■母親を死なせた疑いで逮捕された夫婦
【佐保輝之さん(61)】
「こんな言い方をするのは恥ずかしいけど、思いやりがある優しい母親でしたね」
佐保輝之さんの母・重子さん。
10年前に、80歳で亡くなりました。
【妻・ひかるさん(58)】
「これは義母が編んでくれた帽子を、私がかぶってるんですけど。ちょっと私、髪の毛が薄いんですね。きっとこの子は、ここを気にしてるんじゃないかな?と思って、やってくれた、そんな優しい義母ですね」
しかし、重子さんは亡くなる3年前から言葉が乱暴になったり、物を投げたりするようになり、佐保さんは「心の病」を疑って病院の受診を勧めました。
しかし、「悪いところはない」と拒まれたといいます。
そして、2011年6月20日。
【輝之さん】
「たんすとか叩いて暴れだして、それをやめさせようとしたんですけど、僕達に爪立てて向かってくるような形で暴れだした。すごく顔つきも変わって、老人とは思えないくらいすごい力を出すんですね。それでどうしても止められなくて、何時間もかかってやっと落ち着いてくれた」
しかし、重子さんはこの日、布団に横になると息を引き取りました。
司法解剖の結果、全身にあざがあり、肋骨や胸の骨を骨折していました。
解剖した医師の所見は「他殺」。
――Q:警察はどういう反応でした?
【輝之さん】
「『誰かが暴力をふるったに違いない』って。僕達は母が暴れて、それを止めようとしてただけなんだっていくら話しても、全く取り合ってくれなかったんです。『他殺って結果が出てるんじゃ』って叫ばれて」
そして9カ月後、佐保さん夫婦は、重子さんに暴行を加え骨折などのけがをさせ、外傷性ショックで死亡させたとして、傷害致死の疑いで逮捕されたのです。
その約1週間後、代理人の弁護士は、
「夫婦は気づいていなかったが、重子さんは認知症によって暴れて怪我をした疑いがあり、調べて欲しい」と検察官に申し入れました。
検察は複数の法医学者が、
「死に至ったケガなどは暴行されて生じた」との見解を示していることなどから、傷害致死の罪で起訴しました。
逮捕後、2人を待ち受けていたものとは―
否認をしていた佐保さん夫婦は、証拠隠滅の恐れがあるとして、検察官の申請によって1審判決が言い渡される直前まで、拘置所で接見禁止となりました。
高校生だった2人の子供たちとも2年間会えませんでした。
そして、2014年、1審の大阪地方裁判所で行われた裁判員裁判。
2人は否認をしましたが、傷害致死罪が認定され、懲役8年の実刑判決が言い渡されました。
2審では、弁護団は認知症の専門医の意見書を提出。
「重子さんは認知症で、暴れたりする症状もあり死因となった肋骨の骨折は偶発的に起きた出来事で、虐待や殺意をもって発生したものではない」と指摘されていました。
2015年、高等裁判所は判決で、2人が「体をつかんで揺さぶり、家具などに押し付けるなどした」という暴行を加えたと判断。
一方で「認知症の影響で暴れたことは否定できず、二人が重子さんと転倒するなどで、故意の暴行によらず致命傷となったことも十分にありえ、傷害致死罪には当たらない」として1審判決を破棄。
暴行罪として罰金20万円を言い渡しました。
■「罰金20万円」“認知症”の影響で暴れたことも否定できず
【輝之さん】
「みなさん本当にありがとうございました」
【輝之さん】
「無罪かあるいは差し戻しの想像をしていたので、ちょっと複雑といえば複雑ですけど、一審判決が破棄されたことはありがたいと思ってます」
【ひかるさん】
「家に残ったのは年老いた老人と子供たちでした。私達の家庭は破滅するような状態だったんですね。ギリギリ今なんとか間に合いましたけど」
2人は罰金刑なら仕事に復帰し、家族とも再び生活ができると考え、上告を見送りました。
■「罰金20万円」で夫婦が失ったもの
佐保さんは逮捕前、大阪大学歯学部の助教として働いていました。
しかし、大学の規定で起訴後の休職は2年間までと定められていたため、裁判中に解雇され復職は認められませんでした。
事件の背景などを理解してくれる診療所に採用され、歯科医として再び働き始めたのは判決から4年後でした。
2021年6月20日。
重子さんが亡くなって10年となる命日を迎えました。
まだ納骨はしていません。
【輝之さん】
「そばにいててあげられて、母もそばにいることを幸せに思ってくれてるんじゃないかなって思って。なんか生きてるようなって言うと変かも分からないけど、今もなんかそんな感じがするんです」
■問いかけ… 夫婦だけで起こした裁判
罰金20万円の”結論”で、なぜこんなにも人生は変わってしまったのか。
2人は再び立ち向かうことにしました。
国や大阪府などを相手取り「傷害致死と決めつけた見立てで、不当に3年間勾留された」などとして1億円の損害賠償を求めて民事裁判を起こしたのです。
【輝之さん】
「『お前達が暴力をふるって殺したんだ』って言うのを、当日からずっと決めつけで取り調べをされて。全く何の謝罪もなく、その間に職を失ってるにも関わらず、1円の補償もないって、それが許されていいのかって」
刑事裁判では、弁護士費用などで800万円以上かかり、仕事も長期間失っていため、もう弁護士に依頼をするお金はありません。
裁判のやり方を一から勉強して、代理人のいない夫婦だけの戦いです。
2人は自宅で、法廷での証言の練習までしました。
【輝之さん】
「警察はあなたの話をちゃんときいてくれましたか?」
【ひかるさん】
「いいえ、聞いては下さりませんでした」
当時どのような取り調べを受けたのか。
証拠として申請したのは弁護士から差し入れられた被疑者ノートです。
当時二人はどんなことを警察官や検察官に言われたのか、毎日記録していたといいます。
そこには、「明らかに他殺なんだ」と決めつけられ「興奮し怒鳴る」などと書かれていました。
【ひかるさん】
「怒鳴られ続けると、ドキドキが止まらなくて、ずっと心臓が痛くて、夜も眠れないぐらい」
ノートには、毎日続く長時間の取り調べと体調を崩していく様子も記録されていました。
そして輝之さんのノートには、
「このままだと全員犯人のまま」
「自分がやってないんやったら奥さんがやった」などと
自供を迫るような発言をされたと書かれていました。
再び訪れることになった大阪地方裁判所。
2人は順番に証言台に立ち、
「長時間怒鳴られたり、決めつけによる取り調べが行われた」などと主張をしました。
国や大阪府はこれまでの裁判で、
「違法と評価される余地はない」
「被疑者ノートは都合よく書けるし、真実とは限らない」
などと全面的に争う主張をしています。
■当時捜査の警察官らに法廷で問いかけ
裁判を起こしてから、約3年。
当時、自分たちを取り調べた警察官3人に直接、尋問を行うことが認められました。
取り調べを担当した検察官は他界していたため、立ち会っていた検察事務官も呼ばれます。
【輝之さん】
「対等な形で話ができて、相手の当時の考えと今の考えがどうなのかっていうのをきっちり聞かせてもらいたいなと思ってます」
9年ぶりに警察官たちと顔を合わせます。
そして、なぜ傷害致死罪に問われないといけなかったのか、問います。
■2021年7月21日の裁判の様子
【輝之さん】
「真実を話せ、話せ、って何度も言われた。私は何度も話しているのに。あなたが求める真実とはなんだったんですか?」
【当時捜査一課の警部補(輝之さんの取り調べを担当)】
「取り調べ官として、話を聞いて出てきたのが真実ですから、そういう意味での真実です」
【輝之さん】
「でもあなたに、真実を話していないと言われた」
【裁判長】
「あなたは『真実を話してない』というような発言はされましたか?」
【当時捜査一課の警部補(輝之さんの取り調べを担当)】
「してません」
ひかるさんを取り調べた警察官は…
【当時・捜査一課の巡査部長(ひかるさんの取り調べを担当)】
「失礼ながら申し上げると、姑さんが亡くなってるのにふてぶてしいという印象です。目も合わせませんし、だらっとして壁を見たまま。黙秘です」
【輝之さん】
「途中からの取り調べだったのなら、前任者になんで黙秘をしているのか、尋ねましたか?」
【当時・捜査一課の巡査部長(ひかるさんを取り調べを担当)】
「尋ねた記憶はあります。どう言われたかは忘れました」
言った、言ってない、忘れた、堂々巡りが続く中、警察官3人と検察事務官は不適切な取り調べはなかったと主張しました。
【尋問を終えた 輝之さん】
「無罪にはなってないだろって、そういうことしか考えてないのかなって」
――Q:弁護士もいない中で、言った言わないという法廷での争いになっていて、もしかしたら佐保さんの望むような判決じゃないかもしれないけど、それでもこの裁判に意味はありますか?
「意味があると思ってます。何もしなければ悪い世の中は変えることができないので、僕たちがこうやって動いたことで、一歩でも少しでも変わっていくものだと信じています」
判決は「罰金20万円」だったのに、仕事もお金も、家族で過ごす時間も失った夫婦が司法に問いかけています。
■「認知症初期集中支援チーム」について
認知症の専門家・杉山孝博医師は「認知症は物忘れだけではなく『暴力・暴言』などの症状もあります。また、痛みの感覚が弱く、骨折していても本人が気づかず暴れ続けることもあります」と話します。
今回の佐保さんのケースのように、一般的な「制圧行為」の中で大きな怪我をしても、お互いに気付かないという状況があり得る訳です。
家族が認知症かな?と思った時、ぜひ利用して欲しいのが、行政が作っている「認知症初期集中支援チーム」です。
これは各自治体に設置されています。
医師、保健師、看護師、作業療法士ら様々な専門分野の人たちでチームを作っており、認知症になっているかもしれない本人が病院に行きたがらない時でも、ここに相談すれば「どんなアプローチが可能か」「どんなセーフティネットがあるか」などを教えてくれます。
もちろんプライバシーも守った上で対応してくれるので、「認知症初期集中支援チーム」の事をぜひ覚えておいて下さい。
(「報道ランナー」2021年8月23日放送)