2月に始まる注目の「再審」=やり直しの裁判。
2003年、滋賀県の病院で入院患者を殺害したとして、元看護助手の女性が12年間も刑務所で服役しました。
しかし、その「殺人事件」の存在そのものが覆り、女性に「無罪」が言い渡される見通しになっています。
その背景にある「捜査の闇」をツイセキします。
12年間、殺人罪で服役…逮捕の決め手は「自白」
1月11日、多くの参拝客に交じって、1人の女性が初詣に訪れました。
西山美香さん(40)です。
――Q:どういったことをお願いした?
【西山美香さん】
「家族みんなが仲良く、そして無罪判決をもらえるように…」
今年は、長年苦しめられてきた”冤罪”を晴らす、特別な年です。
【西山美香さん】
「あ、大吉ですわ!いいことありそうですね。持って帰ってお母さんに見せますわ」
西山さんは、滋賀県の湖東記念病院の看護助手だった2003年、男性患者の人工呼吸器のチューブを外し殺害したとして、24歳の時に逮捕されました。
犯行を目撃した人や物的証拠もないなか、逮捕の決め手とされたのは、「捜査段階の自白」でしたが…。
【西山美香さん(2017年取材)】
「(患者が)亡くなられた時の写真を机に並べて、『これを見て何も思わないのか、責任を感じないのか』と。厳しい取調べを受けていたから、『否認しても無理や』と思って、この人(刑事)の言うことを聞いておかないと、痛い目に遭うと思って、自白した」
厳しい取調べから逃れようと、やってもいない殺人を”自白”。
さらに、取り調べの刑事に「好意」を抱いてしまい、警察が描いたストーリー通りに供述したというのです。
その後、西山さんは裁判で無罪を主張しましたが…
裁判所は、司法解剖を行った医師の鑑定書から、男性患者の死因は「人工呼吸器のチューブが外されたことにより、酸素の供給が途絶えた結果」と判断。
そのうえで、捜査段階の自白についても、供述調書などから「信用できる」として、懲役12年を言い渡し、西山さんは37歳まで服役しました。
担当の刑事ではなく、「滋賀県警」への恨み
これに納得できない西山さんは、獄中から再審=裁判のやり直しを求めていました。
その結果…
【記者リポート】
「”再審開始決定”と書かれた文字が大きく掲げられました!」
3年前、大阪高等裁判所は、弁護側が提出した死因に関する新証拠から、「患者が自然死した可能性がある」と指摘。西山さんの自白についても「警察官などから誘導され、迎合した可能性がある」として、裁判のやり直しを認めたのです。
『殺人事件の存在』そのものに疑問を投げかけた、大阪高裁の決定。
西山さんは現在、支援団体の集会への出席を通じて、冤罪被害の実態を伝えています。
【西山美香さん】
「うまいこと私の好意を手玉にとった刑事なので、恨んで恨んで恨み倒したらいいというが、その刑事は恨んでいない。でも滋賀県警のやり方に対しては恨んでいる」
”ウソの自白”をさせた刑事ではなく、滋賀県警に対する怒りを露わにするのは、ここ最近明らかになった「重大な事実」が、大きく影響しているのです。
【西山さんの主任弁護人・井戸謙一弁護士(去年4月)】
「事件が起こってから、西山さんが自白するまでの約1年2か月の間に収集された捜査資料が、ほとんど証拠提出されず、検事の手元で眠っている」
西山さんの弁護団はやり直しの裁判に向け、これまで明らかにしていない「証拠」を出すよう、検察に強く求め続けてきました。すると去年10月、西山さんが逮捕前に人工呼吸器を故意に外したことを「否定した」自供書の存在が明らかに。
さらに、出てきたのが…
<他殺を”否定する”捜査資料――>
患者を司法解剖した医師が「チューブ内で”たん”が詰まったことが原因で死亡した可能性がある」、つまり他殺ではない可能性があると警察に話した、重要な捜査資料が見つかったのです。
しかもこの資料は、やり直しの裁判が決まった後の去年7月になって、滋賀県警が初めて、検察に送ったものでした。
【井戸謙一弁護士(去年11月)】
「これは、検事が起訴・不起訴を適切に判断するうえで重要な証拠だと思う。これが検事の目に届いていなかったのは大きな問題だし、(当時、検察に送らなかったことに)意図的なものがあるのではないかという疑いを抱かせる」
【西山美香さん】
「滋賀県警は汚いやり方をするんだと。自分たちの都合が悪い情報は今まで隠してきて。(隠している証拠が)まだまだたっぷりあると思うんです」
関西テレビは、こうした資料を当時、検察に送らなかった理由などについて、滋賀県警に質問状を送りましたが、回答は…
<今後、再審公判が予定されていることから、すべての質問に対し、お答えを差し控えます―>
長年、警察の手で闇に葬られていた、西山さんにとって”有利な証拠”。
これで、真相解明に一歩近づいたか、と思いきや…
【井戸謙一弁護士】
「検察官は開示を拒否しました」
「大きな壁にぶつかった」
「真相はやぶの中」
検察は、これまで開示されていなかった証拠が約480点あることを”一覧表”として弁護団に明らかにしたものの…開示したのはわずか180点ほど。約300点もの証拠が、いまだ検察の手元で眠り続けているのです。
開示されない証拠…背景には「検察の驕り」が?
なぜ、証拠を開示することに、検察は後ろ向きなのでしょうか…?
検察官を12年務めた市川寛弁護士は、その理由について、「自分たちは間違っていないという”驕り”にある」と分析します。
【元検察官・市川寛弁護士】
「検事が全部正解を出している。弁護士は邪魔、裁判官は俺の言っているようにやっていればいいという、思い上がりの発想。そういう意味で、証拠を見せないのはなぜかというと、弁護士に見せると、正しい証拠が破壊されると思っているから。それは検察庁の教育の賜物。検察官は全部証拠をみている、というのが前提だが、まさに反証となるのがこの事件。(警察が未送致だった証拠があり)全部見ていないじゃないかお前、となったじゃないですか」
2004年に逮捕されてから服役を終えるまでの13年間、自由を奪われ続けた西山さん。
【西山美香さん】
「まだもうちょっと感覚が…向こうの世界というか、刑務所の方に行っているかなという場面があるかなと」
やり直しの裁判では、検察が有罪の立証を事実上、断念したことから「無罪」が言い渡されることが確実となっています。
一方で、なぜ”冤罪”に巻き込まれたのか…?
その真相を解明することは、証拠を開示しない捜査機関が「大きな壁」となって、阻んでいます。
【西山美香さん】
「警察や検察がやることはそういうことだから、仕方ないとあきらめていたので、あ、やったんだと思うしかない。諦めモードに入っている」
――Q:再審で(真相が)明らかにできないのは?
【西山美香さん】
「それは心残りですね」
2月から、ようやく始まる裁判。
しかし、わずか2回の審理で、判決が言い渡される予定です。
冤罪の真相解明を阻む「証拠開示の壁」
裁判で懲役12年を言い渡され、服役までしたにもかかわらず、やり直しの裁判で「無罪」が言い渡される見込みの西山さん。民間企業でもし、重大な不祥事が起きた場合は、第三者委員会を設置するなどして、徹底的に原因究明にあたるのが普通です。
しかし、司法の場では「なぜ冤罪が起きたのか」の原因究明が出来ない現状となっています。
その理由は、検察が証拠開示に後ろ向きだからです。
今回のやり直しの裁判でも、検察は当時有罪を言い渡した裁判にも提出していなかった証拠が、全部で480点あることを‟一覧表“として弁護団に示しましたが、開示されたのはわずか180点に留まっています。
通常、自分たちが正しいという絶対の自信があれば、他の人にも見せても何ら問題がないはずです。
にもかかわらず、検察がそれをしないのは、むしろ開示していない証拠のなかに、西山さんの「無実」を証明する証拠があることを事実上、認めているようにすら思えます。
その理由は、検察が証拠開示に後ろ向きだからです。
今回のやり直しの裁判でも、検察は当時有罪を言い渡した裁判にも提出していなかった証拠が、全部で480点あることを‟一覧表“として弁護団に示しましたが、開示されたのはわずか180点に留まっています。
通常、自分たちが正しいという絶対の自信があれば、他の人にも見せても何ら問題がないはずです。
にもかかわらず、検察がそれをしないのは、むしろ開示していない証拠のなかに、西山さんの「無実」を証明する証拠があることを事実上、認めているようにすら思えます。
冤罪で有罪を言い渡され、その後やり直しの裁判で「無罪」を言い渡されるケースは、今回の西山さんを含め、後を絶ちません。
負の連鎖を断ち切るためにも、再審を「冤罪の真相究明の場」とする制度作りが、一刻も早く求められます。