大阪府など4都府県で緊急事態宣言が発令され、新型コロナウイルスの「第4波」が猛威を振るっていた4月下旬。
奈良県が、「GoToイートキャンペーン」のプレミアム付き食事券の販売を開始しました。
感染拡大の中で外食を促すような施策に、販売当初から県民の批判が殺到し、翌日には販売中止に。このドタバタの背景には何があったのでしょうか?
裏側を取材すると、奈良県のお粗末ともいえる行政の実態が浮かび上がりました。
■批判が殺到…第4波の中の「GoToイート」食事券の販売
「正気の沙汰ではない」「感染を拡大させるつもりか」「今すべきサポートとは違う!」
4月26日、SNS上のこんな書き込みが目立ちました。
奈良県が開始した「GoToイートキャンペーン」のプレミアム付き食事券の販売についてのコメントです。
販売当日の奈良県の医療状況は病床使用率74%、重症病床使用率63%でした。
国が定める基準では最も深刻なステージ4という状態。
前日には大阪・兵庫・京都の関西3府県に緊急事態宣言が発令されていました。
県はすぐに販売を延期したものの、第4波の緊張感が高まる中での食事券販売は、「失策」と言わざるを得ないものでした。
販売開始の理由を、奈良県・荒井正吾知事はこう説明しました。
【奈良県・荒井正吾知事】
「食事券の販売委託業者が『予約開始していいですか』と言ったときに、担当が『そうですね』と言ったと私は聞いているが、それは齟齬、事務的なミスだと思っています」(4月27日の記者会見)
GoToイート食事券の販売は「事務的なミス」で行われたというのです。
■「事務的なミス」はどこから生まれたか
食事券販売の約2週間前の4月8日、奈良県の対策本部会議で荒井知事は次のように発言しました。
【奈良県・荒井正吾知事】
「大阪での飲食、カラオケは控えてほしい。大阪での寄り道はしないでまっすぐ帰ろう。余暇は県内で、奈良は比較的に安心。飲食するなら奈良でしてくださいと申し上げたい」
荒井知事は、県民の多くが大阪に通勤、通学していて、県の感染者数の推移は大阪の感染者数の推移に相似しているというデータを提示。
大阪から広がる感染への警戒感をあらわにする一方で、「奈良は比較的安心」というメッセージを発信したのです。
奈良県は、これ以前から「奈良は安心」との見方を示し続けてきました。
4月8日の奈良県対策本部会議資料には、「大阪市での飲食・カラオケは控えましょう。余暇は県内で」と記載されています。
こうした中で「GoToイート」の実務が進んでいきます。
■荒井知事が認識しなかった「報告」
県はなぜ「販売には問題ない」という判断に至ったのでしょうか。
関西テレビが、県のGoToイート担当部署のメールのやりとりなどについて情報公開請求をしたところ、「事務的なミス」が膨らんでいく過程が見えてきました。
「奈良は比較的安心」という知事の発言があった4月8日、農林水産省から奈良県の担当部署(豊かな食と農の振興課)に次のようなメールが届きます。
【農林水産省からのメール】
「直近感染者数が増加している状況にありますが、販売の停止や利用の抑制は検討されていますか?」
国がわざわざ、販売を止めますか?と問い合わせをしています。
担当部署はこのメールが届いた翌日、「1次感染者の経路はほとんどが大阪関連で、県内飲食店の感染事例はごくわずか」などとして、副知事に「『食事券の利用制限を求めない』と回答してよいか?」と判断を仰ぎます。
副知事はすぐに、「承知する」と回答。
これを受けて、担当部署は「『食事券の利用制限を求めない』と回答する」と決め、荒井知事に報告しました。
しかし、知事はこの報告を認識していませんでした。
荒井知事は「食事券販売に向かう部署の動きを認識できていなかった」と、6月1日の記者会見で話しています。
知事に提出された書類は、知事に対して回答を求めない「報告」形式でした。
荒井知事は報告を受けたことを示す丸印を書類に記入していますが、内容を認識していなかったということです。
「報告」形式の書類は、1日に10数件提出されるものの、荒井知事はその中身を見ることはほとんどなかったというのです。
この報告の翌週、担当部署はGoToイート食事券の販売委託先である旅行会社に以下のように伝えています。
【奈良県担当部署から旅行会社への連絡】
「現在のところ利用制限の要請をしない方向で調整をしているようです。知事の一声で変わることもあり得ますが…」
担当者は「調整しているようです」とメールに書いています。
判断は別の場所で行われているような、この書きぶりに、責任の所在のあいまいさが表れています。
そして、荒井知事の「認識していない」ところで販売への動きは進んでいきます。
■知事が「認識していない」まま販売へ
その後、担当部署は、農林水産省にも「利用制限を求めない」と回答。食事券の期限や枚数についての旅行会社との協議も進めました。
そして4月21日、荒井知事に対して、GoToイート食事券販売を行うと「報告」するに至ったのです。
知事が「奈良は安心」とメッセージを出してから約2週間。
担当部署が知事に「報告」を行ったこの日、奈良県の感染者数は、初めて100人を上回り、過去最多の112人となりました。
毎日のように感染者数が過去最多を更新する中、担当部署はなぜ2週間前と同じ姿勢でいたのでしょうか。
荒井知事は、以下のように説明しました。
【奈良県・荒井正吾知事】
「ほぼ毎日行われていた庁内での対策会議では、医療の部署などと侃々諤々(かんかんがくがく)とやっていたが、他の部署が見えていなかった。来ていれば一声かけて済む話だった」(6月1日 知事会見)
GoToイートの担当部署が、関連会議に参加していなかったことが、その理由だというのです。
大阪・京都・兵庫の3府県は、GoToイート担当部署が知事との直接協議を行い、食事券の販売延期を決定していました。
しかし奈良県では、それができていませんでした。
こうした経緯で、新型コロナ感染の第4波の真っただ中にGoToイートキャンペーン「プレミアム付き食事券」の販売が開始されました。
担当部署は取材に対し、「販売を止めることは可能だった、部局の判断が甘かった」とコメントしています。
荒井知事は、「危機管理の中でぬかるんでいた部分が出てしまったと深く反省しております。今後は様々な部署と情報共有をフラットに行い、冷静さを持って対処していきたい」と話しました。
担当部署は「販売を止めることは可能だった」と言いますが、実際には止まらず、一旦はスタートしてしまいました。
話を総合すれば、今回のドタバタの原因は担当部署の「判断ミス」ということになります。
しかし、報告を受けたはずの知事が、これを「事務的ミス」と言ってのけることについて、県民はどう思うでしょうか。
新型コロナウイルスの感染状況は、現在は落ち着いてきています。
しかし、次にいつまた感染拡大の波が来るか分かりません。
誰が責任者なのか明確で、その責任者が明確な判断をするという行政の仕組みが必要です。
(関西テレビ放送記者 鴇田哲実)