新型コロナウイルスに感染し、自宅で入院を待つ患者をどのようにケアしていくのか。
兵庫県尼崎市では開業医たちが連携して患者の自宅を訪問し、その場で重症化を防ぐための治療を行っています。
地域の医師会と保健所がタッグを組んだ、独自の取り組みを取材しました。
尼崎市医師会の理事をつとめる開業医、原秀憲医師。
通常の外来診療などを行いながら、自宅で入院を待つコロナ患者を往診しています。
この日は、容体が悪い患者のため、患者の自宅に酸素投与の機械を持ち込みます。
【尼崎市医師会 原秀憲医師】
「酸素をできるだけしっかりつけるようにしてください」
原医師が往診する患者の数は4月半ばから急増し、これまでに約50人を受け持ちました。
そのほとんどは中等症以上で、本来ならば入院が必要な患者です。
【尼崎市医師会 原秀憲医師】
「初めのころは、どこまでやったらいいのか、どこまでやるべきなのかという思いはありました。しかし、目の前で苦しんでいる患者さんがいて、何もしないわけにはいかない。開業医で出来る限界をやろうと」
市内の開業医のほとんどが加盟する尼崎市医師会では、去年12月から保健所と連携して、自宅で入院を待つ患者の往診を始めました。
対応するのは市内451の医療機関のうち37の開業医。
往診が必要な患者の自宅に、最寄りの医師が駆けつけます。
原医師は連日、保健所にも出向いて自宅にいる患者の情報を確認し、往診が必要な状態かを判断しています。
【尼崎市保健所の保健師】
「1人、熱発が続いている方がいて。夜になると上がってくるらしくて」
【原医師】
「年齢は?」
【尼崎市保健所の保健師】
「73歳です。特に基礎疾患はなくて」
【原医師】
「けど、年齢がけっこうリスクやね」
尼崎市は、往診にあたる医師を支援するため、1月から補助を始め、4月からは兵庫県が協力金を支給しています。
【尼崎市保健所 感染症対策担当 田原正規課長】
「実際問題、(保健所の)人手にも限界があります。事務的な職員では知識や技能も含めて限界はありますので。先生方の力をもっと借りていく必要があると思います」
【尼崎市医師会 八田昌樹会長】
「一つの災害ですから、この感染症は。保健所との連携はなくてはならない。ただ、あくまでも往診事業というのは入院するまでの時間稼ぎ。軽症で治るならいいが、中等症から重症になる場合もあるわけですから」
■「本当に地獄に仏」医師の往診受けた70歳の男性…妻の感謝
保健所からの要請を受け、原医師が4月半ばに往診した70歳の男性。
入院先は見つかりませんでした。
【原医師】
「これ、(酸素飽和度が)89%まで下がっている。在宅酸素入れますわ。ちょっと酸素マスクをここに届けますわ」
【男性の妻】
「酸素マスク?」
【原医師】
「ここで酸素が吸えるような機械を置きますから。今から手配して、夕方までには。2~3時間以内には届けられると思います」
その場で、酸素投与とステロイドの投薬を始めることを決めました。
【男性の妻】
「もし容体が変わったら、どうしたら…」
【原医師】
「まず、僕の携帯に連絡してもらえますか。携帯に連絡して」
原医師は、深夜や未明にも男性の妻からの連絡を受けて往診を重ね、男性は少しずつ回復していきました。
今は経過観察のため、原医師のもとに通っています。
【男性の妻】
「本当に地獄に仏ですわ。あのときに先生が『(午前)2時でも3時でも悪くなったら来てあげるから、電話しなさい』とおっしゃってくれたでしょ。あの言葉がどれだけありがたかったか。先生寝てはんのかなって」
【男性】
「おかげさんで、こうやって笑って言えるようになったからね、本当に」
【原医師】
「またちょくちょく、元気な顔を見せてください」
■開業医による「往診」…大阪府では議論は「平行線」
入院ができず、自宅にいる患者の重症化をどう防ぐか。
大阪府でも大きな課題になっています。
6月9日、大阪府は病床の確保を進めるとしたうえで、大阪府医師会に輪番制による往診体制をつくれないか要請しましたが、議論は平行線を辿りました。
【大阪府 吉村洋文知事】
「重症化を防ぐという意味では、自宅療養で対応が遅くなると病院に入ってから治療が後手後手になる。医療従事者のワクチンも結構普及してきましたので、そういった意味では往診を」
【大阪府医師会 茂松茂人会長】
「ワクチンが広がっても抗体ができるのが90%から97%としたら、(感染の)リスクがあることも考えると、なかなか直接、自宅療養のコロナ患者のところに行くのは行きにくいのは現状としてある。ただ、オンライン診療では医療を届けています」
大阪府医師会では府内約520の医療機関が、電話やオンラインでの診療に協力し、患者の自宅に解熱剤などを届けています。
しかし、往診をする医師は一部に限られているということです。
【大阪府医師会 茂松茂人会長】
「リスクがあるところを分かっていて、『あんた(往診に)行ってくれる?』とは言えないですよね。(往診が)絶対に必要かと言われたら、それはオンライン診療でと。あとは救急隊を呼んでいただくと」
大阪府医師会では、今年夏ごろに開業医などへの感染対策の研修会を開いた上で、往診の体制が作れるか検討するとしています。
■第4波の教訓…往診に協力する医師を増やすには
6月10日。
尼崎市保健所では、コロナ対策の担当者と往診を担ってきた医師たちが、今後の改善策について話し合いました。
【原医師】
「軽症の方々に医師会員一人一人が、かかりつけ医として関われたら一番いいと思っています」
第4波で尼崎市では一時、入院できず自宅にいるコロナ患者が200人を超え、10人が自宅で亡くなりました。
原医師たちは、重症化を防ぐには軽症の段階から治療する必要があると考えていて、そのためには協力する医師を増やさなければなりません。
【尼崎市保健所 田原課長】
「(第4波で)患者が1日50人、60人出ますので。それだけの方が徐々に徐々に悪くなる。軽症のところから先生方に入っていただいて」
【尼崎市医師会「はせがわ内科」長谷川吉昭医師】
「こっちの体制は考えないといけないですね、今のうちに」
■「整形外科医」が自宅療養の患者を往診…ノウハウを共有
第4波で10人ほどのコロナ患者の往診を行った長谷川医師。
多くの医師に協力を求めるため、これまで培ってきた往診での治療のノウハウを伝えるメールを送りました。
【長谷川医師】
「(他の医師から)在宅酸素は使ったことがないから無理と言われたので、実はそれはできますよと。言っていただけたら教えるし、ノウハウもあるので大丈夫ですよということを投稿しました。自分が診ている患者であれば対応したいとか。これから私もがんばりますとか(返事がありました)」
長谷川医師からの連絡を受け、整形外科の医師がコロナの患者を往診したケースもあります。
「もりもと整形外科」の森本佳秀医師は、かかりつけだった高齢の女性が感染しました。
森本医師は長谷川医師のサポートを受けながら、初めてのコロナ患者の往診を行い、女性は回復したということです。
【森本医師】
「シビアな状態になりはしないかと不安はあったが、何をしたらいいか分からないということはなかった。普段から診ている患者さんで、私自身が一番その方の病状を把握しているということもありました。自分が診ないことで終わるわけじゃないですよね、他の方が診るんですよね。それは先送りにしているだけですよね」
原医師たちは、組織として医師同士の連携を図っていくことで、コロナ患者を診ていない医師でも、協力しやすい状況を作ろうとしています。
【原医師】
「医師会員でも、コロナの患者さんを診ることが特別ではないという意識ができた。組織として市民全体を支えるということが大事。それが安心につながる」
尼崎市の医師会と保健所は、第4波を超える感染の波を想定して、備えを進めようとしています。
(カンテレ「報道ランナー」6月23日放送)