30年以内に発生する確率は70%から80%と、近い将来、必ず起きるとされている南海トラフ地震。
大阪府には約2時間で津波が到達し、最悪の場合、近畿では10万人に近い死者が出ると想定されています。
そんな中、役場などの機能を高台に移転させる取り組みを行っているのが、地震からわずか3分で津波が到達する和歌山県串本町です。
「南海トラフ地震で命を落とさないとなると、全員が高台に移転する。それしかない」と町長が危機感をあらわにする串本町。
人口約1万5000人の小さな町が進める「高台移転」の最前線に迫ります。
■海抜約50メートルの高台へ役場を移転…南海トラフ地震への備え
【新実アナウンサー リポート】
「串本町にやってきました。南海トラフ地震などが起きれば津波の危険性が指摘されている場所でもあります。この海から、わずか20メートルの場所に串本町役場が位置しているんです」
“災害時の要” 町役場があるのは海抜3mほどの場所です。
串本町の中心部は海に囲まれていて、最悪のケースとして想定される南海トラフ巨大地震が起きれば、津波は約3分で到達。
その後、最大で17mに達する恐れがあります。
建物1万棟あまりが壊滅し、避難が困難な人は約6000人と、甚大な被害が想定されているのです。
このリスクを避けるために町が考えたのが、海抜約50mの高台へ、役場などの機能を移転させることでした。
町長は、この場所が防災の拠点になると話しています。
【串本町 田嶋勝正町長】
――Q:坂を登ってきたのですが、何という名前?
「サンゴ台といって、高台にあります」
――Q:周りもショベルカーが動いていて開発中ですが?
「ここに高速道路が建設されています。高速道路にアクセスする道に庁舎が直結している」
串本町は10年ほど前から病院や消防署などを徐々に高台へ移転させてきました。
新しい串本町役場は、7月4日に竣工します。
今後は、多くの町民がサンゴ台に移り住めるよう宅地を開発するほか、被災した後の復興まで想定して、仮設住宅の予定地も確保しています。
【串本町 田嶋勝正町長】
――Q:津波被害を織り込んで対策を考えていること自体、複雑な気がするが?
「財政的には厳しいところはあるんですが、高台を本当に有効に使う取り組みをしないとこれからの街づくり難しいと思いますね」
■津波の難を逃れようと…若い世代に人気集める「潮岬」
そんな中、今、津波の難を逃れるための引っ越し先として人気が高まっているのが、串本町の南にある「潮岬」です。
かなりの高さがあり、周囲はがけに囲まれているためです。
串本町の沿岸の地域で生まれ育った東口良さん(35)
奈良県で美容師として働いていましたが、 4年前に妻のえり加さん(36)と町に戻る際、潮岬に自宅と店を構えました。
【東口良さん】
――Q:ここにお店を構えようと思った流れは?
「高台の方が安全で、東北の震災を機に津波の心配がない場所を選ぶと、やっぱりこの辺が一番人気」
潮岬は10年前の東日本大震災の後、住宅の着工件数が増えていて、ここ3年で約100件にのぼります。
こども園や小学校などもあり、子育てをする若い世代に人気で、沿岸の地域から移り住む人も増えているそうです。
家族の安全を考え、高台での生活を決心した東口さん。
気がかりなのは両親がまだ沿岸の地域に住み続けていることです。
【東口良さん】
――Q:実家は津波が危ないエリアになる?
「(津波が)来ると危険な場所にはなってくる」
――Q:両親に一緒に潮岬に行かないかと話はした?
「しましたけど…親の地元でもある。(親は)そこを離れたくないっていう思いが強いので、一緒に住む選択肢は自分の親にはないかなって感じ」
■津波が来ても「寿命やと思てる」避難あきらめる高齢者
若い世代を中心に高台への移転が進む一方で、高齢者の多くは避難が困難な地域で暮らしています。
【80代の女性】
――Q:潮岬が高さあるから引っ越すとかサンゴ台に引っ越すとかは?
「若かったら、そんな考えあったけど…」
――Q:避難はどう考えている?
「もう80歳やし、腰痛いし足痛いよう逃げない」
――Q:津波警報が出たらどうする?
「その時はその時と思っていて、一個も考えてない。寿命やと思っている」
高台へ続く避難路の中にはJRの線路を越えないといけない場所があり、まさに一刻を争う事態が予想されています。
その時、高齢者や支援が必要な人たちを高台まで連れていくことができるのかというと、なかなか難しいのが実情です。
【串本町の元区長】
「若い人が助けに行って支援者になって、要援護者を助けにいって一緒に助かったらいいですが、(一緒に助かる)確率はほぼ少ないじゃないですか。ほっといて山へ逃げなさいと(言ってます)」
――Q:個人、個人で逃げる?
「助けるよりも自分一人でも山へ逃げなさいと」
【30代女性】
「(災害時)最低限のことはしようとは思いますけど、全員が全員助かるかというと私一人でも限界」
■ハード面の対策にも限界…串本町長 津波の対策は「とれない」
町には高台の代わりとなる「避難タワー」が4か所しかなく、新たに増やすには、数千万円の費用がかかります。
他にも堤防のかさ上げも進めていて、津波の到達時間を少しでも遅らせようとしていますが、ハード面の対策には限界があります。
【串本町 田嶋勝正町長】
「(南海トラフの津波の)対策は僕の口からいうべきではありませんが、とれないというのが現実です」
――Q:住民を無理矢理にでも高台に移す仕組みがあればいいなと思いますか?
「思います。高台には野球場とかグラウンドとかそれも全部下におろしてくる。下は遊ぶ所、寝たりする所は高台だと。最低それくらいしないと、被害を少なくすることはなかなか難しいと思います」
津波の危険と隣り合わせの町が抱える現実。
それでも、命を守るための模索は今しかできません。
(カンテレ「報道ランナー」6月29日放送)