大阪ミナミに誰もが自由に弾くことができるピアノがあります。
廃校になった小学校のピアノを修復し、設置されることになったのですが、人々が奏でる音色には様々な思いが込められていました。
大阪ミナミの中心部。その一角にグランドピアノがあります。
その音色に、街行く人が立ち止まります。
ミナミの真ん中で、誰でも自由に弾くことができる「ストリートピアノ」です。
81歳の男性は、自分で作った曲を披露しました。
♪「湧玉池」吉田雄臣
おととし訪れた、富士山の「湧玉池」の美しい風景を表現しました。
曲は去年完成しましたが、これまで人前で披露する機会がありませんでした。
長年、ピアノ教室を営んできた男性。生徒の減少もあって教室をたたみ、いまは自分らしい音楽を追及しています。
【男性】
「歳いってきましたから、なりふり構わず」
【男性と長年連れ添う女性】
「今までやったら、いろいろと弾く場所もあったけど、こういうところってなかなかないからね」
「やっぱりいいなと思って。音楽は好きやからね」
様々な人が弾くようになったこのピアノは、長い時間を経て、ストリートピアノに生まれ変わりました。
ミナミの真ん中に建つ、大型の商業施設。
この場所には、26年前に閉校した精華小学校がありました。
ピアノはこの校舎で、その音色を響かせていました。
そして、2013年に校舎が解体されるとき、埃をかぶった状態で見つかりました。
ピアノを引き取ったのは、小学校の卒業生で、地元の自治会の会長をつとめる徐正莱さん(69)です。
【精華小学校の卒業生・徐正莱さん】
「僕は音楽の成績が悪かった。音楽のときに、このピアノの前で歌う試験があった。僕は一言も発声せえへんかった。だけど音楽は好きで。ゴミとして捨てられへん」
新型コロナウイルスの影響で、かつての活気を失ったミナミの街。
徐さんが店を構える地元の商店街でも2割近くが店をたたむ中、もう一度、ピアノの音色を街に響かせたいと思いました。
【精華小学校の卒業生・徐正莱さん】
「それがきっかけでコロナがどうこうなるわけじゃないよ」
「僕らのピアノで、少しでも安らぎがあったらいいなと」
地元の自治会や企業の協力を得て、修復されたピアノ。
3月下旬にミナミの商業施設に運び込まれました。
【精華小学校の卒業生・徐正莱さん】
「ちょっと座ってみようかな」
「良い、良い」
「ミナミのストリートピアノ」を、どんな人たちが弾くのでしょうか。
3月29日。近くの駅に行こうとして道に迷い、ピアノを見つけた、女子高校生。
♪「See You Again」Wiz Khalifa
久しぶりに好きな曲を演奏しました。
部活は柔道。コロナで大会がなくなり練習も満足にできない状況です。
高校2年の部活は、「全然何もできなかった」と話します。
【ピアノを弾いた女子高校生】
「私はいつも、自分が追い込まれたときとかに、気分転換でピアノ弾くんですよ」
「全部嫌なことを忘れられるし、聞いている人も音色がきれいやったら、気が楽になるんかなって思いながら」
同じ日、ピアノの前で、待ち合わせをしている親子がいました。
久しぶりに家族みんなでご飯を食べようと、ミナミにやってきました。
【母親】
「息子が20歳の誕生日で。せっかくの節目の誕生日なので、夫の仕事が終わるのを待っているところです」
「みんな学生で大きくなってきているので、家族で揃うというのが、本当に今回まれで」
20歳の誕生日を迎えた息子さんが、両親に向けてピアノを演奏します。
♪「I LOVE YOU」クリス・ハート
コロナ期間中に練習していたという曲。久しぶりの演奏でミスもありましたが、思いはしっかりと伝わったようです。
【母】
「よくがんばりました」「緊張したね。聞いている方が緊張したわ」
【父】
「出だしはよかったんですけど、後半が…(笑)でもね、いい記念になりました」
4月9日、ピアノが設置されてから2週間。ひとりの女性がやってきました。
このピアノを修復した女性です。
音の状態がどう変わっているか、気になっていました。
【ヤマハピアノサービス 仲村知香子さん】
「どうなるかなと思っていたので、がんばってくれているなと。ちょっとご老体なので」
このピアノが作られたのは、60年前。
現代のピアノとは設計が違い、その音色を再現するためにできるだけ当時の部品を残し、1カ月かけて隅々まで修復しました。
【ヤマハピアノサービス 仲村知香子さん】
「ピアノの音は変わっていく。この環境にどんどんなじんでいって、みんなで作り上げた音になると思いますね
♪「時代」中島みゆき
時代のうつろい、そして、いまのコロナの影響。
いろいろなことがある中で、みんなが聞いて心が和らぐ曲が弾けたらと思い、演奏しました。
ミナミで国際貨物を扱う仕事をしてきた女性。
30年近く、この街と生きてきました。
【ピアノを演奏した女性】
「沈んでばかりもいられない。そんなときに音楽を聞いたら、なんとなく元気になれるので」
「ミナミらしさというか、元気な感じ、活気がもとのように戻っていったらいいなと思います」
様々な思いを乗せて。
ミナミのストリートピアノはその音色を響かせています。