和歌山県から届いた「最近海がおかしい」というメッセージ。
潜水取材班が海の中を調べると、かつて生態系を支えていた生き物たちの姿が見えません。
そして、私たちの食卓を支える漁業にも大きな影響が出ています。
何が起きているのでしょうか。取材しました。
「最近、海の様子がおかしい」と連絡を受けたカンテレ潜水取材班。
7月、和歌山県の南の端、串本町に向かいました。
串本町では6月にも、本来、目につかない深海にいる魚「オキアカグツ」が、なぜか浅瀬にいて、海底を歩くように泳ぐ姿を撮影できました。
串本の海で、今、一体何が起きているのか。
情報をくれたのは、串本海中公園水族館の元館長、宇井晋介さん。
長年、串本の海を調査している研究者です。
【串本海中公園水族館 宇井晋介元館長】
「アマモという植物、海草だが、このアマモの群落が、この1、2年で急速にいなくなった。今年はほぼゼロになっている。一時は海水浴のお客さんが足に絡みついて気持ち悪いとか泳げないほど(たくさんあった)。海水浴的にはいいが、生態的には心配です」
海草のアマモ。
成長すると、背丈は1メートルほどになり、「アマモ場」という群落を作ります。
「海のゆりかご」と呼ばれるアマモ場は、産卵場所となったり、稚魚の隠れ家となったり、生態系を支える大切な存在です。
「海のゆりかご」は、今どうなっているのか。
いざ調査に向かうと、海の中は大きく変わっていました。
海草はありますが、どれも短く、魚が隠れられるような群落にはなっていません。
生えていたのは「コアマモ」という別の海草でした。
――Q:昔と変わっているという印象はありますか。
【串本海中公園水族館 宇井晋介元館長】
「そうですね。茂り具合がそもそも草の大きさが違うので、草むらが芝生になったイメージかな。陸上でいうと海藻が減って貝が取れなくなっている。これは現実の問題ですし。漁師さんは大変ですよね」
取材班は、漁に同行させてもらいました。
向かったのは、潮岬を挟んで東側にある漁のポイント。
東側は、海藻が生い茂り、アワビや、「とこぶし」といった貝の素潜り漁が昔から盛んです。
3月から8月までの潮が引いた3時間だけ解禁される漁。
かつては、籠がいっぱいになることもあったそうですが…
【漁師 今出和之さん】
――Q:籠いっぱいになることはありあすか。
「ないですね。3時間みっちりやってもない。昔はサザエとかあったんですけど、今はないですね」
この海でも大きな変化が…
貝の餌となる海藻が、ここ数年でほとんど姿を消したのです。
昔はいたるところで獲れたアワビ。
今では見つけるのも一苦労です。
【漁師 今出和之さん】
「アワビ。これなんかも痩せた貝ですわ。実が盛ってないでしょ。餌となる海藻がないですね。サンゴとかが、沖縄の海のように増えてくるのでは。海藻がなくなって。熱帯・亜熱帯みたいな海になるのでは、数十年後とか。漁師はきつい生活強いられますよ、これから絶対」
■和歌山の海での「異変」…原因は黒潮の「大蛇行」
海藻が消えた原因の一つと考えられているのが、地球温暖化による水温の上昇です。
この10年間で串本の東側周辺の海水温は、どう変化したのか。
1月の平均水温をみてみると、2011年、15,2度だった水温は、徐々に上がり、今年は、17,9度と、3度近く上がっています。
水温が1度上がると、陸上で5度上がるほどの影響があると言われています。
水温が上ったことで、高い水温でも生きられる海藻だけが残ったと考えられています。
なぜここ数年で急激に水温が上がったのでしょうか?
【記者リポート】
「本州最南端の潮岬です。この海の先で起きているある変化が、ここ串本町でも大きな影響を与えているというのです」
1967年から水温の調査を続けている和歌山県水産試験場を訪ねました。
【和歌山県水産試験場 陶山公彦研究員】
「長期的には地球全体で海洋環境が変わってきていて、水温がちょっとずつ上がってきている。ここ数年での影響では『黒潮大蛇行』がある」
黒潮大蛇行とは一体何なのでしょうか。
日本列島の太平洋側を流れる暖かい海流、黒潮。
本来であれば本州最南端の潮岬に最も近づくようにして流れています。
しかし、2017年から大きく潮岬から離れています。
これが黒潮大蛇行です。
では、なぜ大蛇行は起きたのか。
黒潮とは別の冷たい水の流れが、伊豆海嶺という海底山脈にぶつかり、渦になります。
この渦に黒潮がはじき出されるように蛇行するのです。
しかし、暖かい黒潮が離れれば、水温は下がるはず。
ポイントは、先ほどできた冷たい水の渦です。
これは反時計回りに流れていて、この渦に巻き込まれる形で、黒潮の支流が発生し、潮岬の東側に流れ込んでいるのです。
2016年12月、黒潮大蛇行が始まる前の潮岬の東側の水温は18度から19度ほど。
しかし、去年の12月、東側の水温は21度~22度。
明らかに高くなっているのがわかります。
【和歌山県水産試験場 陶山公彦研究員】
――Q:冬に水温20度を超えるのは珍しいですか
「珍しいことかと思う。水温18度くらいが潮岬の東側の冬場の水温だが、20度を超えるのは非常に高い。水温で海藻などの生育にも影響あるのかなと思う」
■例年は5トンほどとれる「ひじき」が今年は「ゼロ」に…
これを、象徴するような出来事が、串本町の姫地区でありました。
【記者リポート】
「こちらの磯場は、ひじきが生育することで有名なんですが、みてください。本来であれば1メートルほどになるひじきが片手におさまるほどにしか伸びていません」
串本町の姫地区で採れるひじきは「姫ひじき」と呼ばれ、味と品質の良さから、全国から注文が入り毎年完売するほどの人気を集めていました。
しかし、今年は全く成長せず、初めて刈り取りができませんでした。
【姫ひじき生産組合 堀喜代子会長】
「本当にもう困っているんですよ。50年来初めて。刈り取りができないってことは」
――Q:本来であれば、一面にひじきがあるということですか。
「そうです。磯いっぱいを埋め尽くしています。ひじきが。ここなんかもいっぱいですよ」
毎年、5トンほど採れていたひじきが、おととしは半分の2,5トン。去年は600キロ、そして、今年はゼロに。
この時期は、毎日朝から窯でひじきをゆでる作業に追われていましたが、今年は、火を灯すこともできませんでした。
【姫ひじき生産組合 堀喜代子会長】
「本当に寂しい。お客さんの中にも『去年の在庫ないのか』という問い合わせも多いが、それもない。皆さん待ってくれているが、『来年に期待して』という言葉しかない」
来年の復活を目指していますが、元の姿に戻るという保証ありません。
普段、目につきにくい海の変化。
しかし、じっと目を向ければ、海からの警告が見えてくるはずです。
(カンテレ「報道ランナー」7月22日)