新型コロナウイルスの影響で延期となっていた障がい者スポーツの大会が、10月3日に京都で開かれました。
無観客の代わりに、試合をライブ配信するという新たな試みに、選手そして家族はどんな思いで臨んだのでしょうか?
5か月延期された全国大会…「無観客」で
下半身に障害のある選手が、上半身の力だけでバーベルを持ち上げ重量を競う、パラ・パワーリフティング。
10月3日の土曜日、新型コロナウイルスの影響で約5か月延期になっていた全国大会が開催されました。
無観客での開催となったこの大会に家族への特別な思いを持って挑む選手がいます。
49キロ級の西崎哲男選手(43)。
【西崎さん】
「(家族は家で)見るとは言ってくれてたんで、その辺はそれを感じながら頑張りたいと思います。自己ベストを1キロでも更新できればなと」
自身の日本記録をかけ、試合に臨みます。
交通事故で脊髄損傷…パラ陸上の経験も
商業施設の空間デザインなどを手掛ける、乃村工藝社で働く西崎選手。
仕事場のすぐ隣には西崎さんのためのトレーニングルームが完備されています。
鍛え上げられた上半身。
その背中には、大きな傷が。
西崎選手は、今から19年前、交通事故で脊髄を損傷。
腰から下は動かなくなり、感覚もなくなりました。
事故の後、陸上競技に打ち込んだ西崎さん。
その最中、5年に及ぶ不妊治療が実り、娘の凜ちゃんが誕生。
そこで大きな決断をしました。
【西崎さん】
「陸上してるときって、5時から5時半まで働いて、そこから移動して、2時間くらい走って、毎日家に帰るのが9時過ぎとか10時くらい。「娘の成長をみたいな」と思って、陸上競技っていうかスポーツを全部やめました」
しかし、東京パラリンピックの開催が決まった一報を聞き、気持ちに変化が生まれました。
「かっこいいパパ」の姿を娘に見せたい。
東京での開催…娘に雄姿を見せたい
【西崎さん】
「娘の年齢を考えたら、2020年には9歳になってるから、「自分のお父さん頑張ってるなとか思ってくれるのかなぁ」と思って、競技(パラ・パワーリフティング)をはじめましたね」
競技を始めてからわずか3年でリオパラリンピックに日本代表として出場し、今年2月の全日本選手権では135.5キロの日本記録をマーク。来年の東京パラリンピックへの出場が期待されています。
自粛期間中も…原動力は「娘」
娘の凜ちゃんは、9歳になりました。
大会の一週間前のある日、気分をリフレッシュさせるため、生まれ故郷、奈良県天川村を訪れました。
新型コロナウイルスの影響で、トレーニングルームに行けず苦境に立たされた時も、原動力は凛ちゃんでした。
【西崎さん】
「自宅のトレーニングを一緒にしてました。ゴム使って引っ張ったりとか。ベンチのホームの木の棒をシャフト代わりにしてそこに乗ってくれたりとか」
その時の気持ちを西崎さんが凛ちゃんに聞いてみると…
【西崎さん】
「(パパトレーニングは)楽しかった?」
【凛ちゃん】
「…普通」
カメラの前ではちょっぴり恥ずかしがりやな凛ちゃん。
取材記者からもインタビューさせて頂きます。
――Q:来週の試合でパパのどんな姿を見たいですか?
【凛ちゃん】
「…かっこいい姿」
――Q:では、エールをお願いします
【凛ちゃん】
「頑張って」
【西崎さん】
「頑張ります」
(やっぱり恥ずかしい…と顔を隠す凛ちゃん)
感染対策で「無観客」…応援は動画配信で
屋内で、障がい者スポーツの全国大会が開催されるのは、新型コロナウイルスの感染拡大後、初めてです。
大会前日、運営スタッフはアルコールの準備や、アクリル板の設置など、感染予防対策に追われていました。
(運営スタッフ)
「(検温の)ピッてやるのはどうやるんや?」
「これなら車いすの人は座って検温できる」
感染対策を実施しての開催準備には初めての経験も多く、試行錯誤しながら進めていきます。
【日本パラ・パワーリフティング連盟 吉田進 理事長(70)】
「パラスポーツは、色んな障害を持った人がいますから、もしコロナにかかると重症化するリスクは確かにあるんですね。やっぱり危険性をゼロにするためには無観客しかないだろうと」
無観客での開催…それでも多くの人に、選手の競技を見てもらうため、配信準備に力を入れます。
大会当日、1人で試合へ臨む西崎選手の元に、ある動画が。
【凛ちゃん】
「フレーフレーパパ。がんばれがんばれパパ。家で応援してるよ。頑張って!(チュ)」
メッセージ動画の最後は、画面に近づいての「チュ」
西崎さん、思わず笑顔になります。
【西崎さん】
「可愛いね」
試合前の緊張もほぐれた様子、メッセージ動画から「新たな目標」も加わったようです。
【西崎さん】
「記録を延ばせば、またチューしてもらえると思うんで。そのために頑張ります」
画面越しでの応援…日本記録に挑む
会場には、選手とスタッフだけ。
ただ、カメラの向こうでは…。
選手は、通常、3回のみバーベルを上げるチャンスがあります。
胸の上で一瞬止めて、まっすぐ平行に上げることが出来れば成功です。
1回目の130キロ、2回目の134キロを、難なくクリアした西崎選手。
自身の持つ日本記録更新を狙い、136キロに挑んだ3回目…
完璧に成功しました。
【妻・かほりさん】
「うー、良かったぁ…」
自宅での応援でも、緊張するのは同じ。
成功した瞬間、それまで呼吸するのも忘れていたかのように、妻のかほりさんは大きな息を吐きました。
【妻・かほりさん】
「パパにチュッチュしなあかんな」
【凛ちゃん】
「やぁだ」
【妻・かほりさん】
「ご褒美で…」
【凛ちゃん】
「やだ」
その後、記録更新を狙う選手のみが挑戦する4回目でも成功。
138キロの日本新記録を樹立し大会を終えました。
来年の「東京」で、娘に雄姿を見せたい
パパの大活躍に、家で待っていた凛ちゃんは…。
【西崎選手】
「どやった?」
【凜ちゃん】
「良かった」
【西崎選手】
「多分1人だと、こんな状態、(東京パラリンピック)延期とかなったら気持ちがおそらく切れてた。凜もいてたからそのまま気持ちが切れることなく、できたと思うし、その結果、ちょっとではありますけど、記録が更新できたことに対してはすごいありがたいなと」
来年の東京パラリンピック。
10歳になる凜ちゃんに、パパの勇姿をみせるため。西崎選手の挑戦は続きます。