1995年に火災で女児が死亡した冤罪事件をめぐり、無罪が確定した母親の青木恵子さん(58)が国や大阪府を訴えている裁判で、3月15日、大阪地裁は警察の捜査の違法性を認め、大阪府に賠償を命じました。
青木さんが20年もの間塀の中で過ごすことになった最大の原因は、「ウソの自白」を誘導されたことでした。
裁判で明らかになった捜査の実態をひもときます。
■毎日、娘の遺影に話しかけ…「色んなことを思う」
青木恵子さんの1日は、死亡した娘に話しかけるところから始まります。
【青木恵子さん】
――Q:これはどういう写真ですか
「たまたま、写真屋さんにドレスがあって、これ着せませんかってすすめられて。ドレスって言ったら、結婚するときじゃない。だから本当に、その時に涙が出た。(結婚を)早くしすぎたらね、先を急ぐとか言うじゃない。だから、このドレスも失敗だったかなとか、色んなことを思うよね、後悔みたいな」
■放火殺人の罪で無期懲役判決も…再審無罪に
青木さんは1995年、大阪市東住吉区で、小学6年の娘、めぐみさん(当時11)が死亡した火災をめぐり、保険金目的による放火殺人などの罪で無期懲役の判決を言い渡され服役しました。
しかし2016年、やり直しの裁判で、「火災は自然発火の可能性がある」などと認められ無罪が確定。
青木さんは「警察や検察の違法な捜査で20年間にわたり不当に拘束された」として、大阪府や国に損害賠償を求める裁判を起こしました。
■「なぜ助け出さなかったのか」周囲から責められ
火元は、屋内のガレージ。
めぐみさんが1人でお風呂に入っている時に、燃え広がりました。
【青木恵子さん】
「火が出ていた。車の横に、タイヤの」
――Q:どれぐらいの大きさの火?
「水たまりの真ん中にろうそくが立ってるみたい。桶の水をかけた。すると、バーっと広がった」
青木さんと、当時8歳の長男、同居していた男性の3人はかろうじて避難しましたが、風呂場にいためぐみさんは逃げ遅れました。
なぜ助け出さなかったのかと、周りから責められることもあったといいます。
【青木恵子さん】
「死にたいと思って死のうとしたこともあったけど、息子が追いかけてきたからね。息子が追いかけてきて、『ママ死んだらあかん』って言ったから。子どもって、どっちが可愛いとかないじゃない。自分の子どもなんだから。でも、片方が亡くなればね、(気持ちは)やっぱそっちに行ってしまうよね。今もそうだけど」
火災から50日後。
“最愛の娘を亡くした”母親は、“娘を焼き殺した”母親として逮捕されます。
■「正直に言え。お前がやったんやろ」過酷な取り調べ
裁判資料をもとに、当時の警察の取り調べを再現しました。
【裁判資料に基づき再現した警察の取り調べ】
(刑事)「正直に言え。お前がやったんやろ」
(青木さん)「やってません」
(刑事)「めぐみが可哀相と思わへんのか。お前は鬼みたいな母親やな」
(青木さん)「だから、やってません」
(刑事)「認めろ!認めろ!(机をたたく)」
取り調べでは、めぐみさんの写真を見せられたこともあったといいます。
【裁判資料に基づき再現した警察の取り調べ】
(刑事)「めぐみの写真まともに見られるか。やってへんのなら見れるやろ。見ろ!ほら、見ろ!(首を押さえつける)」
(青木さん)「(ふらついて椅子から落ちる)病院に連れてってください」
(刑事)「めぐみはもっと熱い思いして死んだんやぞ。しんどいふりして逃げるな」
密室での過酷な取り調べに、青木さんは追い詰められていきます。
【青木恵子さん】
「息子がね、相手の人(同居男性)がガレージに降りて火をつけたとこを見てたとか。相手が認めたぞとか。刑事の言ってることしかないわけですよ、密室の中で」
■「性的虐待」告げられ…書いてしまった自供書
20日間にわたる取り調べのほとんどの場面で、青木さんは否認と黙秘を続けましたが、実は2回、犯行を“自供”しています。
同居男性がめぐみさんに対し、「性的虐待」を加えていたと告げられたことが理由です。
【裁判資料に基づき再現した警察の取り調べ】
(刑事)「お前、アイツがめぐみにいたずらしとったこと知ってるか?」
(青木さん)「なんのこと?」
(刑事)「三角関係のもつれで、女としてめぐみのこと許されへんから、殺したんやろ」
(青木さん)「え、知りません」
(刑事)「母親なんに知らんかったんか。お前母親失格やな」
青木さんは、当時の心境について、「死んで娘のところに行くしかないという思いだった」と語ります。
【青木恵子さん】
「本当に知らなかったから。申し訳ない。毎日ね、どんな思いで家で生活してたんだろうって。幸せにしてあげたいって思ってたのに、結局地獄の日々とか。色々想像するじゃない。娘から全部聞きたいっていうので、それには死ぬしかない。死んで娘のところに行くしかない」
「早く留置場に戻って死のう」。
否認する気力を失った青木さんは、刑事から誘導される形で、「保険金目的で犯行を計画した」とする“自供書”を書いてしまいました。
この自供書を重要証拠とし、検察は、殺人などの罪で起訴。
裁判では否認しましたが、無期懲役が確定し、青木さんは20年以上、塀の中から無実を訴えることになりました。
■「放火」という大前提が崩れ…再審無罪に
こうした中、弁護団の立証が、「放火」という大前提を覆しました。
有罪判決の根拠となったのは、「7.3リットルのガソリンをまいて火をつけた」とする同居男性の“自供”でした。
しかし、弁護団は、車からガソリンが漏れて気化し、ガレージに設置された風呂釜の種火に引火したことを立証。
さらに、男性がガソリンをまいていれば、大やけどをしていたはずだとして、自供の“矛盾”も証明し、2人の刑の執行は停止されました。
【刑が執行停止された直後の青木さん】(2015年)
「やっと20年目にして、当たり前の世界に戻ってくることが出来ました」
2016年、やり直しの裁判で、青木さんと同居男性に出た判決は「無罪」。
男性の自供について裁判所は、「『性的虐待をしていたことを公にする』と刑事から言われ、虚偽の自白をした疑いがある」として、信用性を否定しました。
■元刑事の言葉「今も犯人だと思っている」
警察と検察の責任を問う、民事裁判を起こした青木さん。
この裁判の中で、青木さんにとって特別な日がありました。
自分を取り調べ、“ウソの自供書”を書かせた刑事(当時)に対する証人尋問が開かれたのです。
【青木恵子さん】
――Q:25年以上経って、逆に質問する立場に
「そうよ、やっとこの日が来たって感じ。これをやるための、国賠(訴訟)でもあるから。もちろん勝利するのもあるけど、自ら尋問して、やっぱり悔しい気持ちはぶつけて、後悔せんようにね」
青木さんは、「一番聞きたかったこと」をぶつけました。
【法廷でのやり取り】
(青木さん)「25年と4カ月ぶりの再会ですが、私のことは覚えていますか」
(元刑事)「覚えています」
(青木さん)「今も私を犯人だと思いますか」
(元刑事)「思います」
(青木さん)「どうしてでしょうか」
(元刑事)「自供書を書く時の内容とか仕草とか、2人しか知らん会話と思うんですけど、私は真実やと思ってます」
【青木恵子さん(裁判後の会見 2021年2月)】
「この人は自分が一人の冤罪者を作ったとは、全く思ってない。もちろん反省もしてないし、私のことを犯人だって今でも堂々と言う。お金のためにしてるわけではなくて、あの人たちが、私が犯人だとか、自分らは間違ってなかったって、今でもそんな馬鹿なことを言うから、20年以上獄中に入って、出てきて、まだこの国賠裁判をやらないといけないわけですよ」
警察・検察ともに、適正な捜査だったと主張し続け、裁判は結審しました。
青木さんのことを「犯人」だと考えているのは、捜査機関だけではありません。
インターネット上には、いわれのない書き込みが。
「娘殺しの母親」という汚名をそそぐことはできないままです。
【青木恵子さん】
「私は灰色のまま、いつもそれを言うんですよ。国の違法性も認めて大阪府警の(違法性)も認めて完璧な純白の判決をもらいたいと思ってます」
■判決では国の違法性認めず…「裁判所に傷つけられた」
3月15日の判決で大阪地裁の本田能久裁判長は、「明らかに違法な取り調べによって、青木さんが虚偽の自白をさせられた」と指摘。
「めぐみさんに深い愛情を注いでおり、経済的な犯行動機も乏しかった」と付け加えました。
さらに「元刑事の『今も青木さんが犯人だと思う』という言葉は、青木さんを傷つけ、賠償金額の算定にも影響している」と異例の言及をし、訴えの一部を認めました。
一方、検察の責任については、「検察官の活動に疑問はあるが、違法とまでは断定できない」として、訴えを棄却しました。
【青木恵子さん(判決後の会見)】
「完全に勝てると思ってきましたが、まさかの国の違法を認めない。大阪府警に対しては認めてもらえましたし、(元刑事の言葉が)傷つけたというふうに言ってもらえたことはいいですけど、その反面、今度は裁判所に傷つけられてるんだよということを、私はまた裁判所に言いたいと思います」
青木さんは、検察の責任を追及するため、控訴する方針です。
■冤罪を訴える人の支援に取り組む
失われた20年という時間。
【青木恵子さん】
「(逮捕前は)携帯も知らないし、パソコンなんて触ることもないし、機会が何もなかった」
青木さんが今、熱心に取り組んでいるのが、冤罪を訴える人の支援です。
この日向かったのは、徳島刑務所。無期懲役の受刑者と面会しました。
再審請求を引き受けてくれる弁護士を探し出し、クラウドファンディングも実施しています。
【青木恵子さん】
「なんで行くかって言われたらね、やっぱりね、ほっとけないっていうか。関わってしまったし。支援者に私も助けてもらったわけでしょ。皆さんに励ましてもらって、ほんで無罪になれたわけやから。誰が信じなくても私一人だけでも信じてあげる」
(関西テレビ「報道ランナー」2022年3月15日放送)