大阪府堺市で、3歳の長男、1歳の次男と暮らす辰島さん夫婦(仮名)。
このリビングには、最近まで長男の姿はありませんでした。
ことの発端は、2019年12月26日深夜のことでした。
【辰島陽子さん(仮名)】
「子供らと一緒に寝て、起きたら、起き上がれなくて。髪の毛引っ張られているというのがそれで分かったんで…」
【陽子さんの夫】
「髪の毛をつまんだというか引っ張ったりして、なかなか取れなかったか。すっと抜けたような形で取れた」
【陽子さん】
「朝起きて、首に痕が残っていたんで、こんだけ首に巻き付いてたんやなと分かった」
陽子さんは、長男が痛がる様子もないことから、病院を受診するようなケガではないと判断。
いつも通り保育園に連れて行き、けがの状況と原因も伝えました。
その日の夕方、保育園に迎えに行くと、なぜか長男の姿はありませんでした。
そして、耳を疑う事実を告げられます。
【陽子さん】
「『安全性分かるまで一時保護しました』と言われて、パニックになって。自分で(故意に)したなんてまずないし。いきなり保護されているのが受け入れられなくて。その場で泣き崩れてしまった。急に親と離れて(長男の)精神状態大丈夫かなって心配で心配で」
長男に面会したいと何度も求めましたが認めてもらえず、居場所すら教えてもらえませんでした。
それから約1カ月後、児童相談所に呼び出され、方針が伝えられました。
―児童相談所職員―
医師の鑑定の結果は、就寝中に髪の毛が巻き付いたことによるものとは考えられないというものでした。施設に入所させる方針です。
【陽子さん】
「え?ってなって。そんなん髪の毛以外ありえないし…」
虐待を疑われたと感じた辰島さん。
このとき、児童相談所から「施設への入所に同意すれば、会うことができる」と説明されたといいます。
【陽子さん】
「(同意すれば)会えると言われて、会いたくて。同意してもいいんじゃないかと思っていたんです。会えるなら会いたいから。でも、してないことに同意して、ずっと指示に従うのはおかしいので」
■両親の依頼で鑑定した法医学者…海外で同様の“症例”も
自分たちで事故だと証明するしかない。
そう考えた夫婦は鑑定をしてくれる法医学者を探し出しました。
鑑定を引き受けたのは、大阪医科大学の鈴木廣一名誉教授。
鈴木教授が調べると、海外で同じような症例が報告されていると分かりました。
その症例とは、「ヘアターニケット症候群」です。
【大阪医科大学(法医学)・鈴木廣一名誉教授】
「海外論文にそっくりの写真があるわけですよね。これに間違いないじゃないかと。私らも(ヘアターニケット症候群を)知らなかった。お母さんがパーマ、カラーリングしてますので、髪の毛の表面の摩擦係数高くなり、絡まりやすくなる」
【大阪医科大学(法医学)・鈴木廣一名誉教授】
「ファスナーにひっかかって、寝返りを打った時にギュッとしまったんだろうと思います」
――Q:窒息のリスクは?
「ほぼないと思います」
2020年2月末、鈴木教授は、児童相談所に連絡して職員と面会。
自らの鑑定結果を伝えました。
しかし、2020年3月、児童相談所は長期の施設入所を求めて、家庭裁判所に審判を申し立てました。
辰島さんは、その後も長男との面会は認めてもらえず、親子が初めて面会したのは、2020年5月の長男の3歳の誕生日でした。
一時保護開始から5カ月近くが経っていました。
■5カ月ぶりの親子の再会、しかし…「ママって来ない」
最初の親子の面会の日、陽子さんは長男の目をじっと見つめて名前を呼びました。
しかし、長男はまったく目を合わせてくれなかったといいます。
【陽子さん】
「全然寄ってこない。ママって来ない。その日が3歳の誕生日で、私も手作りでアルバム作ってもっていった。前までは家族写真を見て『ママ、パパ』と言っていたけど、自分のことしか分からなくなっていたんです。私の顔でママと一致ができなくなっていて、覚悟はしていたけど、すごいきつくって…」
この日の面会時間はわずか30分。
持ってきた誕生日ケーキを直接渡すことも認められませんでした。
約5カ月ぶりの親子の面会から2週間後、家庭裁判所で審判が始まりました。
2020年5月、最初の審判日では、次のようなやり取りがありました。
【裁判官】
「わずか3歳の子が5カ月間も両親と会えず、一度の面会しか行われていないことに問題はないのか?」
【児相側弁護士】
「経験上、問題ない」
【夫婦側弁護士】
「家族との愛着関係に問題が生じてしまっていることから、出来るだけ手続きに時間をかけずに進めたい」
【児相側弁護士】
「手続きを急ぐと、こっちが勝っても負けても、そっちが勝っても負けても、結局、十分な審理がされなかった以上、抗告して時間がかかることになる」
このやり取りを聞いていた陽子さんは、「勝ち負けの対象に長男をしてほしくない」と感じたといいます。
2020年7月、裁判所は、早く保護が解除できるよう「長男を祖父母の家に戻す」ことを提案。
辰島さん夫妻は「一番早く戻ってくる方法なら仕方ない」と承諾し、児相が申し立てを取り下げ、審判は終了しました。
その後、児相は祖父母の家から自宅に戻すまでに準備の時間が必要だと主張。
長男が自宅に戻ってきたのは2020年12月、保護から約1年が経っていました。
【陽子さん】
「児相が関わったというのはずっと残る。急に周りの目が変わる。この家庭は虐待してたんちゃうかと見られるのが分かるので。そうなったら、分かってもらえなくてもいいけど…。そういう世の中になってしまっていると感じる」
■鑑定した医師も“違和感” 児相の対応なぜ?
はたして、1年にわたる親子分離は必要だったのでしょうか?
児相の依頼で鑑定を行った医師のもとをたずねました。
【和歌山県立医科大学(法医学)・近藤稔和教授】
「あくまでも一般的に考えて、寝ている状況でこれだけ痕がつくのが極めて確からしくあるのか、というのが法医学的判断。可能性として考えにくい、ということにはなる」
しかし、長期の施設入所の審判に至っていると聞いた近藤教授は、審判が始まる前に児相に直接「違和感」を伝えたといいます。
【和歌山県立医科大学(法医学)・近藤稔和教授】
「アクシデントか故意かわからないというのが一つのキーワード。僕は始めから故意とは言ってない。この事案に関しては早く帰す方向がいいんじゃないかと思ったから、児相と僕で話をしたのは確かやね」
児相側の鑑定医からの忠告があったにもかかわらず、なぜ児相はすぐに長男を戻そうとしなかったのでしょうか。
堺市の児童相談所が取材に応じました。
【堺市子ども相談所・菅原誠所長】
「一度預かっているのに、帰してもう一度ケガをするとものすごい勢いでマスコミから批判を受けます。次にお子さんを帰すときは前よりも安全性高まっている確証がいるんですよね」
――Q:事故の可能性が十分にある事案で、ずっと親子分離していいんですか?
【堺市子ども相談所・井上直子参事(前所長)】
「ずっと親子分離するつもりない。(面会も)早くできるならやりたいと思っているのも事実です」
――Q:2歳の子を5カ月近く親に会わせない理由がどこにあるんですか?
【堺市子ども相談所・井上直子参事】
「会わせないというより、会うためにお互いにそこまでの話ができるところまで歩み寄れなかった」
――Q:5ヶ月近く会わせなかったということに理由はあるんですか?】
【堺市子ども相談所・菅原誠所長】
「とらえ方になるんですけど…。5ヶ月かかってしまったということですね」
5か月近くの面会制限、そして1年にわたる親子分離がなぜ必要だったのか、何度質問しても明確な答えはありませんでした。
【陽子さん】
「1回保護されているだけに、またケガしたら連れていかれるんじゃないかという不安はずっとあります。こんなに離される必要があったのかなと思いますね」
二度と戻らない、家族が一緒に暮らせなかった1年。
いったい「誰のため」の保護だったのでしょうか。
(カンテレ「報道ランナー“特命報道ツイセキ”」2/11放送)