新実キャスターが、ニュースの現場や当事者の思いに迫る「新実取材」。
性的マイノリティへの理解増進を目的とした日本で初めての法律。
一度は与野党が合意したものの、自民党は土壇場で今国会への提出を見送りました。
議論が紛糾したのは『性自認や性的指向を理由とした差別は許されない』という一文です。
慎重な姿勢を示してきた自民党議員と、様々な立場の当事者を取材しました。
「差別は許されない」と書くべきではない? “慎重派”議員の主張
まず話を聞いたのは、自民党が出す法案を審議する会の幹部・西田昌司参議院議員。
LGBT法案に対して、慎重な意見を表明してきた一人です。
【新実キャスター】
「最終的に自民党で議論されていた法案は、『性的指向および性自認を理由とする差別は許されないものであるとの認識の下-』という内容ですが、“性自認”という表現と、“差別は許されない”とまで書くのかというところで、色んな意見があったと思いますが?」
【西田昌司 議員】
「まず“性自認”という言葉が、私は少なくとも初めて聞いた言葉でね。次の条文に性自認とは何か定義を書いているが、要するに、一般の人が分かるのかと」
性自認とは、生物学的な性とは別に「自分の性別をどのように認識しているのか」を示す概念で「心の性」とも呼ばれ、法務省のホームページでも周知が図られています。
多くの人は、心の性と生物学的な性が同じですが、それが一致せず違和感を抱えていたり、性別適合のための治療を望んだりする人もいます。
【西田昌司 議員】
「体は男だけど心は女なんです、体は女なんだけど心は男なんです。そういう方がおられるというのはわかりますよ。ところが性自認(心の性)の話にまでなると、共通の理解が得られていないものを言葉として、法律として使うことは、そもそもどうなんですかということですよね」
『差別は許されない』という文言については…
【新実キャスター】
「差別という言葉の定義はすごく難しいところですが、理念法であっても『差別は許されない』と書くことはすべきではないのですか?」
【西田昌司 議員】
「そうですね」
【新実キャスター】
「理念法であっても?」
【西田昌司 議員】
「そらそうでしょう。そういうことをやっちゃうと、誤った法運用をされるだけじゃなくて、拡大解釈がどんどん起きますよ。『差別をしてはいけない』だけじゃなくて『差別をしている人を罰せよ』ということも含めて、色々なことが出てきますよ」
【西田昌司 議員】
「こういう場合には、この法律は適用されない、こういう人を助けてあげるとか、個別具体的なことの方向性を示すための議論が必要なんですね。そうすると、間違いがなくなるわけですよね。少なくともそういう議論をするべきじゃないかと、自民党で私は申し上げてきたわけです」
法案に、差別を禁止する規定はないものの、拡大解釈が起きると主張する西田議員。
『もっと時間をかけた議論が必要だ』と主張します。
内定取り消し…カミングアウトでいじめ…当事者が直面する差別
一方で、当事者はすでに様々な差別に直面しています。
中尾さん(30代前半)は、女性から男性への性別適合手術を受け、現在は戸籍も男性です。
20代のときの就職活動で、内定が出ましたが、性別変更のための治療中だったことを問題視されて、内定を取り消されました。
【中尾さん】
「『やっぱそうやんな』と思いました。なんかもうね、遠慮しているんですよ。社会に対して自分自身が認められるというベースがないので。悔しいというかは・・・今はめっちゃ悔しいです。振り返ると。『内定取り消されたから何とかしてくれ』というためには、LGBT差別禁止法だったり、ちゃんと法によって禁止されている状態。それがあれば頼ったと思うんですけど、『よくあるよね』という話で流されてしまうことがほとんどなので…」
あきさんとみちさん(仮名・30代後半)は、女性同士のカップルとして15年も一緒に暮らしていますが、職場では理解されないという思いからカミングアウトしていません。
数年前、友人が同僚にレズビアンであることを伝えたところ、嫌がらせを受け自殺しました。
2人はこのことを他人事ではないと感じています。
【あきさん(仮名)】
「頑張ってカミングアウトして、プライベートでも仲良くしたいからという意図もあっただろうし、がんじがらめになって異性愛者を演じることも嫌なんだという意思表示だったかもしれないし、それは個々の考えだからあれですけど。ただ彼女が自死したあとにその会社が、自分たちのちょっとした発言で人が死んでいると思いもしないと思います。やっぱり当事者だけでは、抱えきれないなと思う。例えばこの法律があったとして、彼女がぽろっと(嫌がらせを受けていると)言って、そのときに『法律は守ってくれているよ』って、言えたら良かったなとは、いま…思いますね」
“慎重派”議員は「そういう人を直接知らない」スピードより議論を重視
自民党が性的マイノリティに向けた政策を議論する特命委員会を立ち上げてから、すでに5年以上が経過しています。
【新実キャスター】
「例えば同性カップルの入居が断られるとか、入社試験においてLGBTであることを理由に採用されないということが現にあります。これを今なお許している法体系に穴はないのでしょうか?」
【西田昌司 議員】
「だからここはね、時間がかかるでしょうね。だってスピードを優先しちゃうとさ、寛容の精神よりも『差別があってはならないし許されない』という話になっちゃう。そうじゃなくて、理解してもらおうと思ったらね、だって、私たちだって知らないんだから。そういう人たちを。だって普通、僕も六十数年生きているけども、あんまりそういう人を直接知らないわけよ。私自身」
【新実キャスター】
「国会議員の皆さんは、社会の縮図であってほしいし、あるべきだという風に思う反面、こういった議論においては、むしろ議論を先導して頂きたいなという風に思います。その中で、例えば、西田さんが、性的マイノリティの人とこれまで会ったことがないとか、性自認(心の性)という言葉も今回初めて知ったと率直におっしゃいましたが、スピード感じゃないんです、拙速になってはいけないんですというのは重々理解するんですが、本当にどこまで知ろうとしている方たちが議論をしているんだろうかという不安感はちょっと覚えました。法的なロジックは、西田先生のおっしゃることはすごく理解したんですが、どこまで本気で向き合っていらっしゃるのかというのは、やや私は不安です」
【西田昌司 議員】
「そういうのはちょっとね、言葉が過ぎると思うね。あなたの言い方は。どこまで本気でやっているんだろうと言い方されると、本気でやっているからここに来たんだから。訂正したほうがいいですよ、あなたは。本気でやっているから、この議論は廃案にするんじゃなくて、党内で議論をかけて。そして持っていくべきじゃないかと言っているんですよ。私が直接そういう人を知らないからあれだけど、また、部会でそういう人が来た時にお話し聞くことにしましょう」
知らないことで生まれる“分断” 懸念する当事者も…
性的マイノリティについてよく知らない人が多い中で法律が出来ると『分断が生まれるのでは』と、懸念している当事者もいます。
【小川弦之介さん(33)】
「人間って自分の知らないものとか目に見えないものって、怖いとどうしても思ってしまうと思うので、そこの気持ちは理解できます」
小川弦之介さん(33)は、生まれたときの体の性は女性でしたが、「心の性」は男性。
幼いころから“女性”として生きることに違和感を抱えていました。
制服や水着、身体測定など、「体が女性であること」を自覚するたびに心が折れて、自分が何者かわからないような感覚だったと言います。
【小川弦之介さん】
「人じゃないな、というのが本当に…言葉で言うなら。『人間じゃないなぁ』と思いながら結構、精神的にも追い込まれる感じ」
高校2年のときに、勇気を出して母親に打ち明けましたが、「中性的に育てたから…思い込みでは」などと言われ、すぐには受け入れてもらえませんでした。
【小川弦之介さん】
「逃げ道が完全にないから、向き合うしかある意味方法はないけど、向き合うだけの気力も残っていなかったし、初めて自殺を考えたり、行動にうつしてみたりは当時ありましたね。僕自身は自分のことなので、ずっと持ってきていることなんですが、周りからすると話を聞いた日がスタートなので。それに対して考えている時間とか、そこにかけている思いには絶対ずれが生じる。それは当事者と非当事者の差なので」
性的マイノリティについて知ってもらうことは、とても大切だと考えています。
一方で、理解や関心のない人が多いまま法律が出来てしまう怖さも感じるといいます。
【小川弦之介】
「法律だけ先に出来ても、結局反発する層が増えたり、そこの意識が過熱するだけじゃないのかなと、ある種の怖さは持っています。『LGBTという単語をみるのがもう嫌。どこのテレビ局もそういうのばっかり取り上げるから、ほとほとうんざりしている、何をいまさら急に』みたいな。その意見が増えると…ますますやりづらいのかなと。別に僕は恩恵がほしいと思っていない。助けてほしいとも。みんなが普通にしていることを出来たらいいと思う」
理解を深めるための法律が、無理解を理由にとん挫
西田議員も弦之介さんと同じように『社会の混乱や分断を懸念している』と話します。
【西田昌司 議員】
「結局、LGBTに対して反発が起こるし、残ってくるでしょ。そのことは結果的にLGBTの方にとっても良くないわけ。いがみ合うような形にならないようにするためには、どういうことかというと、受忍と寛容なんですね。お互いが受忍しなければならない、我慢しなければならない」
社会の理解を深めるための法律が、社会の無理解を理由に、とん挫する。
この状況を私たちはどう受け止めるべきなのでしょうか。