中、地元の客をいかにして集めるかに焦点が当てられたのだ。
実際、会場には地元の客の方が多く訪れていた印象だ。特に夕方以降、明らかに客が増え、日中はスムーズに歩けていた道も混雑でなかなか前に進めなかった。というのも、真夏には40度を超える日もあるドバイでは、地元の人は涼しくなる夕方以降になってから活発に動くそうだ。平日午後10時を過ぎても会場に小さい子供が歩いている光景に驚いた。
地元の人をターゲットにした戦略に加えて、夜型のドバイの生活スタイルのおかげで平日夜にも集客できたことが、コロナ禍でも当初の目標に近い来場者数を達成できた理由の一つと考えられる。
(午後10時ごろの会場の様子。子供連れの家族も目立つ)
3月末でドバイ万博が閉幕し、次の大阪関西万博まで3年を切った。現時点で、参加を表明しているのは100カ国・7国際機関となり、来年4月からはパビリオンの建設も始まる。ドバイ万博を視察した大阪府の吉村知事は「ドバイ万博を目指すわけではなく、あくまでも大阪らしい万博を目指す」と話した。
1日では到底回りきれない広い会場と豪華なパビリオンの数々で、地元の人々をも惹きつけたドバイ万博。ドバイとは違った「大阪万博の目玉」をどのように打ち出していくのか。その先に目指す「大阪らしい成功」とは何なのか。
大阪万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」の具体化はこれからだ。あと3年の準備期間に残された課題は多い。