■雄たけび、クラクションが鳴り響いた日
支局のビルから外へ出た瞬間、盛大に鳴り響く車のクラクションが耳に飛び込んできた。
1台、2台というレベルではない。大通りを走る全ての車が鳴らしているような騒々しさで、隣の人との会話もままならない。少し歩くとホテルのドアマンやレストランのウェイターが両手を突き上げ、「ウォー!!」っと雄叫びをあげている。
平日の正午前、どの人も制服姿で仕事の真っ最中だが、叫ばずにはいられないといった様子で感情を爆発させていた。集計をめぐる混乱で膠着状態だったアメリカ大統領選挙。投票日から4日目を迎えた11月7日、次の時代へ向けて事態が一気に動き出した。
例年であれば選挙当日の特番に合わせて日本から多数の取材班が入るが、今回は新型コロナの影響で応援はゼロ。DC、NY、LAの北米支局のみで対応することになり、自分たちLA支局クルーは、首都ワシントンD.C.でホワイトハウス周辺の取材にあたった。
■ワシントンD.C…喜びを爆発させた、バイデン支持者たち
7日の正午前、「バイデン氏勝利が確実」とメディアが一斉に速報で伝えると、大通りはいつの間にか人で溢れ歩行者天国となり、その波がホワイトハウス前に向かっていく。あっという間に数千人ほどが集まって、歌い、踊り、野外フェス会場のような盛り上がりとなった。「民主主義を取り戻した!」「暗黒時代の終わりだ!」と声を上げる人たち。若者もお年寄りもいる。その景色を見てちょっと泣きそうになった。いや、正直ちょっと泣いた。
ワシントンD.Cは元々「反トランプ」が多い土地柄、こうなることは予想されていたし、自分自身、特別どちらかを支持していたわけでもない。それでもアメリカの人たちが「自分の国をこうしたい!」という思いを選挙にぶつける熱量、そして「自分の一票が歴史を変えた!」と喜びを爆発させる姿に感動した。日本の選挙ではこんな場面見たことがない。
■74歳・病み上がりとは思えぬバイタリティー
自分の庭先でこんな騒ぎが起きて、トランプ大統領はさぞ怒っているだろう、すぐに会見でもして「バイデン当確報道」に反論するだろうと思っていたら、連日ゴルフへ繰り出していた。その表情を捉えようとホワイトハウス前で待ち構えていると、車の中から笑顔で手を振っていた。
かと思えばツイッターで「選挙に不正があった!」「勝ったのは自分だ!」と怒りの投稿を連発し、裁判を起こしまくった。そして今も主張を曲げていない。つくづく、トランプ大統領というのは嵐を呼ぶ人物だった。新型コロナが広がる中でほとんどマスクをせず散々議論を呼んだ挙句、選挙直前に自身が感染。「これはひょっとしたら・・」と最悪の事態を想像して震えたが、わずか数日で退院して選挙キャンペーンへ復帰、エアフォースワンで全米を飛び回った。74歳・病み上がりとは思えぬバイタリティーに驚愕した。
■マスクの有無も…まるで「国が違うように」状況変わるアメリカ
2020年のアメリカはよく「分断」という言葉で表される。負けたとはいえ、投票者数の約47%・7400万人以上がトランプ大統領に入れたということがそれをよく示している。今年は大統領選や新型コロナについて報道ランナーで何度も中継リポートをしたが、「アメリカは今どういう状況でしょうか?」と聞かれるのが一番困った。「えーっと、アメリカと言っても場所によって国が違うかのように状況が変わりますけど・・」とつい言いたくなった。
この半年、アメリカは「トランプ支持者が多い土地か」、「バイデン支持者が多い土地か」で全く雰囲気が違っていた。象徴的だったのが、マスクをする・しない問題だ。「トランプ支持者はマスクをしない」、「バイデン支持者はマスクをする」割合が多かった。選挙活動のやり方も真逆で、「バイデン集会はバーチャル、もしくは車の中から演説を聞くスタイル」だったが、「トランプ集会は数百人が密集してライブのように盛り上がるスタイル」だった。
トランプ集会を取材すると多くの支持者が喜んでインタビューに応じてくれるのだが、トランプ愛を熱く語るうちに興奮し、マスクをしないままどんどんカメラに近付いてくる人もいて、コロナの状況下では正直恐怖だった。
■「とにかく早く日常が戻ってほしい」
「感染を止める」という目標に向かって一つになれなかったアメリカ。マスクにしても「まあとりあえず収まるまでは着けといたらええやん・・」と思うのだが、「共和党が」「民主党が」となってまとまらない。今も感染者数約1700万人、死者30万人超と世界最悪を突き進んでいる。新型コロナが大統領選挙の年だったことは、アメリカ最大の不幸だったかもしれない。
投票日前日、ワシントンD.C.ではレストランも薬局もホテルも、みんなガラスを木の板で覆う作業に追われていた。どちらが勝っても暴動になって店が破壊される恐れがあるからだ。夫婦でレストランを営む女性は、自分の店が板で覆われていく様子を見つめながら「4年前の選挙では誰もこんなことしなかった」と苦笑いを浮かべた。「この選挙にどんなことを望みますか」と聞いてみると「どっちが勝つにしても、とにかく早く日常が戻ってほしいです」と返ってきた。全てを表している言葉だと思った。