その女性には長年話すことができなかった深い傷があります。
同じ傷を負った人たちを前に、彼女は語りました。
「性被害は心の殺人、本当にその通りだと思います。恥じるべきは加害者だと伝え続けたいし、私にちゃんと言い聞かせてあげたいです」
この思いを伝えられるようになるまで、10年以上の年月が必要でした。
後を絶たない性暴力。声を上げ、助けを求められない現状を変えることができるのでしょうか。
自らの性被害を語る「フラワーデモ」
【フラワーデモ参加者】
「私はこのまま殺されるんじゃないかと思い…自分が生きているかどうかもわからない状態でした」
【フラワーデモ参加者】
「何度も涙を流し眠れない日が続きます。性暴力は心の殺人、本当にその通りだと思います」
3月8日、大阪・中之島に集まった100人を超える人たち。
性暴力を受けた当事者たちです。
一人が語るとまた一人、誰かが語り始めます。
『ひとりじゃない。あなたに起きたことを”なかったこと”にしない―』
そんな気持ちの証として花を持ち、語り始めたことから「フラワーデモ」と呼ばれています。
この運動は2019年3月、性犯罪事件の無罪判決が相次いだことを受けて東京で始まり、今では全国に広がっています。
祖父からの性暴力、母は『あなたさえ黙っていれば』
スピーチに耳を傾ける25歳のさむらさん(仮名)。
彼女は祖父からの長年受けていた性暴力について話してくれました。
始まりは家族との関係がうまくいかなかった小学生のころ、祖父の家に泊まりに行った夜でした。
【さむらさん(仮名)】
「唯一の味方がおじいちゃんだったけど、小学校5年生くらいのときに初めて後ろから抱きつかれて性器を触られることがあって、『それは悪いことじゃないよ、ただこれは誰にも言っちゃダメなことだよ』って言われて。その日から徐々にキスされたり、おじいちゃんの性器を触らされたりとか…。生理も来てない状況なのに血が出ることが何回かあって…」
その行為が”性暴力”だと気づいたのは中学生になってからでした。
祖父に抵抗するだけなく、母親に助けを求めましたが返ってきた言葉は…
『あなたさえ黙っていればそのまま平和に終わるから―』。
勇気を振り絞って出した声は「なかったこと」にされてしまったのです。
その後、母親が病気になったため、祖父母と同居。性的虐待は日常的になりました。
心とは違う身体の反応に…「自分の体に裏切られた」と二重に苦しむ
【さむらさん(仮名)】
「抵抗せずにいたら日常生活も普通に過ごせるし、何も抵抗しないことが一番早く終わる方法やったんで。ひたすら意識を遠くに飛ばして、ずっと過ごしてたなって」
繰り返される性暴力で逃げる気力は奪われたうえ、心とは違う身体の反応からさむらさんは混乱に陥ってしまったといいます。
【さむらさん(仮名)】
「自分が間違っているんじゃないかっていうのが大きくて。”濡れてしまう”っていう事実で自分が求めてるんかなっていう混乱が生じてしまって、自分の感情や被害に遭ったときの動きに対して、自信を持てなかった。嫌だと思いながら求めているんじゃないのかなと、めちゃくちゃ自分を責めたし、だからこそ当時は全然相談ができなくて…」
心が拒絶していても身体が刺激に対して反応してしまうのは生理的な反応だと性暴力救援センターの医師は指摘します。
【性暴力救援センター大阪(阪南中央病院)・楠本裕紀産婦人科医】
「からだが気持ちと別に反応するということはよくあることでして、だけど性的な刺激に反応してしまった場合、自分の体に裏切られたっていう気持ちが出てくるので、それは二重にその人を苦しめることになるのかなと思います」
性被害で「落ち度」を責める社会…恥じるべきは「加害者」のはず
就職し、家を出たことで性的虐待はなくなったものの、さらなる苦痛に襲われるようになります。
【さむらさん(仮名)】
「男性の足音も、地下鉄に乗ることも無理やったし、夜中におじいちゃんに忍び込まれていたので夜寝ることが難しかったり…。知人の中から『逃げられたんじゃないの?』とか『それ自分が気持ちよかったからその場にとどまったんじゃないの?』って言われることもあるし。一番は周りの理解が全然ないことがしんどい」
少し前を向けるようになったのは、同じように性暴力を受けた人たちの話を聴いたことです。
8日、集まった人たちの前でこう語りました。
【さむらさん(仮名)】
「たくさんの人と出会うなかで、自分を責めてばかりいた私の気持ちは大きく変わりました。『私は悪くなかったんだ』と思うことができて、今私はこのデモに参加しています。今この社会では、まだ性被害の落ち度を責める傾向にあります」
【さむらさん(仮名)】
「被害を受けている最中、抵抗してなくても、あなたが嫌だと感じていたのなら、それは絶対に同意ではないし、あなたが悪いだなんてことは絶対にない。恥じるべきは加害者だと伝え続けたいし、私にちゃんと言い聞かせてあげたいです」
なかったことにできない記憶を抱え、声を上げ始めた被害者たち。
社会がその声と向き合う時が来ています。
今年は「性犯罪に関する刑法」の”見直し”が行われる予定
被害を認識しても被害を明かすことがどれほど大変かー。性犯罪のことをきちんと理解し、当事者らのSOSを受け止められる社会を考えます。
さらに2020年は性犯罪に関する刑法について見直しが行われる重要な1年です。
3年前(2017年)の法改正で、厳罰化や“強姦”の定義の拡大、親など「監護者」からの18歳未満の子供への性的虐待に対する法律が新設されました。改正の際、残っている課題について、「3年後に必要な検討を行う」という決議がされました。まさに2020年は、「検討」が行われることになります。
見直しに関する論点は様々ありますが、中でも「性犯罪への時効の必要性」に関しては、まさに「検討」されるべきではないかと考えます。
性暴力を受けた当事者らの団体である「一般社団法人Spring」には、性暴力について被害だと認識するまで「25年」かかったという声も寄せられています。
一方、性暴力に適用される罪に設定されている時効は、強制わいせつ罪で「7年」、強制性交罪で「10年」と、被害者の実情との間に大きな乖離があります。
この状況から、「時効の延長」や「撤廃」を求める声も上がっています。
海外ではアメリカで#MeToo運動の盛り上がりなどを受け、時効の撤廃の動きが出てきているほか、フランスや韓国※は成人になるまで時効を開始しないという法制度の国もあります。(※韓国は13歳未満、身体的または精神的障害のあるものは時効なし)
法務省は時効を含め、性犯罪の実態調査を進めていますが、その一方で必要なのが、被害を訴えるまでの時間を、「短くする」取り組みです。
多くの場合、性暴力は身内や知り合いなど「知っている人」からの被害だと言われています。しかし、日本の教育現場では、幼いうちに「知らない人」からの暴力については教えるものの、「知っている人」からの暴力についての声の上げ方、さらに「性暴力とは何か」についての教育は限定的になっています。
時効を含めた刑法の整備と両輪で、子供たちを守るための教育など社会づくりが求められています。