新時代の広告? なぜここにQRコード
朝の通勤、待っていた地下鉄が駅のホームに入って来る。ふと、変なものが目の前を通過したような気がした。
よく見ると車両の扉のガラスにQRコードが貼ってある。
何かのWEBサイトにつながるのか?最近はQRコードで商品サイトに誘導する広告が増えている。でもこのQRコードは広告のような文言もなく、単体で貼ってある。スマートフォンを構えようとするが、扉が開くと逃げるように戸袋の中に隠れてしまった。
バカにされたような気がした。いや乗ってから車内で読み取ればいい。
車内に入って扉が閉まる。さあ読み取ろう…何と、内側は真っ白で読み取れない。
この広告はどこまで私をバカにするのか。「このモヤモヤで、中身を知りたいという欲望を掻き立てるんですよ」。スカしたプランナーが新たな広告戦略をドヤ顔でプレゼンする光景が目に浮かぶ。
真相を、神戸市交通局に聞いてみる。
設備担当者によると、このQRコードは広告ではないという。
そもそもQRコードを使った広告は、車内や駅の通路・階段では掲示しない。乗客が変なところで立ち止まったり、スマホをかざしたりすると危ないからだ。
QRコードが車掌さんを手助け?
広告でないのなら、これは一体何なのか…。
担当者は「車両扉とホームドアの開閉動作を連動させるシステムに使用しています」と明かしてくれた。
神戸市営地下鉄は2018年、西神・山手線の三宮駅にホームドアを設置している。車掌は車両扉とホームドア両方の開閉操作をする必要があったが、このシステムがあれば車両扉の開閉だけでホームドアも一緒に動く。このシステムは2020年3月に設置され、担当者は「車掌の負担軽減とホームドアの操作忘れのリスク低減が実現しました」と胸を張る。
仕組みはこうだ。ホームの天井にカメラ3台を並べたスキャナーを設置。
これが1つのホームに3カ所ある(2・3・5号車中央扉付近)。
車両がホームに入ると、スキャナーの真下にQRコードを貼った扉が来る。
来ないなら、ホームドアと車両の扉の位置が合っておらず停止位置が違うことを意味する。
正しい位置に止めて車両の扉を開けると、貼ってあるQRコードも動くので、その動きを検知してホームドアも開くのである。
このシステムを導入するのは関西では初となる。
システムの導入に当たって車両の改造は不要、ただシールを貼るだけである。駅の方は工事が必要で、導入費用はホームドア本体の改修費用を含め約6000万円とされる。高い買い物にも見えるが、実はこの手のシステムの中では格段に安上がりなのだという。
こんなことまでできるのか…驚きの最新技術
開発したのは東京都交通局と「デンソーウェーブ」。今や世界中に普及するQRコードを発明した会社だ。
広報担当者によると、一般的なQRコードは全体の30%まで欠けたり汚れたりしても読み取れるが、鉄道車両は屋外を走るので、汚れ・はがれだけでなく、日陰・逆光・雨粒の付着という悪条件もある。このためデンソーウェーブは50%まで欠けても読み取れる、「tQR」という特殊なQRコードを新開発したという。
鉄道会社によっては、普通列車と特急列車、扉の多い車両と少ない車両など、様々なバリエーションの列車を走らせている。そうした会社でも対応できるよう、様々なオプションも用意されている。必要なデータをすべて「tQR」に入れ込むことで、様々な機能を増やせるのだ。
【オプションで追加できる機能】
1.列車の長さが異なっても開けたい場所だけ開けられる
例)6両編成と8両編成が混在しても、余分な2両分のホームドアは閉めたまま
2.扉の数が異なる車両があっても開けたい場所だけ開けられる
例)2扉車と4扉車が混在しても、扉がない場所のホームドアは閉めたまま
また、現在は「両開き」のみの対応となっているが、長距離列車などによく見られる「片開き」にも対応させるよう検討中で、最近では海外の鉄道事業者からの問い合わせも来ているという。
機械でできることは機械で
神戸市交通局では、西神・山手線と北神線について、2023年度中に全駅にホームドアを設置する計画だ。
さらに様々な設備によって、運転士と車掌の仕事を1人で兼務することも可能になっている。運転士の仕事では、ATO(自動列車運転装置)が既に導入され、非常時や訓練を除いて自動運転が基本になっている。車掌の仕事では、自動放送が導入されている。
とは言っても、仮にワンマン化され運転士だけが乗るようになったら、全駅で扉とホームドアを操作するというのは確かに大変だ。このQRコードがあれば負担が減らせる。「機械でできることは機械で」という技術革新が、またひとつ進んでいるのだ。
最新式QR…スマホをかざすと何が出た?
さて、扉に貼られた最新のQRコード「tQR」を、スマートフォンで読み込んだら何が出るのか。ずっと試したかったが試せていなかった。
列車が着くときにスマートフォンをかざし、扉が開くまでの一瞬が勝負。車両に近づき、ちょいと点字ブロックの外側まで腕を伸ばす。そんな撮影をしようとしたら、「安全上、運行中の車両に接触するような撮影はできません。車庫にてお願いします」と担当者からありがたいお言葉が。
なんと、車庫に止まっている車両で試させてくれるという。ごくごく小さな疑問から始まった企画なのに…すみません。
作業台から腕を伸ばし、念願の読み取りへ…相手は動かないから勝負はこっちのものだ。
読み取りのボタンをポチッ…ポチッ、ポチッ…。
うーん、エラーも出ないし、何も変化なし…。
オチが弱くてすみません…お伝えしたいのは、「様々なスマートフォンで試しても同じ」だということです。確認しておきましたので、読者の皆さんはホームで真似しないでくださいね。
『ひょうごののりもの』 #2 (カンテレ 報道センター神戸支局長・鈴木祐輔)