大阪市住之江区の特別養護老人ホーム「加賀屋の森」
入居者と職員が屋上に集い、童謡を歌うなどして昼下がりのひと時を過ごしています。
そんな中、一緒に交じって遊んでいる一匹の犬がいます。
ここで一緒に暮らしている、柴犬の庵(いおり)ちゃん(メス 5歳)です。
特別養護老人ホームは、体の機能が衰えたり認知症があったりして、日常生活全般で介助を必要とする高齢者が生活するところ。(原則 要介護3以上)
いおりちゃんはこの場所で、とても大切な存在として、いつもそばにいます。
【入居者の女性】
「いおり元気か、風邪引かんように遊ばんといけんぞ」
【入居者の女性】
「いおりちゃん、いおりちゃん、賢いね」
いおりちゃんが共用のリビングスペースに遊びにくると、入居者たちの表情が変わります。
【矢部賢太施設長】
「入居者さんには認知症の加減で落ち着きがない方であったりとか、そういう方にいおりちゃんとかが行くことによって、すごく穏やかに過ごすことができるかなと思います」
現在、新型コロナウイルスの影響で、入居者と家族の面会は認められていません。
【入居者・宮みどりさん】
「いおりちゃん来てくれた。こんにちは、いおりちゃん。宮さんこっちやで」
【職員・鬼頭りささん】
「コロナじゃなかったらお孫さんね…」
【入居者・宮みどりさん】
「そうよ本当にね、来られへんやん、今はな」
【職員・鬼頭りささん】
「(いおりちゃんが)いなくなったらまた寂しいですよね?」
【入居者・宮みどりさん】
「そらそうや、考えられへんわ」
入居者の家族も、いおりちゃんに感謝しているといいます。
【入居する髙橋榮さんの息子夫婦】
「もうね、1年ちょっと会ってないんですよ。動物大好きですから、うちにとってはホームランバッターぐらい効果が。助けてもらってます、いおりちゃんに」
【入居者 髙橋榮さん】
「猫もわんちゃんも好きです」
■もし入居者噛んだら…実現までには反対する声も
いおりちゃんは、ここで4匹の猫と一緒に暮らしています。
世話をしている職員は、介護士でありながら、犬のトリマーとして働いていた経験があり、訓練士などの資格も持っています。
【職員・鬼頭りささん】
「やっぱり動物なので毎日きれいにしとかないと、匂いがこもってしまうので」
いおりちゃんの部屋に、入居者の女性が会いにきました。
いおりちゃんが巻いている首飾りを作って、プレゼントしてくれる人です。
【入居者・乾多恵さん】
「いおりちゃん、きれいな目ですね。この首輪っていうの、いくつもいくつも作ってあげたいんですわ、この子にね」
入居者と動物が一緒に生活している特別養護老人ホームは、西日本ではここだけです。
運営するグループの理事長がかねて思い描いていた光景でした。
【社会医療法人三宝会・三木康彰理事長】
「施設というよりは普通の家庭環境を目指してるんですね。当たり前のようにペットがいてとか、ペットって本当に人以上にその人を癒す力があるんじゃないかなと僕は思ってます」
それを実感したのが、趣味のトライアスロンのレース中に大けがをした時だったといいます
【社会医療法人三宝会・三木康彰理事長】
「病室に(飼っている)猫を連れてきてもらって、猫をなでるだけで痛みが減ったような気がしましたね。心の痛みじゃなくて体の痛みにも効果があると思いますよ」
いおりちゃんが、それまで飼われていた別の施設からやって来たのは3年前。
迎え入れるにあたっては、反対する声も多かったといいます。
【矢部賢太施設長】
「かなり難航しました。衛生面であるとか、もし利用者さんを噛んだ場合、けがをさせた場合、どう責任を取るんだと職員から色んな意見が出て、難航したのは事実あります」
当時、国内で唯一、入居者と動物が一緒に暮らす神奈川県の特別養護老人ホームへ視察に行き、さらに職員へのアンケートや説明会を行って、実現にこぎつけました。
いおりちゃんを迎えて、看護部長という立場から反対していた職員の考えも変わっていきました。
【藤田恵子元看護部長】
「(反対の意見を)かなり伝えましたね」
【矢部賢太施設長】
「毎日夜遅くまで議論させていただきましたね」
【藤田恵子元看護部長】
「家族さんが『うちのおじいちゃん嫌いやから犬猫は』って言ってた人が意外とね、いい関わりができたりとか、触ろうとして手を伸ばしはるんです。それを見てて『あれ、これリハビリなるやん』というようなことが発見できたりして、よかったんかなあと」
■いおりがいるから「ここで働きたい」・・・職員にも癒しを与える存在
日々、介護の仕事に取り組む職員にとっても、いおりちゃんの存在は大きな支えになっています。
【職員 藤田梨加子さん】
「休憩入ります」
昼休みに職員が向かったのは、動物たちの部屋です。
【職員 藤田梨加子さん】
「利用者さんももちろんなんですけど、職員にも癒しの存在なので、私もだいぶ救われてます」
いおりちゃんが「加賀屋の森」にいることが志望動機になったという職員もいます。
【職員・桂菜摘さん】
「元々動物の学校でアニマルのセラピー活動をしてて、いおりちゃんがふれあい活動をしてるっていうのを学校で聞いて、ここがいいなと思って、ここにアルバイトから入ってそのままここで働いてます」
これから介護士の資格を取るということです。
いおりちゃんはなんと求人にも力を発揮していました。
節分の日、いおりちゃんも鬼のお面を付けて、イベントに参加していました。
施設には賑やかな声が響いていました。
「鬼は外~!」
「参りました~」
高齢者と動物が共に暮らす新しい形。
いおりちゃんは家族の一員として、たくさんの笑顔をもたらしています。
(カンテレ「報道ランナー」2/10放送)